表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/36

L.手直し前の原稿

 部筑が偵察から帰ってきて、改めて、僕達の考えを話した。そこで美佐江は、小園由美子が『密造書展』の合鍵を持っていたことを打ち明けた。その結果、『ブビリオフィリア』通りに、失踪している小園由美子以外にも殺人を犯している人間がいるのだと、考えが固まりつつあった。あるいは、左近字図書館で万引きした人間か、小園猛と個人的に繋がりのあった人間が『ブビリオフィリア』を手に入れ、その通りに殺人を実行している。出所して失踪中の鹿野隆なら、それを実行しえるだろう。 その際、イレギュラーな阿武隈川の事件が起こった。

 夜、仕事が終わった義男は荷物と共に、『希林寿』へと姿を現した。美佐江の強張っていた表情は緩んでいく。

「参ったよ。初日から大雪だからね」

 コートに付着している白い粉を振り払った。

「ちょっとは連絡入れてよ。休憩時間ぐらいあるでしょ?」

「おいおい、無茶言うなって。今日は出張の初日だぞ」

 まるで、新婚夫婦のような会話を耳にしてから夕食を終えた僕達は、食堂で義男を交えて他愛のない会話をし、僕と部筑の泊っている部屋に集まった。

 義男はスーツケースから、緑色の色紙を取り出した。持ってくるようお願いしていたカバーだけの『ブビリオフィリア』だ。素材はビニール製だろう。手に取って眺めてみると、タイトルが印字されているだけで、ISBNコードも作者も印字されていない。

 美佐江が話し始めたのは、鹿野隆と第一の被害者に関係がありそうだという話ではなく、美佐江の書斎の本が何者かに荒らされたことと、阿武隈川であった事件だった。ただ、大まかな説明だったので、被害者のストーカー説や殺害された状態は省かれている。

「なんで黙っていたんだ?」

 大人しく聞いていた義男の眉は中央が途切れているVの字になる。

「怒らないでよ――だって、心配かけたくなかったから」

「後は、『ブビリオフィリア』と関係ない事件だからだろ?」

 部筑の助け舟に、美佐江は頷いた。

「いや、怒っているわけではないんだ……」

 と口を噤む。心なしか、義男は青ざめていた。

「どうしたの?」

「うん、私は根本的に間違っていたのかもしれない。小園が発行した『ブビリオフィリア』通りに殺人が起こるとばかりに考えていたが――まったく違ったのか」 

 ここへきて、義男の信念がぐらつき始めた。元々、『ブビリオフィリア』とは関係ない殺人事件だったのか。そう思うと、今までの事件が小説をなぞっている説は、ただの偶然になる。それはそれでよかった。義男が狙われているという事実も帳消しになる。しかし、なぜ義男は別の事件と思われる阿武隈川の事件を聞いて、考えを改めるようになったのか。別の、イレギュラーな事件だとは思わないのか。

「じゃあ、T村で父さんが狙われていないのかもしれないのね」

 口角を上げた美佐江は、顔色の優れない義男を元気つけようとしている。

「いや、私が狙われている事実は変わらないよ」

「どういうこと?」

 義男は咳払いをする。

「小園が手直しをする前の『ブビリオフィリア』の原稿には、阿武隈川の事件も書かれていたんだよ」

 と、静かに語る義男に対し、皆、一様に驚きを隠しきれなかった。

「手直しをする前? それって小園さんが完成させてすぐのやつだよね?」

 頷いた義男は、

「なぜか、阿武隈川の事件だけは違和感があったんだよ――」冗談めかしてあてつけを言っているふうだ。

「十九数年後の設定にしては、殺害方法として原始的過ぎるし、他のものと比べて浮いていた。だからその内容は削除しろとアドバイスした――戸惑いはしていたけどね。出来あがった本を読んでみると、阿武隈川の事件は書かれていなかった」

「殺害方法はどう書かれていました?」

 部筑は椅子から腰を浮かして身を乗り出した。

 水死体。縄に括られた本と首。被害者は二十代の無職、義男の口から出た言葉は、現実に起こっている殺害方法とまったく同じだ。

「……そんな」

「要するに、今起こっている事件は、私がアドバイスする前の原稿の内容をなぞっている」

「けど、他の事件には、殺害方法の詳細が書かれていなかったんでしょ? なんで阿武隈川の事件だけ……」

「理由は簡単だよ。他の事件の殺害方法は書けなかったんだ。本が人を殺したように見せかける方法は、十九年後ぐらいになってみないと書けないと思ったんだろうね」

 ただ、十九年後の今となっても、少なくとも僕達の間で、殺害方法はまったく思い付いていない。

「他に違いはなかったの?」

「原稿と発行された本との違いはそれぐらいだったよ」

「その原稿を読んだのは、小園さんと石崎さんだけですか?」

「わかりません。彼が手直しをする前の原稿を残していれば、家族も見ていたかもしれませんが」

 当時はパソコンが普及していない時代だ。手直し前の原稿用紙に阿武隈川の事件に赤線を入れていたとしても、文字は読めるだろう。コピー機ぐらいはあるだろうし、残っているのは、充分に考えられる。

 鹿野隆の話をした。新たに浮上した犯人説に、義男は神妙な顔つきになった。

「そんなことがあったんですね」

「訊き忘れていいたんですが。小園さんが勤めていた出版社の名前を教えてください」

「『藁久保社』です」

『どん底からの億万長者への道』の著者が、本を出した出版社でもある。

「実は、六年前、T村の特集をしようとしたのも、『藁久保社』だったんです。小園さんと繋がりがあるように思いませんか?」 

「彼がそれでT村の取材をしていたのなら――明日から、私も捜査の協力をしますので」

 と力強い握手をしてきた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ