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H.捜査の結束

 あの本からの訴えは、事実に基づいたものに思える。金子大輔のことはどこまで報道されているか把握していないが、僕とやりとりをした沢村の反応は、明らかに驚きの色があった。警察内部か犯人にしかわからない情報が含まれていたからかもしれない。そうなら、金子大輔の父の知り合いの件だ。

 特別な能力を持つと、こんなに戸惑うものなのか。恐怖もある。あの頭が割れそうになったときを思いだすと、書店に並んでいる本を手軽に触れなくなってしまいそうだ。今更ながら、部筑の気持ちが少しわかったような気がした。

 変な機械って何だ?

 遺体に無数の傷があったのは、変な機械のせいなのか。

 使われる直前には、首筋を切られている。想像しただけで、鳥肌が立ってきた。

「はっ」

 つい最近みた、夢に似ていないか。体を切られて、変な音が聞こえてきたあの夢だ。予知夢なのか?

 そんなはずはない。だが、こうして特別な能力を意識しているうちに、それもありえるとも考えられる。自分がどうにかなってしまう恐ろしさがあった。

 気を紛らわそうと、ネット検索した。結果、金子大輔は平塚の大学に通っている学生、城島博志は東京にある会社に勤めていた。いずれも具体的な名前が記されている。自殺した小園猛、失踪している小園由美子のことは載っていない。もちろん、本を手にして訴えかけられたあの感覚も、検索に引っ掛かることはなかった。

 という、大した情報も得られず、携帯電話の液晶を見る。午前四時二四分、眠りについた。


 僕が奇をてらった推理小説を読んでいると、インターホンが鳴った。部筑はスナック菓子を餞別品にもってきて、上がり込んでくる。

「ちょーきたねえ部屋だな」 

 部筑は洗濯した衣類が放置されているのを見た。その先には本だのCDだのが散乱している。ここ最近、家事をサボっていた。

「来るなら、連絡いれろよな」

「いいわけが通用するか。女が突然きたらどうするんだ?」

「そんな経験……ないし」

 俗に言う、きちゃった攻撃だ。僕は何度あのシチュェーションに憧れていたことか。

「うわっ、寂しっ!」

 部筑はベットに腰をおろし、自らの肩を抱いた。

「被害者にあった傷の数と、持っていた総ページ数は関係なかったね」

「俺の推理が外れたって嫌味か?」

「別に」

 それから、持っている本は出版社別にならべると美しく見えるからだの、もっと大きな本棚を使うべきだの、と言ってきた。適当にやり過ごした。

「なあ、あの長い髪の毛って、小園由美子のものじゃないか?」

「俺も考えた」

「小園由美子と美佐江って、実は仲悪かったとか。恨みでもあって、侵入した。彼女なら、あそこの土地勘も、建物の構造も知っていそうだし」

「それで書斎を荒らすようなことするか?」

 読みかけだった本を、部筑は読みだした。

「殺人事件をやらかす子だぞ。何しても不思議じゃない」

「小園由美子が犯人と決まっているわけじゃない」

「妙に肩を持つな。考えでもあるのか?」

 頭を横に振る。ただ、金子の父の知り合いと、小園由美子が結びつかないのだ。

 部筑は小説に読み入っていた。こうなったら、ちょっとのことでは、彼を小説の世界から引き戻せない。仕方なく故障したテレビに手を置いて窓の外を眺めると、制服姿の学生が歩いてきた。瞬発力のある会話のキャッチボールが聞こえて来る。なんか随分と年を取ったように思えた。

 一人でパスタを茹でて、一人で食べた。皿洗いをして、食器を定位置に戻すまでをやり終えたら、部筑は口を開いた。

「『ブビリオフィリア』を読んだことのある人間は義男さん。小園猛さん。左近字図書館から盗んだやつも、当然読んでいるだろう。あとは可能性として小園由美子とその家族だな。容疑者を上げるとしたらそんなもんだろ?」 

「消去法でいったら、小園由美子か盗んだやつだろ。で、盗んだやつとか含めて、本を粗末した人間が殺されているんだから、小園由美子しかいなくないか?」

 と言う。僕の願望でもあった。

「浅はかだな。『ブビリオフィリア』通りに殺人が行われているのかも怪しいんだぞ」

「なにを信じていいかわからなくなるよね。人の魂ってさ、他のものに乗り移るのかな?」

「話が飛ぶね」

 部筑は小説から目を離した。

「人が死んで、輪廻を繰り返すとか言うけど。それは新たな生命に宿るものでしょ。僕が訊きたいのはそうじゃないんだ。人の魂が生命を持たない物体に移るものなのか?」

 話してみて、ハッとした。僕は何を言っているのか。

「移るんじゃないか」

「えっ?」

「わかる奴にしかわからないだろうけど、民俗学とか心霊系の話しにありそうじゃないか。日本人形なんか、典型的だろ。生命がなく、しゃべれなくても、魂は宿っているかもしれない。乗り移るって信じても、損はないと思うぞ」

「そうか」

「とにかく、調べていくしかないんだよ。じっとしているよりか、動いていた方がましだ」

 バチンと本を閉じた。

「城島博志の通っていた大学にいくのか?」

「事件現場だ」

「でも」僕は下を向いた。「刑事に疑われているみたいだし……」

 事件現場に足を運ぶのは控えたかった。

「俺達は何もしていないんだから、ビビる必要はない」

 それを証明するためか、部筑は阿武隈川の下流に案内しろと言ってきた。


「いつまでいるんだよ?」

 日はとっくに落ちていた。この時期は日が短いものの、部筑と二人で阿武隈川の下流に来てから二時間は経過している。

「この草木は捜査で刈られたものなんだろ?」

 振り向いた部筑は月明かりに照らされて、一層堀が深い顔になっている。

「だぶんね。僕と美佐江が来た時に、捜査員が刈っていたらからな」

「なあ、この歩道から歩いて、水死体が見つかるか?」

「なぜ?」部筑の質問を質問で返す。

「五郎さんの身長は美佐江よりも低い。あの日に草木が残っていたとしたら、川の水面も殆ど見えなかったはずだ。あの日は曇りだった。今日みたいに明るくない。それに、五郎さんの視力は0.1」

「そういえば、部筑も裸眼でそれぐらいだっけ?」

 眼鏡嫌いなのは、五郎さんと同じだ。

「ああ」

 すると、部筑は人指し指で眼球に触れた後、目を細めたりしてから、言う。

「水面が黒くぼやけている」 


 僕達は商店街にいた。

 不動産屋のテナントで、五郎さんは椅子に仰け反っている。

「部屋でも探しに来たの?」

 部筑は先程の推理を説明した。

「というわけで、あの河川敷の歩道からでは、水死体を見つけられないのではありませんか?」と言い切る。もちろん、全体に見つけられないかは、部筑にも確信がないはずだ。

「ち、ちがうんだよ。本当に見つけられたんだ」

「どうやって? 河川敷の歩道から見つけたと言いましたよね? あの状況で見つけるのは不可能ですよ。あなたが犯人か、彼が殺されることを知っていれば別ですが」

「……言い忘れていたんだが」 

 蛍光性のカバーの本を、水死体は胸に抱えていた。五郎さんは高くまでおおい茂っていた草木の間から、その本が放っている黄緑色の光を確認し、草木をかき分けていったら見つけたと言う。推理小説に出て来る、ダイイングメッセージのようなものなのか。両手を直角に曲げた状態で死後硬直があり、浮かんで来た死体に本を持たせたのだと警察は推理しているらしい。部筑の顔が歪んでいる。

「だから、夜でも発見できた――こ、これはまだ、公表するなと言われている」

 気が動転したのだろうか、五郎さんは慌てて弁明する。

「落ち着いてください。しゃべりませんから」

「約束してくれ。あの取り調べを受けるのは、もううんざりだからな」 

「ただし、俺達に真実の情報を流してください。それが条件です」 

 五郎さんはロボットのような動きで頷いた。


 美佐江が戻ってきたその日は彼女の部屋に泊まり、日曜日に低雲丘のあるT村を訪れる予定になっていた。宿泊地は鹿野紀子だけで切り盛りしている『希林寿』だ。義男も出張期間中は『希林寿』に宿泊することになっていたのだ。

 三名分で三泊、もしかすると週末までになるかもしれないとの予約を入れると、急な申し出にもかかわらず快く承諾してくれた。

 僕達の捜査結果を聞いた美佐江は、

「蛍光性のあるカバーの本か……」

 と、つぶやいた。蛍光性のあるカバーの本は、美佐江の書斎から無くなった本に含まれていた。

「そんな本、滅多にないからな」

 部筑はその本を何回も触っていた。

「犯人は、俺を犯人にさせようとしているに違いない」と、被害妄想まっしぐらだ。

「待って。犯人がブックの存在を知らなかったら、わたしに罪をなすりつけようとしているんでしょ?」

 普通に考えれば、美佐江を犯人に仕立てようとしている何者かがいることになるだろう。でもどうして? やはり失踪した小園由美子の仕業なのか。

 重苦しい空気を払拭させようと、僕はリモコンを握った。

 なんだか久しぶりにテレビをつけた気がする。それもそのはずで、新横浜の定食屋以来、ずっと見ていなかった。話題になっている事件の報道は、見逃してはいけないという義男からの教訓もあり、チャンネルを回し、ニュースを見ていた。

 午後七時四十分頃、新横浜であったあの殺人事件が放映された。連日放映されているのだろう。液晶テレビの中にいる女性アナウンサーは流れるように説明し、慣れている様子だ。

 状況説明の後、『新たな情報が入りましたのでお伝えします』早口で言う。

 新横浜支店のK書店が映っていて、次に監視カメラに映っていた万引き現場の映像と被害者、城島博志、五〇歳の会社員、男性を照らし合わせている。

 その顔写真を見た瞬間、疲労が吹き飛ぶぐらいの衝撃があった。

「こ、この人、みたことがあるかも」僕は思わず口にする。

「マジかよ?」

 横になっていた部筑が、急に起き上った。女性アナウンサーは遺体の発見現場にあった所有品を説明している。その中にハンドバックがあった。

「……どこでだっけ?」 

「俺に訊かれてもこまるって」  

「そうだ!」

 この人は、新横浜で美佐江と会う前、K書店の入り口付近で出会いがしらにぶつかったおじさんだ。絶対あいつの顔を忘れないぞと思っていたのに、なんで直ぐに思いだせなかったんだ。

 僕はトランクスがやぶけた理由で一度帰ったこと以外をすべて話した。

「もっと早く言ってよ」

 僕は日常に起こった非日常の対応に追われていて、世情を把握する余裕なんてなかった。ちょうど大学の講義とアルバイト生活に追われていて、テレビを見たり、ネットをするまで気が回らなくなっている状態のように。しかし、そんな悠長なことを言っている場合でもなかった。

 もっと大切なことを思い出したからだ。

「そうだな。俺達は事件を追っているんだからな」

 部筑が言う。感情が籠っているか定かではない。

 新たな証言、顔にモザイクがかかった、藍色の前かけをしているK書店の店員だった。

『万引きしているのに気が付いて、入口まで後を追おうとしたら、就職活動でもしていたのでしょうか。二十歳を過ぎたぐらいの男性とぶつかったんです』

 彼の声は弄られていて、くぐもり、巨人のような太い声をしているが、それはどうでも良かった。

『ここの辺りですね?』

 僕がぶつかった位置に立ち、よく見かけるインタビューアがモザイク男にマイクを向けている。さらに彼の証言しているその時間と、K書店の前にいた時間が一致している。

『ええ。そうです』

 女性アナウンサーの映像に切り替わった。

『いずれも、犯人逮捕に注力しています。神奈川県警は、被害者とぶつかったその男性が、何らかの情報を持っていないかも含め、捜査を進めています。それでは次です』

 リモコンでテレビの電源を切った。その後、全身が脱力した。

「気を落とさないで」

 素直にそうだねとは言えない。

「僕達三人以外の人間に、これからしゃべることを言わないと約束してくれるか?」

 自分で言ってみて、安っぽい約束のように思えた。ところが、その他に一生のお願いぐらいしか思いつかなかった。

「どうしたの。まだ何かあるの?」

「当たり前だろ。親友じゃないか」

 部筑は軽い口調で、しかも肩を揉んできた。

「ぶつかったとき、被害者の持っていたハンドバックに触れたんだ。もしかすると――指紋が残っているかもしれない……」

 皮製のハンドバックの感触、出来れば消されていることを願っている。

「おいおい。それじゃあまるで……」部筑は言い淀んだ。

「僕が指名手配犯みたいだ」 

 スゥエットの裾に両手を隠しながら、美佐江は言った。

「警察に捕まったらヤバいね」

 警察が僕に辿り着くには時間がかかるだろう。K書店員の記憶だってそれ程正確ではないはず。もし、ぶつかった瞬間にトランクスが破けていなければ、時間つぶしでK書店に立ち入っていたかもしれない。

「ヤバいどころじゃないよ」

 肩を落とした。事情徴収、ハンドバックに残っている指紋、僕の指紋との一致、美佐江にばったり会う前の時間、一人で行動していたので、アリバイを証言してくれる人間はいない。

「捕まらなければ大丈夫でしょ」

 頭を抱えた僕に、そう声をかけてきた。

「でもどうやって? ずっと警察から逃げ続けろって言いたいの? 僕は就職も決まっているし、四月から新横浜に通うことになっているのに。どうしてこんなことになるんだよ」

――犯人を探さなければ、僕が疑われる。冤罪になるかもしれない。就職を控えた今、もしそうなったら内定取り消しどころか、今後の就職活動も闇に葬られる。

 つまり、事件を必ず解決しなくちゃならないのは、好奇心を持っている美佐江でも、それに便乗して許してもらおうとしている部筑でもなく、僕だ。犯人のせいで人生を台無しにされたらおしまいだ。

「落ち込むなって。指紋が残っているかもしれない状況は、俺もおなじなんだからさ」

「部筑は殺人が起こった時、T村にいただろ? それを証言してくれる人だっている。僕は被害者と直接接触までしているんだ。全然違う」

「悔んでいてもしょうながいでしょ。だから、早く事件を解決するのよ」

 美佐江の「私達の事件かもしれない」という予想は、的中したことになる。しかし、それは大した問題ではなかった。

 すべてを二人に打ち明けていなかった。

 打ち明けられなかった。

 大分落ち着いてきたころ、城島博志とぶつかった前後の記憶が、鮮明に蘇ってきた。彼は僕という障壁があり、本来進むはずの進行方向とは逆の、大手銀行のある方へ向かった。つまり、

 僕とぶつからなければ、犯人の待っている場所に行かなかったかもしれない。

 犯人は誰だ? 誰だ? 誰だ?

――――――。

 僕とぶつからなければ、犯人の待っている場所に行かなかった。

 僕とぶつからなければ、万引き犯で済んでいた。

 僕とぶつからなければ、犯人に殺されなかった。

 あの日の僕が、城島博志を殺した。

 そして、僕は疑われている。

 その夜、本当の意味で事件捜査の結束が固まった。


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