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G.覚醒

 部筑が横浜の事件現場にも行ってみようと言いだし帰り間際、義男に教えてもらった場所に立っている。横浜駅北口から歩いて十分ぐらいの、境内が設えてある公園だった。外枠を囲んだ石造りの塀、ジャングルジムと砂場。周りにはマンションが立ち並んでいて、車の往来が激しい通りはその影になっていた。反対側の出口は階段にも繋がっていて、高台のある神社に続いていた。

 だいたい捜査は完了したのだろうか、とても金子大輔が殺された場所とは思えないぐらい、閑散としていた。

 僕らはひと通り公園内を歩き終わると、時間を持て余した。

「本当にここで事件が起こったのかな?」 

 白い菊の花一輪だっておいていない。

「そうだな。ちょっとさびしい気がする」

 こうしていると、十九年の短い人生だった被害者が哀れになってくる。まして、死の直前、万引きをしていた事実を知った両親は傷を抉られる思いをしているに違いない。得体の知れない居たたまれなさがあった。僕が十九の時と言えば、部筑、美佐江と知り合った三年前だった。


 ※※※


 文化人類学の講義を受けていた。トランキライザーを乱用する人種の考察が主題であり、たまたま、隣の席に居合わせた部筑がいた。

 彼はいつも寝ていた。講義が終わる頃になると起き出して、さも今まで講義を聞いていたかのように、教授へと質問したりする。整った容姿も手伝って、その姿は目立っていた。

 講義は中盤になり、プロジェクタでドキュメントを観賞していると、感電でもしたかのように飛び起きた。

――終わったか? ――

――いやいや、驚かさないでくださいよ――

――あれ、話すのは初めてだっけ? ――

 腕を組んでいた教授は、僕達に向かって咳払いをする。大人しく、講義が終わるのを待った。

 講義は出席確認とノートを取っているだけで単位が取れることを教わった。その情報料として、僕のノートをコピーさせてくれと、後から言ってきた。あまりの横着さに、友達になっていいものか悩んでいたが、生徒が立ち去り、静まり返った講堂でこう言った。

――あんたは、神経質すぎるな――

 僕の言動や、静脈が浮き出ている、筋張った手の甲で判断したらしい。インチキ占い師のような判断の仕方ではあるが、正直なところ図星だった。若いのだから、細かいことは気にせず、もっと好き勝手やるべきと、大人に言われたことがある。

――神経質すぎると、大事なものを見落とす――

 なんて、何もわかっていなさそうなのに達観したようなセリフが鼻に付いた。大きなお世話だと反論した。

 来週の講義まで『ジプシーの日常』を読み、感想を聞かせてくれとお願いされ、結局、図書館で借りて読んだ。その本は、世界を放浪し、行き当たりばったりの地で飽きるまで住むとった内容だった。粗筋を読んだ限り、ありふれた本のようにおもいがちだが、触れることがなかった世界が広がっていた。未踏の地なのに、情景が浮かんできて、いつの間にか、自分が旅をしている気分にさせてくれた。

 興奮覚めやらぬ口調で、部筑に感想を述べた。衝撃だったのは言うまでもなく、それがきっかけで、一緒にいる時間が多くなった。

――退屈だな――

 カフェテリアにいた部筑は、そうもらした。

――帰るか。途中まで一緒だろ――

 部筑は返事の代わりに、大学の門がある方へと歩き出した。温い風の通り道になっているような、校舎の廊下を進んでいると、後ろから女の子の声がした。初対面の美佐江だった。

――ねえ。『ジプシーの日常』読んでいたでしょ? ――

 ああ、部筑は素っ気なく返事をした。

――わたし達、同じ匂いがしたの――

 はあ、ぶっきら棒に返事をした。美佐江も、『ジプシーの日常』を読んでいたらしい。お互いの名前を知るまで、美佐江は『ジプシーの女』と呼ばれていた。

 帰り道、部筑との会話に集中できず、『ジプシーの女』の潤んだ唇から放たれた言葉が、頭を駆け巡っていた。

――『ジプシーの女』は、何で僕達が読んでいたの、知っていたのかな? ――

 講義のとき以来、『ジプシーの日常』の話しをした覚えがなかった。

――簡単だろ。図書館の貸し出し履歴を確認したんだよ――

 僕が『ジプシーの日常』を借りる前に、部筑も同じように借りていた。しかし、図書館の貸し出し履歴は、本の背にあるバーコードと学生書でデータ管理されていた。図書館員を務めている人達はいわゆる派遣会社から雇われていて、生徒に貸し出し履歴の情報を漏らせないはず。

――そんな制度、守られているかは怪しい――

――だな――

 僕達のどちらかを、前から気になっていたのか。そうだ。そうに違いない。いたのは僕と部筑、二分の一の確率。どことなく、自分を見ている時間の方が多かった気がする。高揚してきた。

――なあ。同じ匂いって、どういうことかな? ―― 

――知るかよ――

 部筑は呆れていた。

――なんでそんなに気にするんだ? 気があるのか? ――

――違うって――

 それから、僕達三人は、一緒に行動するようになった。


 ※※※


 少しでも強い風が吹いてくれば、将棋倒しになりそうな自転車の群れがあった。その傍らにある、マンションの非常階段から降りてくる者がいた。スーツの上にカーキ色のコートをはおった、三、四十代ぐらいの男。乱れた髪の毛の下にある、切れ長の目はこちらをチラチラとみてくる。街灯が放っている冷たい光に照らされて、その姿は不気味だった。

「あれ、君はどこかで会わなかったかな?」

 男は公園の敷地に入ったところで声をかけてきた。ずっと視線を外さなかった部筑が応じる。

「気のせい、ではなさそうですね」

「そうだ。新横浜の……」

 どうやら、部筑が単独で調べていた新横浜で会っているらしい。男は薄い皮製の手袋をしていて、胸ポケットから手帳を取り出した。

「神奈川県警の沢村貴志さわむらたかしです」

 五郎さんから聞いた名だった。しかし彼は阿武隈川の事件を追っていたはず。もちろんそんな疑問をぶつけるわけにはいかず、身分証明書の提示命令が出たので、学生証をみせた。

「その大学なら、ここから離れていないね。何をしていたのかな?」

「横浜駅で遊んでいた帰り道ですよ」

「そう、住んでいる場所も近いんだ?」

「ええ、大学から歩いて行ける距離ですね」

 沢村は首を傾げ、息をスゥーと音をたてて吸いこむ。

「空耳かな? 事件がどうのこうの、って聞こえたんだけどな」

 非常階段が見えるマンションの、二階の角部屋で張り込みをしていたと沢村は言い、指を刺した。確かにあの距離なら声がまる聞こえだ。とぼけているように見せかけて、僕達の行動を逐一チェックしていたらしい。頬が引きつった。

「帰りに立ち寄ったんです。テレビでこの場所は殺人事件があったって報道されているし、俺達もこの場所は知っていたんで」

「ふーん、単なる野次馬根性だとしてもな。二人して新横浜までも足を運ぶかな。捜査員じゃあるまいし」

「二人して?」

 沢村と僕は初対面のはずだ。

「そう、信二君は、被害者が発見された日に、新横浜の現場に顔をだしているはずだよ」

 忘れていた。僕はあのとき、職務質問をされていたのだ。たぶん、警備をしていた捜査員から聞いたのだろう。学生書を提示しただけで憶えているのだから、さすが刑事さん、と感心している場合ではなかった。

「犯人は現場に戻ってくるとでも言いたいのですか?」

 部筑は挑戦的だ――やめろ。頼むからやめてくれ。

「気が早いな。誰であっても疑うのが仕事だからね」

「協力しますよ」

「いや、証拠がないから、君たちを即、取り調べってわけにはいかないんだ」

 頭の中で考えがまとまった。容疑者にされるかもしれない部筑が沢村を前にして物怖じしていないのは、こうなることを知っていたからなのだろう。しかし彼は、意外な事実を打ち明けた。

「俺らは被害者です。先日、不法侵入されて、物を取られましたし。正確には、友達のものなんですけどね」

 すると、沢村の眼つきが変わった。

「警察には被害届を出さなかったのかい?」

「ええ。いつ出そうか迷っていたもんで」

「うーん、最近、そういう人多いんだよね。良かったら、これから案内してくれないかな。不法侵入された場所に?」

「いいですよ」

――大丈夫か? 美佐江の許可は取っていないぞ……

 ただ、殺人事件の犯人を捜査しているのに精いっぱいであり、正直、美佐江の書斎を荒らした者の捜査に手が回りそうになかった。

「ちょっと、その友達に連絡してみていいですか?」

「ああ、本人の許可がないとね」

 受話器の向こうの美佐江は勝手に行動していたことには少々ご立腹ではあったが、家族と過ごしていて寛大になっているのかもしれない。口調はやわらかで家宅捜索をするのかを気にしていた。

「君の友達は被害者なわけだし、本人の許可がないと、家宅捜索は難しいだろうな」

 沢村の言葉をそのまま伝える。すると、拒否された。 

「はは、ダメか。じゃあ、その書斎を見せてもらうことは出来るかな?」

 美佐江は、一階の書斎であれば問題ないと言った。ただし、奥と二階には絶対に入らないでねと念を押される。そのやりとりを聞いていた沢村は苦笑いした。僕が電話を切ると、

「なんだ。指紋とかの採取はしないのか」

 部筑は肩を落とす――良くいうよ。盗まれた縄に自分の指紋が残っているかもしれないと凹んでいたくせに。部筑のせいで僕はさっきから冷や冷やされっぱなしだった。

「しょうがないね」 

 刑事と肩を並べて散歩するとは、夢にも思っていなかった。フランクというか、気さくな先輩と話しているような感じがした。ぼろが出ないよう、沢村に言ってはいけないことをリストアップし、何度も繰り返した。世間話がつづき、刑事の苦労が知れる。失敗談などは、身近に感じられるエピソードも多かった。

「あの商店街か。先日、足を運んでいてね」

「なぜですか?」

「別件の殺人事件があってね。目撃者が近くに住んでいるんだ」

 僕達は商店街に足を踏み入れた。

『モダン酒場』から賑やかな歓声が聞こえてきた。有名な固有名詞、メダルのこと、冬季オリンピックの話題だとわかる。店内で生中継を観戦しているのかもしれない。店先からはみ出すようになって、テーブルを囲んでいた一人が歩いてくる僕達を確認すると、目を反らし、すぐさま静かになった。その瞬間、

「ただ、偶然にしては出来過ぎているな」

 沢村が消えてなくなりそうな声で呟いていたのを聞き逃さなかった。

「どうも。盛り上がっているみたいですね」

「良く見かけるね、刑事さん」

 割烹着を着た店主が声をかけた。『モダン酒場』に集まった面々の殆どは、以前に阿武隈川の話をしていたときの者達ばかりだった。

「先日はお世話になりました。何か変わったことはありませんでしたか?」

「別にないよ。それより大学生二人を連れて、今日はどんな用事があるんだい?」

「お知り合いですか?」

「……ええ、ちょっとね」

 店主の歯切れが悪かったのは、沢村の後ろで睨みを利かせている部筑を見たからだろう。僕達が捜査をしている、と商店街の人達に五郎さんが口をすべらせているのではないか、想像するだけで血の気が引いていった。

「刑事さんに協力してもらっているんです。先日話した、不法侵入者の件で」

 と、部筑は率先した。

「ああ、そういうこと」

 彼らに愛想良く挨拶をして別れた沢村は、 

「へぇ~。仲いいんだ」と関心した。

「ん、まあ、教えてもらったのも、商店街の方からでしたから」

「じゃあ、しばらくの間、留守にしていたとか?」

「ええ……こいつと一緒に旅をしていまして。友達は海外旅行中でした」

 もし本件で沢村が聞き込みをするのならば、いずればれると思ったのだろう。少なくとも、通報したおじさんは知っている。部筑は具体的にT村の名までしゃべった。

「T村か」

 考え込んでいる沢村に、部筑は写真集の話をする。卒業旅行だったのだと、彼はでっちあげた。 

「『密造書籍』か。物騒な名前だ――あ、いや失礼。ここにあった、すべての本がなくなったんだね?」

 書斎を何周も歩きまわった沢村は、地面に目を落としながら歩き、ぴたりと止まった。

「ん? この長い髪の毛は?」

 屈みこんだ。

「かなり長いですね」

 立ち上がった沢村は二十センチ位の癖がない髪の毛を手に吊るしてから、僕と部筑の頭上に視線を走らせた。

「君達は最近髪の毛切ったりした?」

 部筑はここ数年、ずっとボウズのままだし、僕も以前は少し伸びていたが、就職活動を始めた半年前から短めになっていた。

「そうか。男にしては長いよな。ここの所有者のものかな?」

「いえ、あの子はずっと金髪ですから。別人のでしょう」

「心あたりはないかな? 髪の長い人物が出入りしていたこととか?」

「ないですね」

「わかった。念のため」

 食品を保存しておくような、ジッパーのついたビニール袋を取り出し、その長い髪を入れた。

「その、報道で、本を万引きした者が殺されているって聞いているんですが、さっきの場所で起こった事件の被害者は、何か本を持っていたんですか?」

「ホテルとか、旅館のガイドブックだよ。写真とか評判が書かれているやつ。君達みたいに、どこか旅行に行く予定だったのかもしれないね」

「ガイドブック」

「そんなに驚くのかい? なんなら見せてあげようか」

 ポケットに手を突っ込んで、何度も引っ掛かりながら、B五版でオレンジ色をしたカバーには『ホテル、旅館ソムリエガイド』と書かれているそれをさしだしてくる。

「これは、被害者が実際に持っていた本なんだよ」

 僕が手に取った。

 とてつもなく、重いように思える。いや、何の予兆もなく偏頭痛に襲われたのがそう思わせていた。鋭利な痛みへと発展し、頭が割れそうだ。

 このままでは、持っている本を落としそうだ。

 目を閉じた。目の前はオレンジ色の球体がゆっくり旋回している。

 そして、何かが訴えかけてきた。


《俺ハ 殺サレタ――》

《――父ノ 知リ合イ 命令 サレテ》 

《恨ミヲ モッテイタ 出版社ノ 本ノ万引キハ モウ止メタノニ――》

《――過去ヲ 忘レ 本ノ万引キハ シタクナカッタノニ》

《二度ト 見タクモカッタ アル本ヲ盗ミ――》 

《――ソレヲ持ッテ アル場所二コイト 指定サレタ》

《母親二ハ ソノコトヲ言エナカッタ――》

《――友達ニモ 先生ニモ イヤ 友達ナンテイナカッタケド》

《誰カ二 言ッタラ 万引キシテイタコトヲ バラスッテ 脅サレタカラ――》

《――学校二バラサレタラ 省カレル 母親二ハ 迷惑ヲ 掛ケタクナカッタ》

《モウ ワスレタカッタ 父親ガ 悪イコトヲ シテイタコトモ スベテ――》

《――家ノ 近クデノ公園デ 着信ガアッタ》 

《指定サレタノハ 神社デ 本ヲ 持ッテ 行ッタ――》 

《――誰モ イナカッタ ト思ッテイタラ 後カラ 首筋ヲ切ラレタ》

《何ガ 起コッタノカモ 分カラズ 力ハ抜ケテイッタ――》

《――俺ハ 変ナ 機械デ 切刻マレ》


 なんだ、なんだ、なんだ。

「まあ、ネットで調べられそうですし、あえて万引きするかなと思いまして」 

 部筑の声で、その訴えかけてくるものはなくなった。いや、切刻マレで終わっていたのかもしれないが、正確には不明だ。とりあえず、他人に支配されている感じがなくなり、大きく息を吐いた。 

「若い世代の考え方は違うね。おじさんが若い頃はガイドブック片手に旅したもんだよ」

「でも、旅館のガイドブックですよね。地図の載っている観光ガイドならわかるのですが」 

「変わらないって。旅に憧れをもったら、どちらも欲しくなるものだ」

 あれだけ激しかった偏頭痛は収まっている。汗が鼻と目の間をすべっていく。

「信二? 汗かいているけど、大丈夫か?」

 自分に声掛けられているとは知らず、沢村の背中を見た。

「おうい」

 部筑は僕の目の前で手を振っている。もちろん、別れ際に僕を見送っているわけではなく、正気なのかを確かめているのだ。

「ああ、ちょっと眩暈がしただけだ」

 上の空で、ページを捲った。目次、中身、T村の『希林寿』は掲載されていない。金子大輔が殺された時にあった、百十箇所の傷も、総ページ数、三百四十四のこの本とは関係がなく、百十ページ目は北海道の旅館が掲載されていたのを確認した後、巻末にある発行日の文字がぶれはじめた。

 震える手で、ガイドブックを返した。

 怖かった。

 精神病にでもかかったのか? 誰かの霊がとりついたとか?

 いったい、あの感覚はなんだったんだろう。思考が排除され、他人が僕の脳の中で小説を音読している、あの感覚は?

 心の中で反芻してみた。《父の知り合いから命令されて》

 確実な言葉だった。

 もしや、被害者が訴えかけたかった無念なのか。

「沢村さん――」

 僕の声が小さかったのか、「呼んだ?」と確認してくる。

「被害者の金子大輔さんが殺される前って、本当に万引きしていたんですか?」

「ん、どういうことだい?」

 沢村は顔を斜めにしている。

「ほら、その、いじめがあって、誰かに命令されて万引きしていたとか?」

「何人かに聞いたけど、ないと思うよ。もっとも、いじめていましたって言う生徒もなかなかいないだろうけどね」

「では、他の人とか。例えば、金子大輔さんの父親の知り合いとか?」

 その質問で、沢村の目じりは微動した。

「君が、なぜそれを知っているんだ?」

「いえ、推測ですよ。推理小説の真似ごとです」

 苦し紛れのいいわけだった。沢村は「うーん」と唸る。

「命令されていたかはまではわからないけど、本を万引きする前後の着信履歴を調べたんだ。そこには、普段電話で話をするような間柄ではない人物の名前が挙がっていた。それも、金子君の父親の知り合いだった」

「名前は教えられないんですか?」

「残念ながら」

「遺体は、他の場所から運ばれてきたんですかね?」

「そう断定しているよ。実は、神社の近くに血痕が残っていたんだ」

 変な機械がおちていなかったかという質問も出かかったが、その前に沢村が言った。

「トイレ、借りていいかな?」

 部筑は奥にあるトイレに案内した。

「おい」空気を吐くついでのような声だった。

「あまり出しゃばるなって。捜査してるのがばれるぞ」

「悪い。つい」追求せずにはいられなかった。

「気をつけろ」と言われ、身が引き締まった。

 僕はふと、書斎を見上げた。鏡に映った代わり映えのない自分の顔、しかし、その後方では、僕達の背中に沢村の冷たい視線が注いでいた。 

 まず、おかしな点がある。忙しくて手が回らないイメージの捜査一課が不法侵入に興味を示しているのだから。さらには、僕達への情報提供だ。部外者に対して、事件のことはしゃべらない。その証拠に、新横浜でも、阿武隈川でも、捜査員は肝心な話しまではしてくれなかった。

「君達が興味を持っているこの事件は共犯だと思っているんだ。どちらも殺された後、現場に運んだ痕跡が見られる。一人が遺体を運び、もう一人が通行人の目を反らした。若しくは、二人で運んだ」

 刑事から疑われている。直感だった。が、僕の取った行動は、疑いを促進させるものだった。

「こ、今度、城島博志さんの持っていた本も見せてもらえませんか?」

「あの本はどこの書店でも平積みされているだろ。買ってくれないかな?」

「ダメなんです。実際、本人が持っていた本でなければ」

 沢村は、唇をへの字に曲げた。

「かまわないよ」

 二〇一〇年二月五日は、僕の能力が覚醒した日だった。


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