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F.狙われている者

 週末の夕方、僕達は株式会社Dタントを訪れた。それまで、開いている時間に大学の講義を受けていた。卒業間際とはいえ流石にさぼりつづけることはできす、普通の大学生に戻ったり、離れたりした。もちろん、知り合いには事件捜査の話しはしていない。ただ、近くで殺人事件が何件もあったのだから、その話題で盛り上がっている学生は少なくなかった。

 美人受付嬢は退社している以外にも、ロビーは静かだった。その分、近くの居酒屋が繁盛しているのだろう。打ち合わせにはもってこいの状況になっている。しかし、約束の時間を三十分遅れてやってきた義男が案内したのは会議室だった。丁寧に紙カップと飲み物まで用意されている。

「遅れてしまい、申し訳ありません。今日は思う存分時間がありますから」

 ネクタイを緩め、ジャケットの前ボタンを外す。

「前回の続きですけど――」と部筑は前置きし、義男のその動作を見守った。

「『ブビリオフィリア』を読んでからでないと、話しにならないと思うんです。小園さんの家族に残っているか、聞いてみたりしましたか?」

「ええ。残念ながら、連絡が取れない状態でして」

 例の、小園猛の携帯は神奈川県警が持っているし、実家の電話は使えなくなっているらしい。両親は他界していて、奥さんを若くして亡くされているのだから、当然と言えば当然だ。

「では、T村の図書館に行くしかないか?」

 部筑は、T村がある方角でも見ているつもりなのか、遠くを見つめた。義男は部筑の意図としていることが不明だといったふうに視線を天井に投げかける。

「今現在の話をしますと、T村の図書館にも残っていないはずです」と言った。

「えっ?」

 僕と部筑は、図書館の職員に貸出中だと訊いていた。

「彼と会ったとき、左近字図書館から万引きされた事実を、小園から聞いていますよ」

「何ですって!」

 部筑が声を荒げた。すぐさま確認してみると意気込んだが、僕はそれを制した。左近字図書館の職員に横柄な態度で接する彼の姿が想像出来たからだ。

「ちょっと待っていてもらえますか?」

 ポケットの中でくたびれ果てたパンフレットを取り出し、左近字図書館に連絡を入れた。午後六時、閉館時間は三十分過ぎている。三回目の通話音が鳴り、加藤を呼び出してもらうと、帰り仕度をはじめているところだった。

『ああ……以前たずねてきた方ですね?』

 加藤は忙しないのか、ひどく他人行儀だった。

「はい、『ブビリオフィリア』の貸出状況を聞きたくて、ご連絡しました」

『ご、ご丁寧に、ありがとうござっ』

 落ち着こうとして余計にしどろもどろになっている口調だ。『ご連絡ありがとうございます』と発音するまで二回も言い直した。

「貸出から一週間経っていますから、もう返却されていますよね?」

『……実は、まだなんです』 

「期限が切れているのにですか? その人に連絡したんですか?」

『はい、連絡がつかないんですよ』

 僕達がそこまで執着しているとは思ってもいなかったから、加藤は動揺しているのかもしれない。小さな子供を追い詰めている感覚があり、自己嫌悪になりそうだ。普通ならそこで諦めがつくのだろう。ところが、こちらも諦めるわけにはいかなかった。

「連絡がつかないのは本当だとして、元々『ブビリオフィリア』は置いていないのではありませんか?」

 電波が届かなくなったかのように、加藤の声がぴたりと止まった。僕は「もしもし、聞こえていますか?」を繰り返す。

「電波が悪いのかな?」液晶パネルに表示されている電波は二本、僕は立ち上がり、聞こえるように足音を立てて移動した。

『聞こえています――あの』

「よかった。公衆電話でかけ直そうとしたもので」

 思いついた嘘をつく。会社内のどこかに公衆電話は設えてありそうだが、加藤が返答に詰まっているだけなのはわかっていたからだ。

『すいません。知っていたのですが――どうしても言い出せなくなってしまいまして』

「万引きされていたんですね。それも随分前に」

『はい。随分前です』

 努力して報われなかった物事を、諦めてしまったときのような口調で加藤は言う。

「いいんですよ。僕らも少々強引でしたし」

 口調から状況を察しているのだろう、部筑は僕を睨んできた。それを心配そうに見守る美佐江親子がいる。

「でも、どうしてそれを隠す必要があったんですか?」 

『……ちょっとここでは言いづらいので』

 加藤は声を潜めてきた。少しの間待っていたら、遠くから加藤を呼ぶ声が聞こえてきた。

『帰宅したらご連絡しますので、宜しいでしょうか?』

「いえ、近々、またそちらへ伺うつもりですので、そのときにでも聞かせてください」

 左近字図書館に『ブビリオフィリア』がないのだとすれば、万引きを隠蔽していた理由について教えてもらうという優先順位は低い。そう判断していた。

「やはり、ありませんでした」

「クソ、あのおばさん、嘘ついていたのか」

 部筑は怒りを噛み殺していた。すると、美佐江はフォローした。

「本を万引きされたんで、ありませんとは言えなかったんでしょ」

 図書館員としてのプライドなのか、規則なのか。

「もう、どっちでもいいや」

「投げやりね」

「だって万引きされているのなら、そいつを見つけ出すなんて考えたら事件解決よりも面倒くさそうだしな。放っておこう」

 頭の中は、ある考えが浮かんできて、支配された。部筑は『読んだ活字はいずれ空から雨のように降ってくる。賢い人が天気予報士で、間抜けなやつは靴を飛ばす小学生だ』と言ったことがあり、意味不明なのにも関わらず言究もしないで心ない返事をした憶えがあった。しかし、今は美佐江の言った『つぎの事件はT村で起こる』の言葉が本当に空から降ってきた気分だった。

「出版元に連絡しても、在庫はないんですかね?」

「難しいでしょうね。発行してから随分経っていますし、処分されているでしょう」

 義男が視線を落とすと、僕は美佐江の方を向いた。

「なあ、ちょっと前に言ったでしょ? つぎの事件はT村で起こるってさ」

「犯人が『ブビリオフィリア』通りに動いてくれればね」

 阿武隈川の下流で起こった水死体を懸念しているのだろう。美佐江は自信なさ気になっている。

「もしそうなるのならば、図書館から『ブビリオフィリア』を万引きした人が危なくないか?」

「そうか。きっと狙われる」

 殺人の動機を万引き犯としているのならば、ターゲットにはなりやすい。加藤か図書館の関係者に詳しく話をしてみれば、『ブビリオフィリア』を万引した者の目星がつくのではないかを考えた。

「でも、随分前に万引きされたものだし――それに」

 と言った美佐江は義男に視線を投げかけた。咳払いをした義男は、席を立ち、僕らに背を向けた。

「次に狙われているのは、私です」


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