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悪夢に狂う  作者: 豆狸


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第五話 父が語った不思議な話

 私はジュベル公爵家が所有していた子爵位を受け継ぎました。

 公爵家は義兄のダニエルに託し、父は引退しています。もっとも新米子爵の私の補佐をしてくださっているので、前よりも忙しいかもしれません。

 ご迷惑をおかけしてばかりの娘なのに、父は私がなにをしても喜んで褒め称えてくださいます。父の声を聞くと私も元気が湧いて出て、頑張ろうと思えるのでした。


 今日は珍しく父は一緒ではありません。

 護衛騎士のクリストフとふたり、お忍びで子爵領を視察しているのです。彼の双子の姉である侍女はお留守番です。彼女はお忍びであっても私への無礼を許せないので、連れて来なかったのです。

 まあ馬に乗った私を彼が手綱を持って先導してくれているので、領民にはすぐ私だとわかってしまうでしょうけれど。


 父が補佐してくださっているので領地運営は良好なのですが、領民との間はなかなか上手く行きません。

 領民はみな優しくて私を慕ってくれています。なのに、私が怯えてしまうのです。──シャルル王太子殿下と同じ金の髪の領民を見ると。

 こんなことではいけません。どんな髪の色でも私の大切な領民です。


「ふんっ!」


 馬上で気合を入れた私に、クリストフが苦笑を漏らしました。

 陽光に照らされた彼の髪が赤く煌めきます。


「あら。クリストフ、あなたの髪は黒色ではなくて濃い赤色だったのね」

「子どものころからご一緒してるのに、今ごろ気づかれたんですか?」

「う……でも前になにかのとき、あなた自身が黒髪だと言ったような気がしてよ?」

「はい。アリス様と同じが良くて、黒髪だと嘘をついたんです」


 私の髪は、亡くなった母と同じ黒色です。


「嘘は駄目よ」

「そうですね」

「でもあなたが赤毛だと気づいて良かったかもしれないわ。お父様と同じ色だもの」


 もし金髪の領民とすれ違って怯えてしまっても、父と同じ色のクリストフの髪を見たら勇気が湧くと思います。


「……いつまでも悪夢に囚われていて情けないわね、私」

「そんなことありませんよ。それに……そんな悪夢を見ずにはいられないほど、シャルル王太子殿下のアリス様への態度は酷いものだったということでしょう」


 魔導学園での奇行を説明するために、クリストフにも悪夢の内容は話してありました。

 あの日、父は悪夢ではないと言って二十年前のことを教えてくれました。

 始まりは、王妃様の姉君であるブラン公爵令嬢が悪夢を見て目覚めたことでした。私と同じように卒業の一ヶ月前、私と同じように婚約者である王太子殿下に卒業パーティで婚約を破棄される悪夢です。私と違うのは、彼女は処刑されたのではなく追放されたということでした。


 周囲の方々は、それは予知夢に違いないと思われたそうです。

 王太子殿下の婚約者であるブラン公爵令嬢への冷遇は有名だったのです。公爵令嬢を冤罪で追放刑などとは酷過ぎる、と憤りながらも、命さえあれば名誉挽回も可能だろうと様子見をしていたところ、婚約破棄までは悪夢と同じだったのに、その後令嬢は私の悪夢のように拷問の末自白を強要されて処刑されてしまいました。

 王太子暗殺未遂ではなく、国王暗殺未遂だったそうです。


 当時の国王陛下ご自身がそんなはずはないと調査を開始され、今では先代となる聖王猊下をお招きしました。

 聖王猊下は今の国王陛下である当時の王太子殿下の恋人は悪魔であると見破られて──いろいろあった後に王太子殿下と悪魔の取り巻き達は正気に戻ったといいます。

 悪魔が王太子殿下の子どもを産んだという噂もあるそうです。


 私やブラン公爵令嬢は、悪魔が巻き戻した時間に巻き込まれたそうです。

 同じ時間を何度も繰り返して、さまざまな人間を不幸にしようとしていたのではないかと言われていますが、どうなのでしょうか。

 父や新しい聖王猊下のおかげで(もちろん先代様のおかげでもあります)、私はブラン公爵令嬢とは違って生き延びました。あれが消えてしまった未来だとしても悪夢だとしても一生忘れることは出来そうにありませんが、命ある幸運に感謝して生きていくつもりです。


「……うふふ」

「どうなさいましたか、アリス様」

「クリストフの髪、光を浴びて赤く煌めいて綺麗ね」

「ありがとうございます」


 うららかな日差しの中、馬に揺られて進んでいきます。

 この子爵領の領民達が悪魔に惑わされることなく、幸せに暮らしていけるよう頑張らなくてはいけませんね。

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