第二話 悪夢の記憶
夢を見たのです。
未来の夢です。
でも予知夢などというものではないと思います。……予知夢だったら嫌ですわ。
私、魔導学園の卒業パーティでシャルル王太子殿下に婚約を破棄されてしまいましたの。その後は王都の公爵邸で引き籠っていました。
今思えば、ジュベル公爵領へ戻っていれば良かったのに、愚かな私は殿下への想いを諦めきれないでいたのです。
ある日、シャルル殿下とダニエルお義兄様と……ディアーブラ様の取り巻きの方々がいらっしゃって、私を引き立てていきました。私が殿下を弑しようとしたとおっしゃるのです。まったく身に覚えがありませんでした。
ですが殿下は私の言葉を信じてはくださらなくて、王宮の地下にある拷問部屋へ──
大丈夫です、お父様。最後まで話します。
悪夢とはいえ思い出すだけで恐ろしいことでしたが、今の私はお父様のお姿を見ることが出来るのですもの。
なにも怖くはありません。
拷問部屋で両目を潰され手足を焼かれ、体中を傷つけられて、私は身に覚えのないシャルル殿下暗殺の罪を自白してしまいました。
お父様が来てくださったのは処刑の前日、王都の地下牢獄でのことでした。
ええ、そうなんですの。私はもうジュベル公爵令嬢でもなかったのでしょう。貴族が入れられる王宮の監獄塔ではなく、市井の犯罪者と同じ地下牢獄に入れられていたのです。
お父様は私を連れて逃げるとおっしゃってくださいましたけれど、私はお断りいたしましたわ。
嫌だったのではありません。鉄格子越しに触れたお父様の大きな手はとても温かくて、聞こえる声は優しくて、ずっとずっと一緒にいたいと思っていました。
ただ、私にはわかっていたのです。自分がもう長くないこと、処刑されようとされまいと後数日生きられれば良いくらいだということが。
そんな私のためにお父様がすべてを捨てるなんてもったいないですわ。
お父様は私の気持ちを汲んでくださってお帰りになりました。
処刑は拷問よりもずっと楽でしたけれど、それはきっと取り囲む群衆に紛れたお父様が私に愛していると叫び続けていてくださったおかげに違いありませんわ。王太子暗殺未遂犯となった私を貶め蔑む罵声の中でも、お父様の声だけは聞こえていましたのよ。
そして、処刑された私は我が家のベッドで目を覚ましましたの。
恐怖で身動き出来なくなっていたのを侍女が抱き締めて落ち着かせてくれたので、あれがただの悪夢に過ぎないことを確認するために魔導学園へ登校したのですけれど──駄目ですわ。
ごめんなさい、お父様。私、狂ってしまったみたいです。どうしてもどうしてもどうしても、あの悪夢が頭から消えないのです。シャルル王太子殿下のお顔を思い出すだけで息が出来なくなって、叫び出したくなるんですの。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ここは王都にあるジュベル公爵家の館、私の部屋です。
私はベッドに腰かけ、前に立つ父とふたりきりで話をしていました。
控えの間にいる侍女の腕にはやはり私の指の痕が残っていたのですが、彼女は私を責めることなく、むしろ起床時に混乱していたのだから登校しないよう止めれば良かったと謝ってくれました。私にはもったいないほどの良い侍女です。
くだらない悪夢に惑わされた愚かな娘だと怒られるかと思っていたのですが、父は私を抱き締めて、優しく髪を梳いてくださいました。
話しているうちにあふれていた涙が、父の胸元に染み込まれて行きます。
私を抱き締める腕に力を込めて、父が言います。
「アリス、お前は悪くない。お前はなにも悪くないのだ。おそらくそれは悪夢などではない。お前が未来に体験したことだ。お前は処刑されて、過去へと戻って来たんだよ」
「どういうことですの?」
父の言葉に首を傾げます。
過去へ戻る? そんなことが可能なのでしょうか。
非常に陰鬱な表情で、父は言葉を続けました。
「もう二度とあんな悲劇は繰り返さないつもりだったのだが、お前が処刑された未来の私達は油断していたのだな。それに今は聖王猊下が……」
聖王猊下とは、この王国を始めとする大陸の国々が信仰している聖光教の最高指導者であらせられます。
今は御年八十歳。近ごろはあまり体調がよろしくないとお聞きしています。
夢の中では私が投獄される少し前に後継者を告げずに急死なさったため、聖光教の内部が混乱していると看守が話していたような気がしました。私が殿下達に連れ出されたとき、父が館にいなかったのは聖王猊下の葬儀に国王の名代として参加するためだったのではなかったでしょうか。
「これからのことを話し合うためにも教えておこう。あれは今から二十年ほど昔のことだ」
そう言って父は、不思議な話を語り始めたのです。




