第8話 ISFJ限界
壊れるのは、盤面ではない。
人だ。
【現在の評価値:Safe(揺らぐ)- 自助と共助】
【目標評価値:Protected - 仲間を守る】
招待状には、短い一文。
「今夜の議題:守れ」
何を。
扉が開く。
香りが刺さる。
笑みが並ぶ。
ESFJ・セレスティア・ヴァレンヌの微笑みが、いつもより薄い。
ENTP・ユリウス・スカーレットは、いつもより静かだ。
私は気づく。
今日の盤面は、すでに荒れている。
ゲストは二人。
ISFJ・エミリア・ロウ。
いつもの“後始末の目”が、今日は焦点を失っている。
INFP・フィオナ・リリエ。
今日の“鏡”は、いつもより近い。
セレスティアが扇を閉じた。
「今夜は、ゲームではありません。
……事故が起きましたの」
事故。
ユリウスが肩をすくめる。
「誰かが誰かの噂を、間違えたんだろ」
間違えた。
その言葉の軽さが、今夜は重い。
セレスティアが言う。
「“紹介”が、逆に繋がりました。
会うべきでない人が、同じ部屋にいる」
エミリアが小さく震える。
「……私の、手違いです」
その一言で分かる。
彼女はずっと、全部を一人で持っていた。
私は盤面帳を開く。
(相手の欲しいもの:安全)
(相手の守りたい面子:顔)
(相手の恐れ:炎上)
(渡せる譲歩:責任の一時預かり/泥を被る)
私はすぐに、最短解を出せる。
責任者を決め、謝罪し、席を変え、紹介を止める。
しかし最短解は、誰かを切る。
今夜切られるのは——エミリアだ。
フィオナが、静かに言った。
「エミリア。
あなた、誰を守ろうとしてるの?」
刺さる。
エミリアの目が潤む。
「……皆さま、です。
私が、間に立てば……」
間。
彼女は“摩擦”を減らす人。
でも摩擦は、ゼロにはならない。
ゼロにしようとすると——燃える。
ユリウスが、珍しく真面目な顔をした。
「ねえ、ISFJ・エミリア。
君、今日までよくやった。
だから今夜は、壊れていい」
「壊れたら……サロンが……」
「サロンは壊れない。
壊れるのは人だ。
人が壊れたら、サロンも終わる」
ユリウスの言葉は雑だ。
だが、正しい。
セレスティアが、扇を握る。
「今夜の議題は“守れ”。
守るべきは、サロンではありません。
……人ですの」
私は息を吸う。
ここで必要なのは、盤面操作ではない。
撤退路。
そして、譲歩。
私は自分の評判を見た。
(評判メーター:Safe)
今夜、私はこれを捨てられる。
私は一歩前に出る。
「責任は、私にあります」
空気が止まる。
セレスティアの目が細くなる。
ユリウスが笑う。
「え、なに? 天才、ついに殉教する?」
黙れ。
私は比喩で言う。
「今夜の火種は、風です。
風は止められない。
なら——
火のない場所で、風を通す」
セレスティアが頷く。
私は続ける。
「誤った紹介は、私が頼んだことにします。
“INTJ・レオンが面白半分で繋いだ”と。
そうすれば、怒りは私に向く。
エミリアは、後始末をしなくていい」
エミリアの目が見開かれる。
「そんな……」
フィオナが、私を見る。
「あなた、それ……嫌われます」
「ええ」
私は即答する。
嫌われるのは怖い。
しかし今夜、怖いのはそれではない。
人が壊れることだ。
ユリウスが、目を細める。
「へえ。
君、誰かを守るために、嫌われるのか」
セレスティアが、静かに言った。
「……撤退路、ですね」
私は頷く。
エミリアが、息を吐いた。
そして、崩れた。
泣くのではない。
笑ってしまう。
「……私、ずっと……怖かったんです。
皆さまを怒らせたら……終わるって」
フィオナが、そっと手を伸ばす。
「終わらないよ。
怒っても、嫌っても、終わらない」
ユリウスが肩をすくめる。
「終わるのは、黙って壊れたときだけ」
セレスティアが微笑んだ。
今夜初めて、本物の微笑み。
私の盤面帳の評価欄、青から警告の赤へと変わる。だがそれは、今までで最も誇らしい赤色に見えた。
私は天才だ。
だから、損する手も切れる。
——ただし、まだ胸が痛い。
痛いのは、私が“人”を数式にできないからだ。




