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第3話 褒めて勝て

 褒めるのは得意だ。

 事実を言えばいい。


 ——そう思っていた時期が、私にもありました。


【現在の評価値:Warn(警戒)】

【目標評価値:Safe(敵を作らずに勝つ)】


 招待状には三行。


「今夜の議題:褒め殺し」

「相手を褒め、発言権を奪え」

「直接否定は禁止」


 論理が嫌いになる(二回目)。


 扉が開く。

 香りが刺さる。

 笑みが並ぶ。


「INTJ・レオン・アルクライト様。ようこそ」


 ISTJ・マグヌス・グレイが、いつも通り淡々と頭を下げる。


「今夜は、死ににくい気がします」


「油断は禁物でございます」


 それは忠告だ。

 規定の顔をした忠告。


 テーブルへ近づくと、すでにENTP・ユリウス・スカーレットが座っていた。通称だけで呼ばれているあたり、ここでは常連扱いなのだろう。


「来たね、INTJ・レオン。褒め殺しだってさ」


「殺す必要があるのですか?」


「必要はない。だから面白い」


 彼は砂糖壺を指先で回した。


「褒めってさ、ナイフより柔らかいのに、ナイフより刺さるんだよね」


 刺さるのは刃の角度のせいだ。

 なら、角度を制御すれば——


「本日のゲームでございます」


 ESFJ・セレスティア・ヴァレンヌが、微笑みのまま場を締める。


「“褒め”によって相手が口を閉じたら勝ち。

 ただし、相手が恥をかいた場合は——負けですの」


 矛盾している。

 口を閉じさせるのに、恥をかかせるな。


 セレスティアは、矛盾を微笑みで上塗りした。


「要するに」


 私は言いかけて、止めた。


「……つまり、上品に勝ちなさい、ということです」


「ええ。さすが」


 “さすが”は褒めではない。

 評価だ。


 ユリウスが笑う。


「うわ、今のも評価だよ。危ないね」


 私は盤面帳を開いた。


(相手の欲しいもの:称賛)

(相手の守りたいもの:プライド)

(相手の恐れ:笑いものにされること)

(渡せる譲歩:功績の名義/上座の辞退/沈黙)


 褒め殺し。

 なら、褒めで“安全に”相手を黙らせればいい。


 私は標的を探した。


 派手な香水。

 大きな声。

 自慢話の導線。


 青年が小さく会釈し、初対面の挨拶だけ済ませて、家名を丁寧に差し出した。

 このサロンの通称文化に慣れていない。

 新人だ。


 ——新人は、いじりやすい。


 私はすぐに気づいた。

 その発言は、二割の内容を八割の声量で包んでいる。


(恐れているのは無視だ)


 なら、褒める。

 無視されない形で。


「あなたの話し方は、非常に優れています」


 彼の顔が明るくなる。


「ええ。聞き手に“反論する隙”を与えない。

 先回りで論点を塞ぎ、相手の言葉を丁寧に奪う。見事です」


 沈黙。


 ——あ。


 青年の笑みが凍る。


 私は褒めた。

 事実を言った。

 しかし今のは、褒めではなく“解剖”だ。


 しかも最悪の部分を、上品な言葉で可視化した。


 周囲の貴族たちが、薄く笑う。

 笑いは同情ではない。

 確認だ。


 勝ち。

 しかし——


「INTJ・レオン」


 セレスティアの声が柔らかく落ちた。


「いまのは“称賛”ではありません。

 相手の弱点を、社交語で読み上げただけですの」


 私は反論できない。

 直接否定は禁止。

 ……いや、そういう問題ではない。


 私は盤面帳を閉じた。


「……不適切でした」


 最短の謝罪。

 最短の火種。


 ユリウスが、嬉しそうに肩をすくめた。


「ほらね。最短ってさ、いつも“最悪”に近い」


 そのとき、静かな声が挟まった。


「でも、あなた……悪意がないんですね」


 柔らかい声。

 真剣な目。


「INFP・フィオナ・リリエです」


 初めての名乗り。

 家名まで添えたフル呼称。


 彼女は、私を責めるためではなく、理解するために見ていた。


「褒めるって、相手の“物語”を立てることだと思うんです。

 いまのは……物語じゃなくて、手術でした」


 手術。

 正確だ。

 そして痛い。


 青年の顔が赤くなる。


 青年の喉が動く。

 叫びたいのだろう。

 だが今夜のルールは、直接否定禁止だ。

 ——叫べば、その瞬間に“負け”になる。


 だが彼の負けは、私の勝ちにはならない。

 今夜、私は“敵”を作った。


 ISTJ・マグヌスが一歩前へ出る。


「本ゲームは、恥辱を与えることを目的としておりません。

 規定により、ここで一度、お茶をお召し上がりください」


 止血。

 規定で止血。


 マグヌスが、余計な言葉を足さずに青年のカップを満たした。

 その沈黙が、いちばん効く。


 青年は黙った。


 勝敗としては、私が勝った。

 だが盤面としては、私は一段下がった。


 私の盤面帳の評価欄が、より濃い警告色に染まっていくのが見えた。


 ユリウスが私の耳元で囁く。


「ねえINTJ・レオン。

 君の褒めって、強いよ。

 強すぎて、相手が“引けない”。最高に面白い」


 面白い、では済まない。


 私はフィオナを見る。


「……では、褒めはどうすべきですか」


 私は天才だ。

 だから、学習速度も速い。


 フィオナは少し考えて、言った。


「相手が帰り道で、自分を嫌いにならない褒め方。

 相手が明日、誰かに自慢できる褒め方。

 ……それが、優しい勝ち方だと思います」


 優しい勝ち方。

 矛盾ではない。

 設計だ。


 私は盤面帳を開いて、余白に書いた。


・褒め=相手の物語を立てる

・禁句:解剖

・撤退路:明日も自慢できる形


 私は天才だ。

 だから次は、褒めで勝って、敵を作らない。


 ——たぶん。


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