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現代ファンタジー

スーツ侍・バレンタイン危機一髪!

掲載日:2026/01/11

 二月上旬。

 バレンタインを目前に控え、日本中の男性陣が浮き立つ中―


「もうすぐバレンタイン♪」と豊臣が休憩スペースでくるりと回っていた。

「……何やってんだ、豊臣」と武田が呆れている。


「日本中の俺のためのバレンタイン♪ 今年こそは本命チョコが! ほすいーとチョコレート!」

「もらうアテはあるのか?」と徳川にも言われる。

「……夢がないなぁ、徳川は♪ 昨日トラックに積まれたチョコをもらう夢を見たんだ! きっと予知夢だ!」


「まるでアイドルだな。私は肌の調子が悪くなるといけないので、食べ過ぎには気をつけないと」と上杉。

「おい上杉ぃー? 女子っぽいな」

「ハラスメントだ、豊臣」


 すると、四人のスマートフォンが一斉に鳴る。

 メールの差出人は黒田であった。


『至急、会議室に集合願いたい』


 不穏な予感が、一同を震わせた。

 すぐに四人は会議室へ向かう。


 

 ――会議室ではすでに、社長の織田と黒田が待っていた。早速、黒田がタブレットを見せる。


「チョコレート菓子企業の、ピーチアンドキューカンバー社。工場が原因不明の停止となったんです」


 ピーチアンドキューカンバー(Peach & Cucumber)は、派手な広告を打たないことで知られる、老舗のチョコレートブランドだ。


 名前だけを聞くと意外に思われがちだが、それは創業者の哲学に由来している。


 ――甘さは、人を惹きつける。

 ――だが節度がなければ、すぐに飽きられる。


 ピーチは「想いの甘さ」を、キューカンバーは「それを受け止める冷静さ」を象徴している。


 扱うカカオは厳選された農園のもののみ。

 製法は昔ながらで、効率は決して良くない。

 それでも、毎年のバレンタインには〝静かに選ばれるチョコ〟として、確かな支持を集めていた。


 そんなピーチアンドキューカンバー社だが、ある日突然、製造工場が機能停止してしまった。こうなると、バレンタインチョコの製造が不可能となってしまう。


「何だって? 大事なバレンタインチョコを製造できなければ大変だぁ!」と豊臣は目が飛び出しそうだ。

「おそらく年間売上の多くを占めるのが、バレンタインチョコ。そこで利益が出なければ、赤字転落だ」と徳川。


「ピーチアンドキューカンバーの製造技術は、おそらく他では代替できない。それを狙ったのか」と武田。

「このタイミングで……何者かが意図的にやってるとしか思えないな」と上杉。


「……皆の者が期待するバレンタインを邪魔するとは、決して許されることではない」と織田。

「皆さん、製造工場に異常を検知しました。向かってください」と黒田の指示。


 五人は、ネクタイピンに手をやる。

「「「「「スーツ侍・改革!」」」」」



 ※※※



 ピーチアンドキューカンバーの工場。

 静かすぎる上に、機械の唸りも溶けるカカオの匂いもない。

 スーツ侍たちが、正門前に並び立つ。


「……本当に止まっているな」

 シンゲンが低く呟く。

「稼働記録、ゼロ。警備システムは生きているが、人の気配がない」

 イエヤスが家紋レンズを光らせながら答えた。


 ノブナガは、建物を見上げる。

 灯りは点いている。

 だが――温度が、違う。


「中にいるな」


 その瞬間だった。

 工場から金属音が連なって響き、シャッターが内側から無理やり開かれた。


『――お待ちしておりました』


 影の中から現れたのは、黒いスーツに身を包んだ集団。

 胸元には、歪んだカカオ豆のエンブレム。


「ブラック・ザコ団か……!」

 ヒデヨシが一歩前に出る。


 リーダー格の男が、にやりと笑った。

『ここは〝生産停止中〟の工場です。立ち入りは――』


「関係ねぇな」

 シンゲンが言葉を遮る。


 次の瞬間、床が軋んだ。

 ブラック・ザコ団の兵が、何らかの装置を起動したようだ。


『カカオ管理装置、バイター・ロック!』

『工場の温度・湿度・保管データを強制上書!』


「な……何をする!」

 ケンシンが義刀を手にする。


『ここを〝使えない場所〟にするだけだ』

 リーダーが肩をすくめる。

『壊しはしない。使えなくする』


「そんなのどっちでも一緒だ! ゆるさねぇ……笑顔(スマイル)本命(俺のチョコ)・百万石アプローチ!!」

 ヒデヨシが二枚の扇を広げて、ザコ団たちに金色のオーラを浴びせる。


『うぅっ……』


「私がゆく! 毘沙門(びしゃもん)(じん)!」

 ケンシンが義刀を振り下ろすと、ザコ団たちが黒い煙に変化する。


『クッソー! だがな、この工場はもうオワリだ!』


 ノブナガが炎の刀を構える。

「終わりにするのは貴様だ。想いを踏みにじる真似――俺が許すと思うか。第六天魔斬り!」


 大きな炎が舞い上がり、ザコ団たちの煙を一気に粉砕した。


「……工場の様子が変わらないぞ?」

「家紋レンズ! ……やはりそうか。さっきのバイター・ロックを解除せねばならない」とイエヤス。

 

「よし、俺に任せろ」

 シンゲンが風林火山の盾を手にする。

「工場の中枢部……こっちだ!」とイエヤスがレンズを光らせながら、先に走る。



 ※※※


 

 シンゲンとイエヤスは工場の中枢部に辿り着いた。

 そこは、本来なら人の出入りを極端に制限された管理区画だった。

 壁一面に並ぶ制御盤。

 温度、湿度、攪拌速度、保管期限――

 カカオと向き合うための数字だけが、静かに脈打っている。


 だが、今は違った。

 床の中央に、黒い装置が据え付けられている。

 工場の設備とは明らかに異質な形状。

 太いケーブルが根のように広がり、制御盤へ無理やり食い込んでいた。


「……あれが、バイター・ロックか」

 シンゲンが声を落として言う。


 装置の表面には、歪んだカカオ豆の紋章。

 淡く赤い警告灯が、呼吸するように点滅している。


「数値を書き換えておる……」

 イエヤスの家紋レンズが、青く光る。


 床が、かすかに震えた。

 装置の中心部から、低い駆動音が響く。

 まるで、工場そのものを縛り上げているかのようだった。


「解除しない限り、ここは〝稼働できない工場〟のままだ」

 イエヤスが言い切る。


「だったら、こいつを引き剥がすまでだ」

 シンゲンは、風林火山の盾を地面に突き立てる。

 その瞬間、盾の縁から赤い紋様が走り、床に食い込んだ。


「バイター・ロック中枢……捕捉! 解除コードを走らせる」

 装置から伸びる黒いケーブルが盾に絡め取られ、シンゲンがロックを解除させようとする。


「解除を感知!」


 ――だが、遅かった。

 次の瞬間、警報が鳴り響いた。


 天井のシャッターが一斉に開き、黒い影が中枢部へ降り立つ。


『させるか!!』


 ブラック・ザコ団の精鋭部隊。

 装甲は重く、腕には強制再ロック装置が取り付けられている。


『解除=工場復活……それだけは、困るんでねぇ!』


 敵が一斉に突進する。


「来るぞ!」

 シンゲンが盾を構え直す。

 衝撃で盾が軋み、床に火花が散る。


 ノブナガ、ヒデヨシ、ケンシンも到着する。

 ノブナガが前に出ると、空気が澄んだ。

 敵の動きが、一瞬だけ鈍った。


「今だ――」

 五人の胸元が、同時に輝いた。


「合体奥義――天下一斉光!」

 

 シンゲンが風林火山の盾を突き出すと、重い衝撃が波となり、敵の足元を揺らした。

 盾の周りをヒデヨシ、イエヤス、ケンシン、そしてノブナガの光が纏う。

 

 そして――光が解き放たれた。


 衝撃波が中枢部を包み込み、ブラック・ザコ団の装置だけを砕く。

 ケーブルが弾け、再ロック装置が沈黙する。

 ザコ団たちは吹き飛ばされ、影のように消えた。


 

 静寂。

 モニターの文字が切り替わる。


 ――安全基準:正常

 ――稼働許可:解除


「……終わったか」とイエヤスが息を吐く。

「工場、戻ったな」とシンゲンが盾を下ろす。


「従業員たちに連絡しよう」とケンシン。

「これで……俺にも本命チョコが」とヒデヨシ。


 遠くで機械が動き出す音がした。

「まだ間に合う。作る覚悟がある限り、良きものは必ず形になる」とノブナガが頷いた。

 

 微かにチョコレートが溶ける匂いが、空気に戻ってくる。

 ピーチアンドキューカンバーの工場には、小さな温もりが戻り始めていた。



 ※※※



 その後工場は再稼働し、無事にピーチアンドキューカンバー社はバレンタインチョコレートを販売することができた。

 例年より販売数は少ないものの、店頭に並んだ箱はすぐに買い手を見つけていた。


 バレンタイン当日。

 天下トーイツ・カンパニーの会議室には、なぜか妙な緊張感が漂っていた。


 机の上には、小さな紙袋が五つ。


「……で」

 織田が腕を組む。

「これは、なんだ」


「バレンタインです」

 黒田が事もなげに言った。

「先ほど、届いていました」


 沈黙。


 最初に動いたのは、もちろん豊臣だった。

「お、おい。これ、本命チョコ?」

 袋を持ち上げて、くるりと回っている。


「落ち着け」

 徳川が淡々と分析する。

「恐らく義理。社内慣習。期待値はゼロだ」


「期待値って言い方やめろよ」

 武田が苦笑する。

「でもまあ、気持ちだろ? 素直に受け取るか」


 上杉は袋を見つめたまま、少し考え込んでいた。

「……想いの形が、四角い箱に収まっているのは不思議だ」

「重いぞ」

 武田が即座に突っ込む。


 豊臣は包装を開け、中をのぞいた。

「おっ、これ……ピーチアンドキューカンバーだ」

「なに?」

 全員の視線が集まる。


「ほら、カード」

 豊臣が読み上げる。


『先日は、ありがとうございました。甘さは控えめです』


 黒田が補足する。

「工場のシステム修繕は、天下トーイツ・カンパニーで請け負ったことになっていますので」


「黒田ぁーやるな。俺より営業向いてんじゃない?」

 豊臣がニヤリと笑う。

 

 一方で織田は、まだ袋を開けていなかった。


「……俺は、こういうのは慣れてない」


「いやいや」

 豊臣が肩を叩く。

「今年は堂々と受け取っていいじゃあないですか! ちゃんと守った結果なんだから」


 少し間を置いて、織田は袋を開けた。

 中を見て、ほんの一瞬だけ目を細める。


「……悪くない」


「おっ、出た」

 武田が笑う。

「それ、社長の最大級の褒め言葉だぞ」


 上杉が、そっとチョコを口に運ぶ。

「……静かな味だ」


「それな」と豊臣も頷く。

「戦いのあとにちょうどいい」と徳川。


 五人はしばらく、言葉もなくチョコを食べた。

 やがて、武田がぽつりと言う。

「……来年も、こういうバレンタインなら悪くないな」


「平和が前提だがな」と織田が答える。


 バレンタインを救ったスーツ侍たち。

 彼らは今日も、どこかで誰かの「当たり前」を守っている――



『スーツ侍・バレンタイン危機一髪!』 完


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