スーツ侍・バレンタイン危機一髪!
二月上旬。
バレンタインを目前に控え、日本中の男性陣が浮き立つ中―
「もうすぐバレンタイン♪」と豊臣が休憩スペースでくるりと回っていた。
「……何やってんだ、豊臣」と武田が呆れている。
「日本中の俺のためのバレンタイン♪ 今年こそは本命チョコが! ほすいーとチョコレート!」
「もらうアテはあるのか?」と徳川にも言われる。
「……夢がないなぁ、徳川は♪ 昨日トラックに積まれたチョコをもらう夢を見たんだ! きっと予知夢だ!」
「まるでアイドルだな。私は肌の調子が悪くなるといけないので、食べ過ぎには気をつけないと」と上杉。
「おい上杉ぃー? 女子っぽいな」
「ハラスメントだ、豊臣」
すると、四人のスマートフォンが一斉に鳴る。
メールの差出人は黒田であった。
『至急、会議室に集合願いたい』
不穏な予感が、一同を震わせた。
すぐに四人は会議室へ向かう。
――会議室ではすでに、社長の織田と黒田が待っていた。早速、黒田がタブレットを見せる。
「チョコレート菓子企業の、ピーチアンドキューカンバー社。工場が原因不明の停止となったんです」
ピーチアンドキューカンバー(Peach & Cucumber)は、派手な広告を打たないことで知られる、老舗のチョコレートブランドだ。
名前だけを聞くと意外に思われがちだが、それは創業者の哲学に由来している。
――甘さは、人を惹きつける。
――だが節度がなければ、すぐに飽きられる。
ピーチは「想いの甘さ」を、キューカンバーは「それを受け止める冷静さ」を象徴している。
扱うカカオは厳選された農園のもののみ。
製法は昔ながらで、効率は決して良くない。
それでも、毎年のバレンタインには〝静かに選ばれるチョコ〟として、確かな支持を集めていた。
そんなピーチアンドキューカンバー社だが、ある日突然、製造工場が機能停止してしまった。こうなると、バレンタインチョコの製造が不可能となってしまう。
「何だって? 大事なバレンタインチョコを製造できなければ大変だぁ!」と豊臣は目が飛び出しそうだ。
「おそらく年間売上の多くを占めるのが、バレンタインチョコ。そこで利益が出なければ、赤字転落だ」と徳川。
「ピーチアンドキューカンバーの製造技術は、おそらく他では代替できない。それを狙ったのか」と武田。
「このタイミングで……何者かが意図的にやってるとしか思えないな」と上杉。
「……皆の者が期待するバレンタインを邪魔するとは、決して許されることではない」と織田。
「皆さん、製造工場に異常を検知しました。向かってください」と黒田の指示。
五人は、ネクタイピンに手をやる。
「「「「「スーツ侍・改革!」」」」」
※※※
ピーチアンドキューカンバーの工場。
静かすぎる上に、機械の唸りも溶けるカカオの匂いもない。
スーツ侍たちが、正門前に並び立つ。
「……本当に止まっているな」
シンゲンが低く呟く。
「稼働記録、ゼロ。警備システムは生きているが、人の気配がない」
イエヤスが家紋レンズを光らせながら答えた。
ノブナガは、建物を見上げる。
灯りは点いている。
だが――温度が、違う。
「中にいるな」
その瞬間だった。
工場から金属音が連なって響き、シャッターが内側から無理やり開かれた。
『――お待ちしておりました』
影の中から現れたのは、黒いスーツに身を包んだ集団。
胸元には、歪んだカカオ豆のエンブレム。
「ブラック・ザコ団か……!」
ヒデヨシが一歩前に出る。
リーダー格の男が、にやりと笑った。
『ここは〝生産停止中〟の工場です。立ち入りは――』
「関係ねぇな」
シンゲンが言葉を遮る。
次の瞬間、床が軋んだ。
ブラック・ザコ団の兵が、何らかの装置を起動したようだ。
『カカオ管理装置、バイター・ロック!』
『工場の温度・湿度・保管データを強制上書!』
「な……何をする!」
ケンシンが義刀を手にする。
『ここを〝使えない場所〟にするだけだ』
リーダーが肩をすくめる。
『壊しはしない。使えなくする』
「そんなのどっちでも一緒だ! ゆるさねぇ……笑顔・本命・百万石アプローチ!!」
ヒデヨシが二枚の扇を広げて、ザコ団たちに金色のオーラを浴びせる。
『うぅっ……』
「私がゆく! 毘沙門刃!」
ケンシンが義刀を振り下ろすと、ザコ団たちが黒い煙に変化する。
『クッソー! だがな、この工場はもうオワリだ!』
ノブナガが炎の刀を構える。
「終わりにするのは貴様だ。想いを踏みにじる真似――俺が許すと思うか。第六天魔斬り!」
大きな炎が舞い上がり、ザコ団たちの煙を一気に粉砕した。
「……工場の様子が変わらないぞ?」
「家紋レンズ! ……やはりそうか。さっきのバイター・ロックを解除せねばならない」とイエヤス。
「よし、俺に任せろ」
シンゲンが風林火山の盾を手にする。
「工場の中枢部……こっちだ!」とイエヤスがレンズを光らせながら、先に走る。
※※※
シンゲンとイエヤスは工場の中枢部に辿り着いた。
そこは、本来なら人の出入りを極端に制限された管理区画だった。
壁一面に並ぶ制御盤。
温度、湿度、攪拌速度、保管期限――
カカオと向き合うための数字だけが、静かに脈打っている。
だが、今は違った。
床の中央に、黒い装置が据え付けられている。
工場の設備とは明らかに異質な形状。
太いケーブルが根のように広がり、制御盤へ無理やり食い込んでいた。
「……あれが、バイター・ロックか」
シンゲンが声を落として言う。
装置の表面には、歪んだカカオ豆の紋章。
淡く赤い警告灯が、呼吸するように点滅している。
「数値を書き換えておる……」
イエヤスの家紋レンズが、青く光る。
床が、かすかに震えた。
装置の中心部から、低い駆動音が響く。
まるで、工場そのものを縛り上げているかのようだった。
「解除しない限り、ここは〝稼働できない工場〟のままだ」
イエヤスが言い切る。
「だったら、こいつを引き剥がすまでだ」
シンゲンは、風林火山の盾を地面に突き立てる。
その瞬間、盾の縁から赤い紋様が走り、床に食い込んだ。
「バイター・ロック中枢……捕捉! 解除コードを走らせる」
装置から伸びる黒いケーブルが盾に絡め取られ、シンゲンがロックを解除させようとする。
「解除を感知!」
――だが、遅かった。
次の瞬間、警報が鳴り響いた。
天井のシャッターが一斉に開き、黒い影が中枢部へ降り立つ。
『させるか!!』
ブラック・ザコ団の精鋭部隊。
装甲は重く、腕には強制再ロック装置が取り付けられている。
『解除=工場復活……それだけは、困るんでねぇ!』
敵が一斉に突進する。
「来るぞ!」
シンゲンが盾を構え直す。
衝撃で盾が軋み、床に火花が散る。
ノブナガ、ヒデヨシ、ケンシンも到着する。
ノブナガが前に出ると、空気が澄んだ。
敵の動きが、一瞬だけ鈍った。
「今だ――」
五人の胸元が、同時に輝いた。
「合体奥義――天下一斉光!」
シンゲンが風林火山の盾を突き出すと、重い衝撃が波となり、敵の足元を揺らした。
盾の周りをヒデヨシ、イエヤス、ケンシン、そしてノブナガの光が纏う。
そして――光が解き放たれた。
衝撃波が中枢部を包み込み、ブラック・ザコ団の装置だけを砕く。
ケーブルが弾け、再ロック装置が沈黙する。
ザコ団たちは吹き飛ばされ、影のように消えた。
静寂。
モニターの文字が切り替わる。
――安全基準:正常
――稼働許可:解除
「……終わったか」とイエヤスが息を吐く。
「工場、戻ったな」とシンゲンが盾を下ろす。
「従業員たちに連絡しよう」とケンシン。
「これで……俺にも本命チョコが」とヒデヨシ。
遠くで機械が動き出す音がした。
「まだ間に合う。作る覚悟がある限り、良きものは必ず形になる」とノブナガが頷いた。
微かにチョコレートが溶ける匂いが、空気に戻ってくる。
ピーチアンドキューカンバーの工場には、小さな温もりが戻り始めていた。
※※※
その後工場は再稼働し、無事にピーチアンドキューカンバー社はバレンタインチョコレートを販売することができた。
例年より販売数は少ないものの、店頭に並んだ箱はすぐに買い手を見つけていた。
バレンタイン当日。
天下トーイツ・カンパニーの会議室には、なぜか妙な緊張感が漂っていた。
机の上には、小さな紙袋が五つ。
「……で」
織田が腕を組む。
「これは、なんだ」
「バレンタインです」
黒田が事もなげに言った。
「先ほど、届いていました」
沈黙。
最初に動いたのは、もちろん豊臣だった。
「お、おい。これ、本命チョコ?」
袋を持ち上げて、くるりと回っている。
「落ち着け」
徳川が淡々と分析する。
「恐らく義理。社内慣習。期待値はゼロだ」
「期待値って言い方やめろよ」
武田が苦笑する。
「でもまあ、気持ちだろ? 素直に受け取るか」
上杉は袋を見つめたまま、少し考え込んでいた。
「……想いの形が、四角い箱に収まっているのは不思議だ」
「重いぞ」
武田が即座に突っ込む。
豊臣は包装を開け、中をのぞいた。
「おっ、これ……ピーチアンドキューカンバーだ」
「なに?」
全員の視線が集まる。
「ほら、カード」
豊臣が読み上げる。
『先日は、ありがとうございました。甘さは控えめです』
黒田が補足する。
「工場のシステム修繕は、天下トーイツ・カンパニーで請け負ったことになっていますので」
「黒田ぁーやるな。俺より営業向いてんじゃない?」
豊臣がニヤリと笑う。
一方で織田は、まだ袋を開けていなかった。
「……俺は、こういうのは慣れてない」
「いやいや」
豊臣が肩を叩く。
「今年は堂々と受け取っていいじゃあないですか! ちゃんと守った結果なんだから」
少し間を置いて、織田は袋を開けた。
中を見て、ほんの一瞬だけ目を細める。
「……悪くない」
「おっ、出た」
武田が笑う。
「それ、社長の最大級の褒め言葉だぞ」
上杉が、そっとチョコを口に運ぶ。
「……静かな味だ」
「それな」と豊臣も頷く。
「戦いのあとにちょうどいい」と徳川。
五人はしばらく、言葉もなくチョコを食べた。
やがて、武田がぽつりと言う。
「……来年も、こういうバレンタインなら悪くないな」
「平和が前提だがな」と織田が答える。
バレンタインを救ったスーツ侍たち。
彼らは今日も、どこかで誰かの「当たり前」を守っている――
『スーツ侍・バレンタイン危機一髪!』 完




