第六話
驚いて剣を無作為に振った。かたいウロコに弾かれてたたらを踏む。
二撃目が来る。今度は目視。尾だ。
伸ばされた尖った尾が迫ってくる。
――尾の先にも毒針があるから気を付けて。
男が言っていたのを思い出し、毒針を剣で弾く。腕が痺れた。
急いで後退し耳を触って確かめる。耳は付いている。ただぬるりとした感触がして、出血しているのがわかった。
レイクワームの尾に視線を走らせれば、キラリと光る毒針が目視できた。針先をよく見れば少量だが少女の血だろう赤が付着しているのが確認できる。
(傷口が熱い……)
急速に熱を持った傷口にピリピリとした痛みを感じる。
マズイ。思ったときには唇まで痺れて動かない。頭に近い場所の傷と言うこともあって、急速に毒が回っているようだ。
かくりとその場に膝をついた。
背後で男が少女を呼んでいるが反応もできない。
(油断、したつもりはなかったんだけど)
口が乾く。ぐらぐらと視線が揺れる。早くも目や口に異常が出てきた。
随分と強い毒を持っていたようだ。少女の頑丈さは身体の丈夫さだけではない。今まで病気らしい病気をしたことがないだけでなく、毒や呪いにも強いのだ。
以前、村で若い者たちと共に近所の森に入って山菜やキノコを採りに行ったことがある。その際に採ったものを調理して食べたところ、半数以上の村人が腹痛などの体調不良を訴える事態になった。幸い命に別状はなかったが毒キノコが混じっていたらしい。
元気だったのは少女だけだった。
こんな話もある。
あるとき旅の行商が村にやってきて、商品にならなかったものを村の近くに捨てていった。片付けをしていたらそのうちの何人かが倒れた。
呪われた箱が混じっていて、それを開けてしまったせいだった。
当然のように少女だけはピンピンとしていて、むしろ最寄りの町に祈祷のできる僧侶を呼びに行ったのも彼女だったくらいだ。
王城に呼ばれた際に、それは神による勇者の加護だと聞いた。
そんなことだから、モンスターの毒と聞いてもあまり気にしなかったのが悪かったのかもしれない。
モンスター自体に油断していたつもりはないが、そこに隙ができていた可能性はある。
(気持ち悪い)
頭が重たくて、真っ直ぐにしているつもりだがゆらゆらと身体が揺れる。
緩んだ指先から剣が滑り落ちた。
レイクワームの姿が二重三重にも見える。今はこちらの様子を窺っているだけだが、好機と見れば陸に上がって近付いてくるかもしれない。
(シグレくん、ちゃんと逃げてくれるかな)
多分、この毒で少女が死ぬことはないだろう。今までの勇者だって、毒や呪いが直接の原因となって死んだ例はないと聞く。
けれど今の状態のままでは無防備で、モンスターたちに襲ってくださいと言っているようなものだ。
レイクワームに食べられて死んだ人がいるという話は聞かなかったが、それでも捕食行動はとろうとしていたようだし、池の中の魚や周囲の生き物は食べているようだったから肉食性ではあるだろう。人間だけを食べない道理はない。
勇者がどれだけ頑丈でも、丸飲みされたり、それどころか咀嚼なんてされようものならひとたまりもないだろう。
「リタちゃん!」
先ほどより近い距離から男の声が聞こえる。振り向こうとしたが視界が回転し目の前に青空が広がった。バランスを崩して倒れたようだ。
「大丈夫?」
空の青が隠され、黒くなる。ぼやけて見えるが、男が少女の顔を覗き込んでいるのだろう。ひやりとしたものが右耳に触れた。男の手だろうか。
「ああ、この毒だったらそのへんに生えてる薬草でどうにかなりそうだね」
ほっと安心した声。
続いてなにかを少女の耳に当てたのを感じ、すぐにじわりと右耳が温かくなる。
「ポーションも飲んでおいた方がいいよ。飲める?」
言われるがまま、少女は唇に当てられたそれを舐めた。苦い。
身体が急速に温められ、目の焦点が合いだす。
「大丈夫?」
「だい、じょうぶ」
まだ少し呂律は怪しいが、口や舌も動く。右耳にはまだちょっとした痛みが残っているが、毒による痺れはなくなっていた。




