第五話
そういえば、祖父に教わったことがある。モグラやクモなどは目が良くない生き物だ。しかしその代わりに聴覚や触覚が優れていたり、コウモリなどは超音波を発してその反響で周囲を探ったりしているらしい。
あの長いヒゲ、そして短い四本の触覚は感覚器なのだろう。空気の流れや接した物体で周囲の状況を判断しているように見える。さすがにコウモリのように超音波は使えないようだ。使えるなら既に少女の居場所を探り当てているだろう。
少女を見失っている今なら先手を打てるだろうか。それとも一度、引き返して態勢を整えるべきか。
じり、と少女は左足を引く。
カサリと足元で短い草が擦れる音がした。
「!」
途端、レイクワームはこちらに頭を向け素早い動きで飛びかかってきた。耳が良すぎる。
地を蹴って足の力だけで後退する。レイクワームの頭が少女の立っていた地面に突き刺さった。
鞭のようにしなったヒゲが少女を襲う。わずかに掠めた右足に裂傷が走る。
「いっ⁉」
着地と同時にもう一度跳び上がり更に距離を取る。
右足を見ると数センチほどの傷から小さく血が滲んでいた。ピリピリとした痛みはあるが、動くのに支障はない。
レイクワームが激しく動いたせいで池の水が荒ぶっている。大きく飛沫を上げた水は周囲を更に濡らし、ぬかるんだ泥へと変えていく。
池の周囲が異様にぬかるんでいたのはこのせいか。
この巨体で体当たりでも喰らえば、それだけで致命傷だ。頑丈さが取り柄の少女も無事では済まない。
横目で男の位置を確認する。多少、移動したようだが安全圏にいるのが見えた。
いや、今は彼を気にしている場合ではない。
男は男でしっかりと回避してくれることを願うとして、少女は目の前のモンスターに集中しようと深呼吸をする。
よし、と頷いて剣を正面に構える。
レイクワームもこちらを意識しているようで、ゆらりと首をもたげた。
(音に反応するなら)
左手で腰に吊っていたポーチバッグを外す。
(これでっ)
振りかぶって左に投げる。水平方向に飛んでいったポーチバッグはどちゃりと湿った音を立てて離れた池のへりに落ちた。
レイクワームがそれに飛びかかると同時に少女も地を蹴る。
噛みつかれたポーチバッグが破片と中身を散らす。
落ちる重力に任せて力いっぱい剣先を叩きつける。モンスターの悲鳴が森に響いた。
六つの内のひとつに刺さった切っ先に力を入れて更に深く沈める。痛がったモンスターが頭を振る。吹き飛ばされる直前に顎を蹴って空中で一回転。体勢を整えて着地。
モンスターの悲鳴は続いている。
牙に刺さっていた薬草(ポーチバッグの中身のひとつだ)がはらりと水面に落ちた。
レイクワームは激しく頭を振って暴れている。傷付けた目からは紫色の体液がまき散らされていた。
目の痛みだけでのたうつには大袈裟な気がするが、モンスターはキィキィと声を上げながら、なにかを振り払おうとするように頭をうねらせている。
「体液にも微量の毒があるから気を付けてね~」
見ていた男がそう声をかけてくる。
それに頷くだけで返して、少女は走る。目の前に迫るは暴れる大ナマズ。
「たぁっ」
のたうつ頭部が下がった隙を見て剣を薙ぐ。わずかな手ごたえを感じ、顎の触覚と片方のヒゲが宙に舞うのが見えた。
感覚器がなければ余計に周囲の状況は把握しづらいだろう。
流石にヒゲに痛覚はなかったようで痛がる様子はないが、違和感はあったのだろう。レイクワームは不愉快そうに首をしならせ少女目掛けて横薙ぐ。
少女は剣を突き出し受け流す。思ったより衝撃が強く背後に転倒。転がって距離を取る。
泥がまとわりついて不快だとも言っていられない。即座に起き上がってレイクワームを正面に見据えた。
深く息を吐く。右足の傷口に泥が入ったのか、ジンジンとした痛みがあった。
ふしゅう、ふしゅう。モンスターの荒い息遣いがここまで聞こえてくる。
五つの目は怒りを湛えて少女を見下ろしていた。
傷は与えられたが、致命傷には程遠い。
シュッと風を切る音。反応が遅れる。右耳に鋭い痛みが走った。熱い。
「うあっ」
「リタちゃん!」
男の焦った声。




