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第二十二話(最終回)

「いやぁ、意外としたたかだね、リタちゃん」


 ようやく震えの止まった男が目尻に溜まった涙を拭い、ローブの中から包帯を取り出した。少女の左手を引き寄せ、切れた指先に巻く。


「いざというときはズルいこともしなさいってお母さんが言ってた」


 ちょっとズルすぎるかなぁ、と言えば、正面からは「それでいい」、手元からは「卑怯者め」との声が重なった。

 手当ての終わった指を眺め、「あんまりいっぱいは使いたくないな」とぼやく。


「そうだね。そのたびにこうやって怪我するのはよくないよ」


 男の言葉に頷く。

 手元では未だにケンケンがぶつくさと文句を言っていたが二人とも無視した。

 ねぇ、と男が少女の顔を覗き込む。


「憑代の魔王を仲間にするなら、ボクだって仲間になっていいと思わない?」

「うぅ……」

「ボクだったら血の契約がなくたって、リタちゃんの意に反することはしないよ」


 そうだなぁ、と男は重ねる。


「魔王って言ったって、アザさえ隠してしまえば人間にはボクが魔王だってわからないからね。勇者であるリタちゃんと一緒にいたって誰も問題視しないよ」


 黒髪赤眼、全身真っ黒なローブ姿は少々不審者じみているからそれはそれで問題だが。


「それにボクは魔王相手だって怖がらないから、ちゃんとモンスターだけでなく魔王とだって戦えるよ。まぁ、とどめは刺せないからそこはリタちゃん頼みだけど」


 魔王が他の魔王と戦ったところで倒すことはできない。怪我をして痛い目を見るだけだ。


「ボクなら、背中預けて戦える仲間になってあげられるのに都合がいいと思うんだけど」


 ね、と男は口角を上げる。


「勝手についてくる魔王がいるより、仲間に魔王がいる方が心強いよ」


 それはそう。勝手についてくるのは人だろうと魔王だろうと怖い。


「女の子ひとり旅は不便なことも多いんじゃないかなぁ。ほら、リタちゃん、あんまり体格いい方じゃないし、ボクがいた方が風よけくらいにはなると思うなぁ」


 言われた通り、少女だけではときおり変な絡まれ方をすることはあった。勇者の証は服に隠れて普段は見えない場所にあるから、彼女が勇者だとは一目でわからないのだ。

 うう、と少女は唸る。


「魔王ってことが気になるなら血の契約だってしてもいいよ。リタちゃんの害になるようなことは絶対するつもりはないけど」

「し、シグレくんのこと、信用してないわけじゃないよ」

「ありがと」


 男は嬉しそうに頬を桃色に染めた。色白なのでそれがよく目立つ。


「あとはー、うーん、あとは……あとはもう羽毛布団とか付ける?」

「なんで?」


 少女が吹き出したのを見て、男も笑う。


「ボク、結構いろんな知識あるから役に立てると思うんだけどなぁ」

「役に立たないとは思ってないよ」


 ただ、少女は言いよどむ。


「……わたしは勇者だから、魔王を倒さなきゃいけない。それって、つまり、シグレくんのことも、いつか倒さなきゃいけないってことなのかなぁ」

「……」

「でも、シグレくんは悪いことしてないのに」


 男は黙したまま答えない。


「ケンくんだって、やろうとしたけど、まだなにもしてないよ。だから今は折らない」


 手元でケンケンが小さく震えた。

 結論が出せなくて、少女は三度ううと唸る。


「じゃあ、」


 男は少女の頭に手を置く。ちょうどいい高さなのか、つい手が伸びるようだった。

 土ぼこりでゴワゴワになっているものの、もともとは艶のある茶金髪が指先からこぼれる。


「ボクが悪いことをしたら、リタちゃんが止めてよ」


 え、と少女の碧い目がぱちりと瞬いて、男を見上げた。


「そのためには近くでちゃんと見てないと。ね、だから表向きには仲間として連れてってよ」


 少女の短い髪をいじりながら、男は続ける。


「それでも、ダメかな」


 少女はすぐには答えられない。

 男の赤い目は真剣そのもので、冗談や嘘は見えない。

 だから、それだけに少女は簡単に返事をできなかった。

 いつの間にかはがれ落ちた左頬のガーゼの下から、魔王の証が血と土に汚れて見えている。

 この魔王はきっと、人間に対して酷いことをしないだろう。そう、思った。

 ゆっくりと、少女は頷く。


「ダメじゃ、ない、かな」


 ぱっと男の顔が輝く。


「でも、悪いことしたら、本当に倒しちゃうからね」

「うんうん、それでいいよ。ありがとう、リタちゃん」


 少女の頭を撫でていた手を下ろし、右手を少女へ差し出す。


「改めて。シグレ・アイエルだ。よろしくね、勇者ちゃん」

「はい! よろしくお願いします、魔王くん」


 少女は男の手を取る。

 目を合わせ、二人同時に吹き出した。

 魔王が仲間の勇者だなんて、今までの歴代勇者の中でも異端だろう。

 少女にはまだ、悪いことをしていない魔王を倒すべきなのか、倒さなければいけないのかわからない。

 きっとこの先もまだまだ答えはでないだろうし、少女は悩み続けるのだろう。

 でも、一体でも多くの魔王を倒すのが勇者リタ・エリオの使命だ。


「ケンくんも、よろしくね」

『ふん。今代の勇者がどの程度のものか、見てやるとしよう』

「えらそー。リタちゃん、ほんとにこの剣、折らなくていい?」

「大丈夫。なんとかなるよ」


 首を横に振る少女に、男は不満そうに肩をすくめた。

 いつの間にか日が傾いて、もう少しで山の向こうへ隠れてしまいそうなことに気付いた。

 置いたままだったランタンに男がまた光を灯し、二人の影が地面に伸びる。


「まずは野営の準備かな」

「それから、ケンくんの鞘どうするかも考えなきゃ」

「簡易なものでいいなら、その辺で材料拾ってボクが作ろうか」

『無様なものを拵えたら許さぬぞ』


 はいはいと適当にあしらう男を横目に笑いながら、少女は空を見上げる。

 真っ白な月が出ている。綺麗に見えるから、きっと明日も晴れるだろう。

 なんとか仲間になってくれたのは魔王で、手に入れた伝説の勇者の剣も魔王。

 初めて倒した魔王のことは、きっと忘れることができないだろう。

 この先はもっと大変な旅になると予感がある。


 それでも少女は勇者だ。打倒魔王の旅を辞めるつもりはない。

 やっとできた仲間の背中を見て、少女は少しだけ口角を上げる。

 ようやく、少女――勇者リタ・エリオの旅が始まるのだ。

 駆け出して、仲間の背中に飛びつく。


「おわっ」

「よろしくね、シグレくん、ケンくん!」


 目を丸くする男はなにかを感じたのかゆるく微笑む。

 手元では聖剣が呆れたように息を吐いた。

 その様子を、月だけが見下ろしている。



――これが、のちに「救世の勇者」と呼ばれる少女の旅の始まりである。


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