第二十一話
『我はまだ勇者から生気すら吸っておらぬぞ! この先じっくりと力を吸いつくしてやろうとは思っていたが、まだやっておらぬ!』
「やっぱ折ろう、こいつ」
『待て待て、話せばわかる!』
「よくわかったよ、オマエがリタちゃんを緩やかに殺そうとしてることが」
ああああああ、と無意味な悲鳴が頭に直接響いてうっとうしい。
『ぐぬぅ、勇者の力を取り込めばかつての力を取り戻し、五本指に成り代われると思ったのにぃぃぃぃっ』
どうやらこの魔王は余計なことをしゃべりがちな性格のようだ、と少女は視線を上げて男を見た。
「五本指ってなに?」
「五本指は魔王の中でも特に強力な上位魔王五人のことだよ。今の順位は忘れたけど」
打てば響く回答に少女はなるほどと頷く。
なるほど、三百六十五人もいると言われる魔王だ。特に強い者もいるだろう。
「ちなみに、シグレくんはどれくらいの強さの魔王?」
ぱちりと男は目を瞬かせる。
ふ、と目を細めて微笑むと、薄い唇に人差し指を当て、
「ナーイショ!」
「じゃあ、この剣の魔王は?」
「今は下から数えた方が早いと思うよ」
聖剣折っちゃえば終わりだし、と男は肩をすくめた。
やめろやめろやめてくれと憑代の魔王は懇願を続けている。
「放置してたら近くの生命力吸って力蓄えて余計なことするから、折った方がいいと思うなぁ」
男がぼやくのを聞きながら、少女は少し考え、聖剣を太陽にかざすようにして持ち上げる。
「わたし、リタ・エリオ。あなたの名前は?」
『……我に名称などない』
ふぅん、と少女は聖剣を見上げたまま、そっと左手のランタンを地面に置いた。
男はじっとその姿を観察している。
左手を伸ばして白い刃に指先を這わせた。一筋、赤色がぷくりとこぼれる。
「じゃあ、あなたの名前は――ケンケンね」
『は?』
困惑の声を無視して少女は続ける。
「ケンケン――ケンちゃん。それともケンくんがいいかなぁ」
『我に名を与えようというのか? 物好きなことだな』
「ケンくんでいっか」
『人の話を聞け』
つ、とひと玉の血が聖剣の刃をゆっくりと伝う。
「ケンくん」
『勝手な名で呼ぶでない』
「返事して。返事しないと折るよ、ケンくん」
『我、此度より、ケンケン』
見ていた男が小さく吹き出した。
「ケンくん、わたしはちゃんとした剣が欲しいの。聖剣でも普通の剣でもいい。魔王を倒すために必要なの」
『……』
「ケンくんは折られたくないんでしょう。じゃあ、協力して」
『……我になにを望む、勇者よ』
「安全な剣を。勝手に周りの生命力とか魔力を吸ったりしちゃダメ」
『なにを勝手な』
「言うこと聞かないと折っちゃう」
『うむ、勇者の意に反する吸魂の力は使わぬとしよう』
「言ったね」
うん? 聖剣の形をした魔王――ケンケンが首を傾げた気配。
ほわりと、一人と一振りの身体が一瞬だけ光る。
「契約完了! これでケンくんはわたしの言うことを聞かないといけないよ」
は、とケンケンの鍔にはめ込まれた青石が揺らいだ。
「あ、勇者の血の契約」
思い当たったように男が呟く。
少女はにこりと頷いた。
『な、なに……?』
「勇者の加護のひとつだよ。相手に名前をつけて、血を与えるの。そしたら契約ができるんだって」
王城に呼ばれた際に教えてもらったものだ。あまり多用すると、加護とはいえ勇者の身体にも負担がかかり、精神力を削られるという。
主にモンスターをテイムしたり、精霊などと契約する際に使われるそうだが、魔王でもできるのだろうかとやってみたのだ。結果、できてしまった。
『ひ、卑怯な……』
「じゃあ折る?」
『我、勇者のしもべ』
ケンケンの声は震えている。
横で男が別の意味で震えていた。声が出ないほど笑っているという意味で。




