第二話
回想終了。
この町は伝説の勇者の剣が封じてあるというダンジョンにほど近いところだ。ここに来るまでにいくつかの町を経由したが、そのどこでも同じように仲間を作ることはできなかった。
魔王を倒すことができるのは伝説の勇者の剣を持った勇者だけ。
一般的な冒険者はモンスターと戦うことに慣れていても、魔王を倒すことはできない。
魔王と戦うのは冒険者にとって危険な行為でしかなく、それを倒そうという勇者とパーティを組むのは自殺行為でしかない。
なので誰も仲間になってくれないのだった。
しかも、国王曰く魔王は三百六十五人もいるとのこと。
勇者ひとりで戦うのは無謀すぎるが、かといって特殊能力のない普通の人間を仲間に魔王討伐へ向かうのも十分無茶だった。
ここまで道中のモンスターはそれほど強いものではなかったので少女ひとりでもなんとかなった。
小さいころに遊んでくれた旅人が剣の基礎を教えてくれ、そのときに一振りの剣をくれたおかげだ。
仲間がいないまま、伝説の勇者の剣を封じたダンジョンへ向かうべきか。
少女はかくりと肩を落としたまま町を出た。
町からダンジョンとは反対側に広がる森へと向かう。
なんでも、その森に恐ろしいモンスターが住み着いていて困っているという話だ。困っている人を放っておけない少女は、とりあえずダンジョンに行く前にそのモンスターを退治しておこうと思ったのだ。
森に入ると緑が眩しく瑞々しい光景が広がっていた。
若葉の青いにおいに少女の沈んでいた心も浮上する。
いい天気なので木漏れ日でお昼寝なんかできたらきっと気持ちがいいだろう。
もともと田舎村で生まれ育った少女は町中よりもこうした森の中の方が落ち着く。
明るい森の中を見渡せば、小さな動物やモンスターの姿が見える。とても狂暴な、町の人に被害をもたらすようなモンスターがいるようには見えなかった。
とはいえ、いつモンスターが襲ってくるかわからないので、背負っていた剣を抜いて右手に持っておく。
町で聞いた話によると、森の奥に小さな池があり、その周辺で噂のモンスターは出るとのことだ。
周囲に気を配りながら少女はひとり、森の奥へと進んでいく。
「……あれ?」
歩き出して数分。少女は見覚えのある場所を歩いていた。
「あの変なカタチの木の枝、見覚えあるなぁ」
少女の視線の先にはなにやら人の腕のような形をした枝の伸びる木があった。その根元には隣から倒れたらしい、倒木が横たわっている。
少女は首を傾げながらその横を通り過ぎ、歩き出す。
「あれぇ?」
どこかでぐるりと回ってしまったのだろう。
また右手側に同じ腕を伸ばしたような枝の木と倒木が並んでいた。
風がさわさわと木々を揺らしている。
「えぇ……?」
くるりと辺りを見渡す。変なところはない。
先ほどと変わらず木々は無秩序に生え並び、少女から身を隠すように小動物たちが草木の間を移動している。
大きなモンスターは見当たらないし、小さなモンスターは小動物と同じようにあちこちに隠れて警戒しているようだ。
少女は再び歩き出す。
そしてやはり、同じように両手を広げたような枝の木と倒木に行き当った。
「まさか……迷いの森だった……?」
そんな話は町では聞かなかった。
例のモンスターの話が出るまでは、ごく一般的に町の人たちも立ち入って木の実や薬草を採取したり小さな獣を狩ったりするような森だと聞いていた。
間違っても迷いの森だとか呪われた森なんて異名を取っていることはない。
まぁ、種明かしをすれば、なんのことはない。ただ単に少女が方向音痴なだけだ。
いつの間にか緩やかに曲がり続け、同じ場所に出てきているだけなのだった。
そんなことは知る由もない少女は首を傾げ、きょろきょろと周囲を見回している。
「おっかしいなぁ」
その様子が不思議だったのだろう。急に近くの木がカサリと音を立て、
「なにが?」
少女の頭上から声が降ってきた。
ぱっと少女は地を蹴って数歩分、後退る。手にした剣を握り直し、声の方向へ警戒を向けた。
「あ、ごめん。危害を加えるつもりはないよ」
ガサガサと音をさせて木の葉の間からひょこりと顔を出したのは、年の若い男だった。
少女は彼から目を逸らさないまま立ち上がって姿勢を楽にする。切っ先は男に向けたままだが。
その間に男は「よ、」なんて小さく声を出しながら木から降りてきていた。
背の高い男だ。襟足が少しだけ長い黒髪に猫のように細められた赤眼。
真っ黒なローブで体形が隠れているが、細身ではあることくらいはわかる。ローブに不釣り合いな片手用の剣が腰から吊られていて、一見して何者かよくわからない男だ。
男は剣を吊っていない方の手をひらりと振って、へらと笑った。
「怪しいものじゃないよ。敵意もない。……だから、剣を降ろしてくれると嬉しいな」
男のその様子に不自然さはなく、敵意がないというのは本当のことだろうと感じられた。
少女は少しだけ考えて、切っ先を下げた。ただ、剣は変わらず手にしたままだ。
ありがとう、と男は安堵の息を吐く。
「それで、お嬢さんは同じところをぐるぐる回ってなにをしてたの?」
男が首を傾げる。
少女も首を傾げた。
「森の池に行きたいんだ。だけど全然見当たらなくって」
「同じところ歩き回ってたもんね」
「見てたの?」
「木の上で昼寝してたら見えたのさ」
男はローブについた葉っぱをつまみ取って風に流す。
男が降りてきた木を見上げると、確かに登って身を隠すにはちょうど良さそうな枝が張っているのが見えた。
男の高い位置にある顔を見上げる。
猫のようにつり上がった目は楽しげに細められていて、薄い唇は弧を描いている。妹が見たら「顔がいい!」と叫んでいるだろう。
そんな男の左頬にはドラゴンのような模様が描かれていた。アザだろうか。
男は森の奥の池かぁ、と首を傾げている。
「池って、あっちに見える水たまりみたいなやつ?」
「あ!」
男が指差す方向を見ると、確かにキラキラと陽光を反射して煌く水面が木々の間から見えていた。
何故、先ほどまでは見えていなかったのだろう。
少女の頬にさっと朱が差す。
「最近はあの辺に狂暴なモンスターが出るっていうから、危ないよ」
男は心配そうに少女を見下ろしている。
少女は首を横に振った。
「大丈夫。わたし、勇者だから! 困ってる人のために、モンスター退治をしなきゃ」
ゆうしゃ、と男の唇が小さく動く。
確かに少女の勇者の証であるアザは衣服に隠れて見えないが、男はなにかに納得したかのように頷いた。
ふと男の目が少女の手にした剣に向けられた。ぱちりと驚いたように目を瞬く。
「なーるほどー」
なにが、なるほど、なのだろうか。
男は一人でこくこくと頷き続けている。
「おにいさんは、危ないから下がっててね」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ」
男はにこにこと少女を見下ろしている。なにが大丈夫なのだろうか。
少女は池の方へ足を踏み出す。
流石にもう目の前に見えている場所へは一直線、迷う心配などない。
少女は手にした剣を握り直して歩き出す。足元の草がサクリと音を立てた。
サクリ、少女の足音に続いて男の足音も池へと向かう。
「……おにいさん、危ないよ?」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ」
振り返ると男はにこにこと楽しそうに笑っている。
「そうだ、ユウシャちゃん、名前は? ボクはシグレ」
「リタです。リタ・エリオ!」
男――シグレは「おっけー、リタちゃんね」と指で丸を作っている。どこかに行くつもりはないようだ。
男も剣を佩いているのだし、多少は腕に覚えがあるのだろう。少女は気にしないことにして、池へ近付くことにした。
少し歩いたところで目の前に池が広がる。
湖ほど大きくはないが、水たまりと言うには広々としていて、気温の高い季節ならそのまま泳げそうな程度の大きさはある。
水質はわからないが、一見したところ透き通っていて、水面に陽光が反射してとても綺麗な風景だ。
周辺は静かなもので、小鳥たちのさえずりが幽かに聞こえてくるだけ。
いたって平和だ。




