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第十七話

 少女には鍛冶などの知識はないからよくわからないが、とても細かい装飾を施された鍔の中心にはめ込まれた青い石は空を切り取ったかのように美しい。ねじれるようにして鍔と刃の根本に巻きつく意匠は重心を調整するものだろうか。

 白い刃はどこにも光源がないにも関わらず煌いている。

 片手でも両手でも使える長さの柄の後端にはポメル(柄頭)が設けられていた。

 台座に突き刺さっていて、見えている長さはおそらく全体の半分ほど。全長は百センチメートルほどか。一般的なロングソードと同じか、少し長いくらいだろう。

 手が届きそうなほど近くにあるように見えるのに、足場がないので近付くことができない。


 少女はゆっくりとした足取りで泉のふちまで近付く。溝の中は真っ暗でどこまでも続いているような闇しか見えない。

 足を滑らせたら大事だろう。少女の膂力なら軽く飛び越せるだろうが、飛び越したところで泉に水没することになる。

 泉も揺らめいて深さが計り知れない。もしかしたらこちらも底が見えないほどに深いかもしれないし、驚くほど浅いかもしれない。

 四方を山と森に囲まれた村で生まれ育った少女の水場といえば森の中にあった小さな池か、山に点在していた沼くらいのものだ。


 海なんて行商の持ってきた絵本でしか見たことがなく、王都に行く際に遠目に見ただけだ。川遊びくらいはしたことがあるが、しっかりと泳いだことがない。

 浮かぶことはできるから簡単に溺れはしないだろうが、正体の知れない泉に身を浸す気にはなれなかった。


「どうしよう」


 急いで聖剣を手に入れて、男のもとへと戻りたい。早くしないと彼が危ない目に遭っているかもしれない。

 そう思うと気が急いた。

 ひんやりとした空気が少女を包む。

 一か八か、泉に飛び込んでみるか。そう考えたときだった。


『――おまえが、今代の勇者か』


 頭に直接声が響いた。

 老齢の女性のような、低い男性のような、そんな重たい声だった。


「だ、だれ?」


 辺りを見渡しても誰もいない。頭に声が直接響いてきたのでどこから声をかけられたのかもわからなかった。

 きょろきょろと周囲を見る少女の頭に声は続けてささやく。


『今代の勇者ならば、その証を見せよ』


 はたと少女の目が留まる。吸い寄せられるように視線が向かったのは伝説の勇者の剣。


「……もしかして、この声……聖剣?」


 何者かが頷いたような気配を感じた。

 少女は唾を飲み込み、聖剣を凝視する。


『今代の勇者ならば、その証を見せよ』


 何者か――聖剣が繰り返す。

 少女は少しだけ迷い、シャツのボタンに手をかけた。少しだけはだけるようにして胸の上を見せる。

 オリーブの花のようなアザ。勇者の証だ。

 聖剣は満足したのか、もう一度、頷いたような気配。


『我を手にする機会を与えよう』


 声がして、空間が小さく揺れる。流れ落ちる水が震えた。


 ゴ、ゴ、ゴ、ゴ、


 泉の中から水を割ってせり上がってきたのは足場だ。

 丸くて白い石のようなものが点々と、聖剣の台座のあるところまで続いている。


『勇者よ、こちらへ……』


 少女はシャツのボタンを留め直し、白い足場を見下ろす。

 どういう原理なのか、溝の上にもひとつ、足場が浮いていた。

 無意識に止めていた息を吐き出す。

 そっと足を乗せると、思ったより安定していて足を滑らせる危険もなさそうだ。

 急がなければ。でも慎重に。

 足元を確認しながら飛び石を跳ねるように渡っていく。

 すぐに台座の前についた。

 近くで見る台座と聖剣はやはり息をのむほどに美しく、力を感じる。


『手を』


 聖剣の声。

 鍔にはめ込まれた青い石は底が見えない水のように少女の顔すら映さない。

 そっと手を伸ばす。


 ぱち、


 一瞬だけ静電気のようなものが弾けて驚いたが、それはすぐに消えた。そのまま聖剣に指先が触れる。

 冷たいような、あたたかいような、不思議な感触。まるで剣自体が生きているかのようだ。台座から一気に引き抜く。

 持ち上げると羽のように軽い。……いや、さすがにそれは言い過ぎだが、今まで少女が使っていた古い剣と比べると驚くほど軽かった。


「これが、伝説の勇者の剣」


 大きいわけでもないただの美しい剣にしか見えないのに、力を感じる。

 このみなぎる力を使えば、きっとあのゴーレムすら斬ることができるだろうという確信があった。


『この身に斬れぬものなし』


 力強い声に少女は頷く。


「この剣があれば、魔王を倒せる……!」


 勇者のみが使える聖剣をもって、勇者はその力を十二分に発揮する。


『勇者よ、』

「うん。早く向こうに戻ろう! シグレくんが待ってる!」

『お、おい――』


 聖剣の声を遮って少女は身をひるがえした。行きよりも軽やかに飛び石を蹴ってもと来た道を戻る。

 聖剣がまだもごもごとなにか言っていたが、今はそれどころではない。

 走りながら右手に聖剣を構える。

 遠ざかっていた音が近付いてくる。近付いているのは少女の方か。

 合間に男の声も聞こえる。


「シグレくん!」


 更に速度を上げて走る。


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