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第十話

 首を横に振って、いつの間にか止めていた足を動かす。

 伝説の勇者の剣があるというダンジョンへ向かいながら、少女は悩んでいる。

 果たして魔王三百六十五人、全てを倒さなければいけないのだろうか、と。

 もしかしたら、シグレのように人との争いを望まない魔王が他にもいるかもしれない。その魔王も魔王というだけで倒さなければいけないのだろうか。

 考えることはちょっと苦手だ。頭がぐるぐるして、出口のない迷路に入り込んでしまった気分になる。

 黙ってついてくる男を肩越しに盗み見る。なにが楽しいのか、にこにこと笑顔のまま少女の後ろを歩いている。


「ん、リタちゃん。どうかした?」

「なんでも、ない」


 逆に今ここで「魔王、覚悟!」とでも言いながら男に斬りかかったら、むしろ少女の方が悪者ではないだろうか。その可能性はある。

 周囲に人の気配はないけれど。

 勇者は正義の人だ。正しいことをするべきだ。だから、少女も正しくありたい。

 魔王だからと言って、なにもしていない者を倒すのはやはり正しくはない気がする。


(でも、魔王がいるから世界は平和じゃないんだよね)


 魔王は存在するだけで世界に悪影響を与える。たとえその魔王自身に害意がなくても。

 ううん、と少女は小さく唸る。

 まだ十三歳の少女には難しい問題だ。

 少女は頭を振って気持ちを切り替える。今は伝説の勇者の剣を手に入れることに専念しよう。それから考えたって遅くはないはずだ。

 ちょうど、目の前にダンジョンが見えてきたところだった。


「へぇ、ここが伝説の勇者の剣が封印してあるダンジョンかぁ」


 ダンジョンを前に男がのんびりと呟く。まるで観光にでも来たかのようだ。

 入口は多少坑木などで整備された、岩山の中に続くトンネルのように見える。壁はむき出しの岩肌でゴツゴツとしていて、中は光が入らないので真っ暗だ。

 真っ黒な岩肌なせいで余計に暗く感じた。元は古い坑道なのかもしれない。


「松明、いるかな?」

「うーん、洞窟ホタルがいるみたいだから、足元くらいは見えるんじゃないかな。ランタンがあれば、ボクの魔法で灯りを作ることはできるよ」


 少女は男を見上げる。


「シグレくん、魔法使えるの?」


 うん、と男はなんでもないように頷く。

 人間に魔法は使えない。大昔は使えたとも言うが、少なくとも今の人間には無理だ。そして勇者である少女にも。

 魔法が使えるのはモンスターたち。そして、魔王。


「あ、そうか。シグレくん、魔王か」

「そ。これでも一応、魔王だからね」


 魔王は勇者を見れば殺しにかかってくるものだと思っていたから、こんな様子の男相手だと調子が狂う。……先ほどまでこの魔王である男を倒すか倒さないかを考えていたことについては触れてはいけない。単純な少女はもう気持ちを切り替えているので。


「ランタンならポーチに入ってるよ」


 新調した荷物の中に手を突っ込んで、折りたたまれたランタンを引っ張り出す。


「よくそんなに小さなポーチに入ったね」

「先時代の魔法具だよ。前のポーチも魔法具で、王さまからもらったものだったんだけどねぇ」


 先時代とは大昔の、まだ人間が魔法を使えていたとされる時代のことだ。そのころに作られた遺物のひとつに魔法具がある。

 魔法具は大きいものから小さいものまで様々で、用途も多岐にわたる。

 小型化できるものは一般にも使い勝手がいいので、ときどき古物商などが売りに出しているのに出会えることがあるのだ。

 ランタンを広げて男に手渡す。受け取った男はくるりとランタンを回して確かめてから片手をかざした。


「――光よ」


 ランタンの中に橙の炎のような光が灯る。

 わぁ、と少女は目を輝かせた。


「すごい、すごーい。本当に魔法だ!」


 キャッキャッと手を叩いて喜ぶ様子に男もまんざらでもなく、口端を上げて笑みを深めた。


「こんなこともできるよ。――浮かべ」


 言うと、ランタンがふわりと宙に浮き上がる。男が手を下ろしてもランタンは少女と男の間をぷかぷかと浮いていた。


「わっ」

「これなら手も空くし、楽でしょ」


 ふふん、と男は薄い胸を張る。少女は下からそっとランタンをつつきながら、こくこくと首肯した。

 男は満足そうに頷くと、少女の背を押してダンジョンの入口を示した。

 ランタンと男を伴って、少女はそろりと真っ暗なダンジョンに足を踏み入れる。ランタンの灯りでほどほどに明るく、足元も危なげなく見える。

 灯りに照らされて岩壁の一部が光っているのが見えた。


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