操られ王太子、断罪会場で未来息子に煽られ嫉妬爆発→魅了解除されました
※各話パラレル構成のため、単独でも楽しめます。
「公爵令嬢アディア・リーベル、其方との婚約を破棄する」
王太子、レオンハルト・アウレリウスの声が大広間に響き渡る。
凛とした声とは裏腹に、胸の内は焦燥と混乱で満ちていた。
くそっ。どうして、こんなことに──。
──数年前。
淡い金髪をかき上げ、レオンは深くため息をついた。
今日は婚約者との初めての顔合わせ──正直、面倒でしかない。
十四になったばかりで、王太子としての責務は増える一方。
未来の王妃だとしても、これからお茶会に振り回される日々を思うと気が重かった。
「レオンハルト殿下」
柔らかな声に、ふと顔を上げる。
はちみつ色の髪が春風に揺れ、光を散らした。
十三歳になったばかりの少女──アディアだ。
「……これからは、よろしくお願いいたします」
彼女は静かにスカートを摘み、ぎこちなくも丁寧にカーテシーをした。
幼さの残る動きの中に、品の良さが確かに息づいていた。
完璧ではない。
けれど──だからこそ、瑞々しい。
花が咲ききる前の一瞬の美しさのようだった。
顔を上げたアディアがふっと微笑む。
柔らかい光がふくらむような笑顔。
金の睫毛が震え、琥珀色の瞳がまっすぐレオンを見つめる。
その瞬間、レオンの胸がドクンと跳ねた。
──彼女を見ると冷静でいられない。
自分が自分でなくなる。
戸惑いのあまり、彼は次第に彼女に冷たくふるまうようになった。
顔を合わせれば眉間にしわを寄せ、ほとんど口を開かない。
やがてアディアも、彼の態度に心を閉ざしていった。
その矢先──
ピンク色の髪の少女が、レオンに近づいた。
本来なら自分には決して効かないはずの精神干渉。王家の血は精神耐性が高く、訓練も受けている。
なのに──胸の奥がざわりと揺れた。
(なぜ……押し返せない?)
自分でも理解できない“弱さ”が、そこにあった。思い当たる理由は一つしかない。
──アディアに初めて会った、あの日からだ。
彼女の笑顔を思い出すだけで、胸の奥がじんと熱くなる。
呼吸が、ほんの少しだけ乱れる。
……彼女のことを考えると、どうしても心のどこかが無防備になる。
その“隙”に、
ピンク色の髪の少女──ロザリーの魔法が入り込んだ。
彼女はレオンハルトの腕にしがみつきながら、
その瞳の奥でにやりと笑った。
(……うまくいったわ)
この魔法は、対象の“心の揺らぎ”にだけ反応し、そこを足がかりとして侵食する特殊な魅了魔法だった。
王太子の心に“特定の隙”があることは、事前に綿密に調べていた。
(まさか、ここまで完璧に効くなんて)
腕を掴む指先に力を込めながら、
ロザリーは勝ち誇るように唇を吊り上げた。
壇上の向かい側では、アディアが蒼白な顔で立ちすくんでいる。
事情が飲み込めないまま、ただレオンを見つめるしかない。
大広間の空気が、きしむように張りつめた──
その瞬間。
「──母上ええええ!!」
会場を、突如として淡い光が包んだ。
場違いという言葉では到底足りないほどの叫びが、大広間の空気を震わせる。
光がすっと収まると──
そこに立っていたのは、アディアのはちみつ色の髪と、レオンの瑠璃色の瞳をそのまま受け継いだ、
六歳前後の小さな少年だった。
全員が、息を呑む。
少年は涙をぽろぽろこぼし、鼻水をすすりながら、
一目散にアディアの胸へと飛び込んだ。
「母上ぇぇ!! 僕、振られちゃいました──!!
エレンお姉さま、今度ほかの人と婚約しちゃうんですよ──!!
慰めてくださいぃぃ!!」
レオンの眉が、ピクリと跳ねる。
会場中が混乱で固まり、誰も状況を理解できない。
「前に、僕がお嫁さんにしてあげるって言ったら、
笑って『いいわよ』って言ってくれたのに!!」
少年はさらにアディアの胸へ顔をうずめた。
アディアは真っ赤になり、どうしていいのか分からず固まっている。
レオンの身体が、ぶるぶる……と震え始めた。
「こんなことになるなんて信じられない!
僕はこれからどうやって生きていけばいいんですかあ!!」
ぐりぐりとアディアの胸に顔を押し付ける少年。
──その瞬間、レオンがついに爆発した。
「貴様!! 俺のアディアに何をしている!!?」
レオンはつかつかとアディアへ歩み寄ると、
少年を べりッ と引きはがした。
急にレオンの腕の中へ閉じ込められたアディアは、真っ赤なまま茫然とする。
「な、何するんですか父上! 僕の母上ですよ!?」
少年はむくれて抗議した。
「知るか! 俺だってそんなことしたことないんだぞ!?
お前、何様のつもりだ!!」
……正直、うらやましい。
「僕は僕です! 僕の母上を取らないでください!!」
少年はギャーギャー叫びながらアディアの腕を引き、レオンは取られまいとさらに抱き寄せる。
アディアは成す術もなく、レオンの腕の中で戸惑うように震えていた。
「ちょ、ちょっと……どういうこと?!
なぜ魅了魔法が……?」
思わずロザリーが言葉を漏らした。
「魅了魔法だと?!」
「なんだって!?」
「どういうことだ?」
群衆がざわめく。しかし──
レオンと少年は、完全に聞いていない。
「父上!! 離れてください!!」
「離すものか! 俺は──」
レオンの指先に力がこもる。
「俺は彼女を──愛している!!」
その瞬間だった。
ぱぁん、と閃光が広間に広がる。
「なっ……?! 何!?」
「光──?」
戸惑いの声があちこちから上がる。
その中で、少年の腰に下げられた小さな通信機から、ジジッ……と機械音が鳴った。
「……リ……ユーリ。戻ってこい。
──そこは、お前のいるところじゃない」
硬質な声。
しかしその響きは、この場にいるレオンとそっくりだった。
「父上!? あれ……? 本物の父上はここに?!」
少年の体を包むように、まばゆい光が立ち上る。
アディアが息を呑んだ瞬間、
光は少年を完全に飲み込み──
しゅん、と音もなく弾けて消えた。
光が晴れたあと、そこに少年の姿はもうなかった。
その後の調査で、ロザリーが冷戦状態にあった隣国の刺客であったことが判明した。
今回の事件は隣国の失態として扱われ、
王国は自国に有利な条件での和平を結ぶこととなった。
混乱の収束を見届けた後、レオンはアディアの前に立ち、静かに息を吸った。
「……今まで、すまなかった。
君にどう接したらいいか分からなかったんだ。
本当は──初めて会ったときから、ずっと惹かれていた」
まっすぐ向けられたその想いに、
アディアは頬を赤らめ、潤んだ瞳でそっと微笑んだ。
「……わたくしも、ずっと……貴方のことが好きでした。
てっきり、嫌われていたのだと……」
二人は小さく笑い合う。
長くすれ違っていた心が、ようやく重なった瞬間だった。
こうして一連の事件は幕を閉じ、王国には静かな平和が訪れた。
レオンとアディアが顔を見合わせると、そこにはもう、以前のぎこちなさはない。
──あの人騒がせな少年とは、またいつかきっと会える。
二人は、そんな確信とともに……寄り添うように微笑んだ。




