帰宅部、野球部に入る
例の一件があった後、特に俺に対して千葉さんは何をするでもなく、数日たとうとしていた。
周りからは鈴木が何かやらかしたのだろうと、少し評判が落ちたが陰キャの俺には、変わりのない事だった。
そう思っていながら、机に顔を突っ伏していると、人の気配を感じた。
それだけではなく周りが、ざわざわとどよめく声も聞こえ、ふと顔をあげると、こちらに笑いかける千葉さんがいた。
「えっと、俺に何か用ですか?」
「用があるから、君の机の前で笑いかけているのよ」
「そうですか……」
「鈴木君は何投げ何打ち?」
「右投げ左打ちです」
意味の解らない質問に戸惑いながら恐る恐る答えると俺の体がふわっと浮き上がった。
俺は千葉さんにお姫様抱っこをされたのだ。
今まで黙って見つめていたクラスメイトは、その光景を目の当たりにし、悲鳴に近い声を上げる。
「うぇ? えぇ!」
驚きを隠せない俺は、素っ頓狂な声を上げてしまう。
そのまま千葉さんは、周りの目を気にせず、俺を抱えたまま、教室を出てどこかに走っていった。
「安心して! 私、幼少期の頃の夢がオリオンズで沢村賞取る事で今でも筋トレしているから」
「訳が分からないですよ! それに俺が聞きたいのはそうではなくって……」
「あと、鈴木君もう少し体重を増やさないと、.300 35HR打つ助っ人みたいには成れないわよ」
「俺がいつなりたいと!?」
学校の生徒に見られながら、俺は千葉さんに連れていかれる。
生徒は、何だあれは? という視線を送る。
そんなこんなで、俺は学校中の見世物にされて、見た事のある空き教室につれてこられた。(一話参照)
「なんで俺をお姫様抱っこしてここまで運んだんですか?」
「鈴木君が、右投げ左打ちだと、行ったからよ! 下手に引っ張って肩を壊してはいけないじゃない」
「大丈夫ですよ、俺プロ目指してませんから」
辱めを受けた俺は、少し怒り気味でそう答えた。
「あら、そうなの」
「じゃあ、早速だけど本題に入るわよ」
「そういえば、なんでまたここに?」
「そうその話よ! 鈴木君、私と野球部を作らない?」
謎の提案に俺は首を傾げる。
「野球部ならもうあるじゃないですか」
「違うは、正式には野球を観る部、縮めて野球部よ!」
どや顔で言い放つ千葉さんと何を言っているんだと思う俺、だが一応、話は聞こうと持ち直し詳しく聞いてみる。
「えっと、主な活動は?」
「野球観戦よ」
「でも、ペナントレースが終わったら」
「大丈夫、若手リーグにCS、日本シリーズもある」
目を輝かせ、言う千葉さんにまた、突っ込んだ事を聞く
「でも、それが終わったら……」
「その所も大丈夫よ今年は、世界大会があるもの、それに春になればキャンプに、オフシーズンはストーブリーグもある、それに――」
俺は、このままでは止まらなくなると思い話を止める。
「活動内容はわかりました! でも部活として、成り立ってませんし、申請してもすぐに却下されますよ、生徒会だってそんなにバカじゃないですし」
そういうと、千葉さんは不敵な笑みを浮かべる。
「あら、忘れているようだけど、その生徒会の長は私よ」
「そういえばそうでしたね」
肩を落とし力の抜けた返事をする。
千葉さんは落ち込んだ表情を浮かべつつ俺に話す。
「だけど、ルールは守らないといけない事もあるの」
「それは、何ですか?」
「部員よ!」
「へんな部活通すのなら、それぐらい破ったって」
「何を、言ってるの? 私はこの学校の審判よ、ルールは破れないは」
「でも、野球部通したじゃないですか!」
「それは、審判の誤審よ」
千葉さんは勝ち誇ったように言ってるが、やってる事が姑息だ!
「ずるいですよ」
「大丈夫よ! 野球では審判は絶対! だって白―――」
「そこまでです! 千葉さん」
「でも、部活の部員って四人は最低でもいるんですよね」
「えぇ、そうだけど一人と二人は違うわ」
「そもそもなんで、そんな部活作ろうなんて思ったんですか?」
千葉さんは真剣な顔になり語りだした。
「私が昔からオリオンズファンだって言ってたわよね」
「……はい」
「私は物心ついたころから野球が大好きだったの特にオリオンズがね、だけど私の周りには野球が好きな子は少なかったわ、男子も、もちろん女子も、だから、鈴木君を野球場で見かけたとき、もしかしたらオリオンズファンじゃないかって思ったの、結局、鈴木君はオリオンズファンではなかった、だけど野球を心から愛す人を久しぶりに見て、とても嬉しかった」
千葉さんの言葉は心の奥底で思ってた事だと、何となく感じ取れた。
「だから、鈴木君にはこの部の副部長になってほしいの」
千葉さんの話を聞いて俺は、その頼みを断る事は、できなかった。
「わかりました、俺も野球好きですしその部活入らせてください」
千葉さんは、その返事を聞きぴょんぴょん跳ねて喜んでいた。