8 教師と砲撃(♦︎)
6人の「先生」のうち、俺たちの学年を4年間担任してきた、ララ先生とスザク先生が教壇に立っていた。
60人の生徒たちの緊張と裏腹に、ララ先生はいつもどおり、フワフワのワンピースに身を包み、うっすらと笑顔を浮かべているし、スザク先生はいつもどおり、細身の黒いスーツに身を包み、切れ長の一重の瞳で生徒たちをじろじろと見渡しながら、両腕を組んで立っている。
「そういうことで」
「来週、ついにお前等の試験だ」
あらかじめ役割分担してたのか、二人は順番に口を開いた。
「痺れさせる力」の研究者にしてアレステリア「教師級警邏官」8警部の一人、ララ先生。
4年前から全然変わらない、街で会ったらおしゃれな美人のお姉さんって感じの人、だが、もちろん「生徒」達でそんな風に思ってる奴は一人もいない。みんな、何かしらの理由で、一度はララ先生の「痺れさせる力」の電撃をくらってのたうち回ってるはず。
ほんと、ずっと笑顔のまま電流を流し続けるからね。
「速く動く力」の研究者にして8警部の一人、スザク先生。
4年前と比べて、一層目つきが鋭くなった気がする。ひょろりと長い手足、音もなく走り、気が付いたら背中を取られている。怖そうな雰囲気だが、1年生の最初の授業の時、「資料を配る」と言った次の瞬間、全員の机に資料が置かれていたり、学校で飼っている馬が逃げ出した時に瞬時に捕まえてなだめながら戻ってきたりと、なんか能力の使い方が日常的というか、ほのぼのしているというか。結構相談も乗ってくれて、女子生徒からの人気が特に高い。
「教師級警邏官」達は、アレステリアの「高度戦力」に当たり、たった1人で数百人の訓練された兵士と渡り合えるとかなんとか。二人とも普段はそんな雰囲気を出さないけど。
おまけに、ララ先生は、そもそも何かの理由があって「降格」してるらしい。あんなに化け物みたいに強いのに。
他国で紛争やテロが起きたときには、条約に基づいて「教師級警邏官」達や更に上位の警邏官が派遣されることもある。
何で、「学校」がアレステリアの西端の海沿いにあるのか、と思っていたけど、先生達は、教えるだけじゃなく、有事の時には第一次防衛ラインとして戦闘に従事する。「結構長期間異動がない分、まぁ国の盾みたいなものよね」と、無邪気な笑顔でララ先生が言っていたのを思い出す。
この国にとって、いや世界にとっても、特別な戦力、「警邏官」。
それを目指すのが、俺たち、アレステリア人の「生徒」。
同期生は60人。
この中から、「警邏官」になれるのは、約半数の30人くらいと言われている。だが、年によって、合格者は変動するので、はっきりとしたことは分からない。少ない年だと10人くらいだったこともあれば、40人以上受かった年もあるらしい。
「お前等は、今日まで多くのことを学んできた。改めて、お前等に、「警邏官」とは何であるのか、4年前に話したことをもう一度話す」
スザク先生が腕組みをしたまま、そう言った。
「「警邏官」は、アレステリアのみならず、この「七つなぎの国々」に蔓延る犯罪者達を捕らえ、平和の維持を図る存在だ」
「すごく、大事なお仕事ってことよ」
そうだ、このまんまのトーンで、4年前、俺たちはこの教室で、この話を聞いた。
それから、ララ先生とスザク先生は、本当に、4年前に俺たちが入学式で聞かされた話から話し始めた。
それを聞きながら、俺は警邏官学校の入学試験を受けたころを思い出していた。
警邏官は、この七つなぎの国々全てに配置されていて、犯罪者を逮捕し、大監獄「インフェルナム」に連行する役割を担っている。
警邏官学校は、9歳になるアレステリア人の血筋の子供しか受験できない。
9歳で入校し、13歳で試験を受ける。なぜなら、「ノード」は13歳になる年にしか発現しないから。13歳で発現させなかったアレステリア人は、一生「ノード」を発現させることはない。逆に、13歳で発現させることができれば、「警邏官」としてこの国に採用される。
「警邏官」になれば、引退後も含めて一生の収入が約束される上、その両親や兄弟も含めて、家族の生活まで保障される。俺の家みたいに、「警邏官犯罪者」を出さなければ。だから、アレステリア中の子供たちが、いろんな動機で入学試験を受けに来る。ある者は、世界中で活躍する警邏官に憧れて、ある者は貧困から抜け出すため、ある者は、家族の名誉のため……。
受験の条件はシンプル。9歳のアレステリア人の血を引く者であること。アレステリア人の血を引いているかどうかは、入校試験の最初の採血で、アレステリア人の血にだけ反応する試薬を使って、文字通り血を調べられる。
それから、筆記と実技を1週間かけて受ける。筆記は自信なかったけど、実技の組手だけは結構良い線行ってたと思う。
誰にもちゃんと話していないけど、1対1の組手は、負ける気がしない。キリンを除いて。
昔からそうだった。相手の目を見ると、しばらくの間、相手がどんな行動をするか、先が読めるようになる。それから、相手の弱点、ここを攻撃したら、身動きが取れなくなるだろう、という場所が光って見える。
いじめ対策で、家にあった、兄貴が読んでいた古い武術の本を読んで、大木や動物相手にずっと訓練していた。特に、身体を、つま先から腕の先までひねりを加えて、ねじって縮めたバネが一気に伸びるように、全身の力を右手の掌底に集めて打ち出す技「砲撃」は、自分が体が柔らかいこともあってか、本のとおり、ちょっとした砲撃のような威力を出せるようになった。
この二つの力で、9歳の時、一人病院送りにしたし、入学試験の1対1の組手で、試験官を倒した。試験官が普通に倒されるのは、最近だと兄貴のハル以来だったらしく、多分、それがなかったら、試験は落ちていたと思う。
入学試験の最後の面接は、今、目の前にいるララ先生とスザク先生だった。もっと兄貴のことを聞かれるかと思ったけど、全然そんなことはなくて、どうして警邏官になりたいのか、という質問のとき、絶対に兄貴を捕まえたいから、だから俺を警邏官学校に入れてください、といった俺を、二人が穏やかな顔で見つめていたのを覚えている。
そういえば、後日ララ先生から「入学試験の結果の開示を求めますか?」と聞かれたけど、どうせ大したことないだろうから、聞かなかった。入れただけで満足だったし。
ふと、二つ隣の席から、金色の髪が揺れる様子と、キリンの視線を感じた。
そう、こいつにだけは、一対一でも勝てるかどうか怪しい。
こいつだけ、出会った時からそうだったけど、何故か動きも弱点も見えないんだよな。
このことは、誰にも、キリンにも言ってないけど。
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