19 相手の気持ち
「コテツ君、寝たかな?」
「うん、あれは寝たね……」
ソラの電撃で弾き飛ばされた後、しばらく不機嫌そうにしていたコテツは、平謝りのソラと私があげたクッキーで少し機嫌をなおして、マルカンティアの本を何となく眺めていたが、いつの間にかソファの上、毛布にくるまって静かな寝息をたたてていた。
ソラと私は一緒のベッドで寝ることにした。
二人でベッドに入っていると、なかなか暖かい。そういえば、こんな風に誰かと一緒に寝たのなんて、いつぶりだろう。
施設に引き取られて、最初の頃、ミリアムのベッドで寝たとき以来かも。
ソラはちょっと恥ずかしがっていたが、これが一番安全だろう、という話。
万一、エレナが狙ってきても、私の近くにソラが居れば、多分コテツは……。
エレナ、か。
隣で横たわるソラに視線を送る。
「思い当たるとしたら、あの最初の的当て、かな」
「え? あの時の?」
「うん」
「あれは……」
「そうよ、だってさ。ひどかったじゃない。ソラのこと馬鹿にしてさ。いっつも私とソラのこと、目の敵にしてるみたいだったし。やりかえしてやろうって、少しはさ、思ってたよ、そりゃ」
そう、私の放った矢が、二本とも的の中心を射抜いて、それは、すっきりした。
さぞ、悔しがるんだろう。人のこと、馬鹿にしておいて。
幼かった私は、そんな風に思っていた。
でも、一瞬。
あの時、エレナが見せた表情は。
あれは悔しさじゃなかった。
「……ねぇ、キリンちゃん」
「ん?」
「エレナ、本当に、私たちのこと、殺そうとしてるのかな?」
ソラが、天井の方に視線を移した。
「殺そうと思ったら、もっと私を狙えば良かったのに」
「どういうこと?」
「キリンちゃんに、いくら撃っても、コテツ君が防いじゃうじゃない。そんなの、エレナだったら、絶対すぐ気付いてた。あの子、頭が良いから……無駄なことなんて、しない。するはずない」
そう。
エレナは、賢かった。だからソラの言うこともよく分かる。
何か、彼女らしからぬ攻撃の仕方。
「本当に、本心で動いているのかな。あの、黒いローブ……」
「そうね。私も……少し心当たりがあるの。あの黒男、私の心を、何度も操ろうとした。同じことを、エレナにもしていたとしたら……あの黒男は、心の隙を狙ってくるから……」
何か、付け入られて、操られている可能性はある。
「まだ狙ってくるはず。何とかして捕まえましょう。聞きたいこともあるし。……また、コテツの力を借りないといけないけど……」
「コテツ君、すごいよね……ほんと、キリンちゃんだけのナイトって感じ」
「そ、そんな……ちょっと、ソラ。発言に悪意を感じるわ」
「本当のことだもん。私は全然守ってもらえなかったし……」
ソラがちょっとすねたような顔をした。
それで、私はなぜだか思いの外、動揺してしまった。
「え……あ……」
「ん?」
「ソラも……コテツに守ってほしかったり……する?」
考えたことも無かったけど。
私たち、結構ずっと5人で行動してるし。
そういえば、ソラがコテツをどう思ってるか、何て改めて考えたこともなかったけど……。
急に緊張してきた。
「……そうだったら、キリンちゃんはどうする?」
ソラが、まじめな、真っ直ぐな視線を私に向けてきた。
困った。
驚くほど困った自分に、頭が真っ白になった。
え、どうしよう。
「……」
「え、あっ、その……違う……違うの」
ソラが、ひどく慌てている。
あれ?
シーツが濡れてる。
あ、私、泣いてる?
「……ごめん……キリンちゃん、間違った」
ソラが私をぎゅっと抱きしめていた。
「そんなに困らせると思わなくて……違うの、私……駄目な奴だ……」
私の胸元に顔を埋めたソラが、暖かかった。
「あの、その……私は、全然、コテツ君のこと、何とも思ってないから、安心して」
「な……何を言い出すのよ?」
「だから、ごめん、泣かないで。私、ひどいことした」
「べ、別に何も、私は……」
「嫉妬」
「え?」
嫉妬?
「嫉妬してたの。だって、キリンちゃんにとって、コテツ君は、あんまりにも、特別なんだもの。キリンちゃんに何かがあったら、自分の危険も何も省みず、盗賊でも矢でも、何だって。私にはできない。あんな風に、役に立てない」
「ソラ……」
「ずるいよ、あんなの。私だって、特別になりたかったのに」
「え、えーと……その……それは……」
「……でも、ちょっと満足した」
「ま、満足?」
どういうこと?
「何でもないです」
ソラが、ふわりと身体を離した。
「後は、コテツ君が何考えてるか。分からないね。キリンちゃんのこと、どう思って守ってるのかな」
「コテツは……あいつは……しょうがないな、と思ってるんじゃないかな。昔、噛みついたこと、未だに根に持ってるし……」
ソラが、きょとんとした目で私を見つめた後、くすくすと笑い始めた。
「ほんと、人の気持ちって全然分かんないね」
そう言うと、ソラは、急に、明日も早いから、寝よっか、と言った。
***
自分の思いが強いほど、相手の気持ちって見えなくなるんだな。
でも……私は、本当にひどい奴だけど……。
歪んでるって思うけど。
泣くほど困ってくれるなんて、思ってなかった。
それだけで、もう十分私は幸せ。
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