18 離れてください
落ち着かない。
何で、俺が女子部屋で縮こまってないといけないんだ。
ソラは風呂に行ってキリンと二人きりになってしまった。
ちらりと、キリンの方に視線を送る。
宿場に用意された木綿の薄緑色の寝巻きを着て、ベッドに入って、備え付けの本棚にあったマルカンティアの歴史の本に視線を落としている。風呂上がりの少し湿り気を帯びた金色の髪は、鈍いオレンジ色の照明を穏やかに吸収していた。
「え?」
「あ」
慌てて目を逸らした。
いや、何で、別に悪いことしてるわけじゃないのに。
「あ、この本? コテツも読みたかった?」
「いや、その……それ、面白いのか?」
「せっかく来た国だし、滞在中に見たもの、聞いたもの、その背景を知っておきたいじゃない。あ、そうだ、これ」
キリンがベットから出て、俺の方に近づいてきた。
「ほら、これ。花火大会の様子を描いた絵。綺麗でしょう? 打ち上げる色の順番に、建国の由来が影響してるんだって。最初が青で……」
寝巻きのキリンが、俺の寝るソファに座って来て、歴史本の1ページを開いて見せる。
キリンと話をするのなんて、慣れたもので、初めて出会って、いきなりの殴り合いから、学校での生活を通じて今まで、学校の生徒の中でも一番話した相手なんじゃないだろうか。
それでも、男女の寮は分かれていたので、夜に寝巻きのキリンと話すようなことは、一度もなかった。
ふわりとした石鹸の香りと、艶やかな金色の髪の毛、肌理の細かいキリンの白い首筋は、こいつがスクトゥムティアの王族の娘で、本来、住む世界が違う人種だということを思い知らされる。
「……かな、と思うんだけど、どう?」
「え?」
「は? ちょっと、聞いてなかったわけ?」
「いや……その……」
「あー、まぁ、美声過ぎて耳に入ってこなかったかしら。ふふ」
反撃を期待した冗談だったんだろうが、やけに緊張していた俺は、完全に頭が飛んでしまった。
「声だけでもないけど……」
キリンが硬直した。
しまった、一体何を言っているんだ俺は。
「あ、いや、綺麗だと思う」
「え、あ……」
「それ、花火の絵」
「あ、ああ。絵。うん、そう。そうよね。素敵な絵よね。うん」
頭が真っ白の俺は、とりあえず花火の絵の方に視線を落とした。
キリンが黙ってしまった。
まずい。
また怒らせただろうか。
「……ありがとう」
ごちゃごちゃになっている俺の耳に届いたのは、静かなお礼の言葉だった。
「何が?」
「矢、全部退けてくれた。コテツがいなかったら、私、死んでたかも」
それは、確かに。
矢の何本かは、キリンの心臓や頭を通る軌道だった。
エレナも、とんでもない腕前だ。
そう、あいつは実技も筆記も、いつだって上位だった。基本的な才能だけなら、俺より上だったはず。
ノードも、ソラに近いようなレベルの反応を示していた。
黒男。
あいつが、何かエレナに力を与えてるとしたら、かなり厄介だ。
「まぁ、光が見えて良かった」
「私に向かって来る矢が、見えるの?」
「うーん……自分に向かってくるのも見えるんだけど、特にキリンに向かっていくものの方が、光が強いかも。それ以外は見えないんだよな……ソラには悪いけど」
キリンがため息を吐いた。
「じゃ、私だけってことね」
「ん、まぁ。それはそうみたい」
キリンを守る力、みたいな。
……それってどうなんだ、と思うけど、まぁ、役には立っているからいいんだけど……。そんな個人的なノードってあるんだろうか?
しかも、何やら、キリンは妙に機嫌の良さそうな表情を浮かべている。
「じゃ、まぁ、ソラが考えたこの配置で良いわけね」
「そりゃ、そうだな。俺がキリンに近い方が良いだろう」
「ふーん。まぁ、少し離れてても、壁を越えて守りに来るくらいだから、ここまで近くなくてもいいのかもしれないけど」
ああ……温泉の話か?
「あれは、悪かったって……」
「別に怒ってないわよ。 その……品のない姿を視界に入れて、こっちこそ悪かったわね」
怒ってるじゃないか……。
キリンが本をぱたんと閉じて、顔を赤くして窓の方を向いてしまった。
「品がないなんて、言ってないだろ」
「え?」
「品がないなんて思ったことない」
静かになってしまった。
別にキリンと話すのは苦手じゃないのだが……。 何なら話は続く方だと思うが、今日はどうも落ち着かない。
……はやく、ソラ、帰ってこないかな……。
「嫌じゃなかったなら、良かった」
「え?」
「気にしてたのよ。分かるでしょ?」
分からん。
みんな、今日はやたらと、分かるだろ、分かるでしょって言うけどさ。
俺、察し悪いんだな……。
「だから! その……あんな姿を見られて……相手がどう思うか、気になるでしょっ……!」
「あ、おい」
何やら興奮した様子のキリンがこっちに身体を向けようとして、バランスを崩し、ソファから落ちそうになる。
慌てて手を掴んだら、そのまま引っ張られて、俺までバランスを崩してしまった。
ダメだ、相変わらず、キリンに関してだけ、何もノードが働かない。これだって、普通だったら自分の身に危険が迫るのだから、上手く身体を動かして転倒を避けるような方法が頭に光って浮かぶはずなのに。
全然何も出来ずに、ソファの上でキリンに覆い被さっているような体勢になってしまった。
ああ。これは、どうせろくでもないことになる。
頭に、危険を知らせる光が浮かぶが、何故か、キリンに捕まれた右手が、俺の動きを全て制止して、動けなかった。
ドアが開いて、何かが床に落ちる音がした。
「ど……どうなったらそうなるの!! だめっ!!!! 離れてっ!!」
ソラの声が響くとともに、俺の身体を電撃が貫いていった。
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