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7 試験の準備(♣︎)(♦︎)

「それで、コテツ。あんたはその装備で、本当に試験に挑むつもりなの?」


 両手を腰に当てたキリンがあきれたような顔で見下ろしてくる。


 金色のショートヘアを耳にかけ、少し吊り目気味のくっきりとした二重瞼の下に輝く赤交じりのオレンジ色(レディッシュ)の瞳が、静まり返った夏休みの、教室の窓から差し込む日差しを照り返している。


 「装備の選択は、生徒に任されてる。俺は、とにかく身軽さを優先する。ていうか、キリンは装備を持ちすぎだろ。旅行にでも行く気か?」


 キリンは、「商人の国」マルカンティア製の強化繊維で作られた大型のリュックサックに、小型ランプ、乾パン、水筒、けがの応急処置セット、二日分位の着替え、その他諸々を、リュックの容量限界まで詰め込んでいた。


 「それ、途中で襲われたら、邪魔にしかなんねーだろ。」


 「1の試験は良いの。やることが告知されてるからね。でも、それ以降の試験は何をするか、どのくらいの期間なのか、まったく明かされてない。「あらゆる可能性を想定したか?」警邏官(アレスター)の審理第3条」


 「飛ぶときは潔く。警邏官(アレスター)の心、第3条」


 「それは準備をし尽くした者に対して、最後に背中を押す心構え!」


 「まったく、本当、お前とは気が合わないよ」

 

昔から、そう、初めて会った4年前から。

 お前が落としたイヤリングを拾ってやったら、いきなり噛みつかれたあの日から。

 

 右腕にうっすらと残る、キリンの歯形に目を落とした

 俺はため息をついて、合金製のくすんだ銅色の手錠の鍵の具合や、捕縄に解れがないかの点検を始めた。

 

 明け放った教室の窓から、強い風が吹いて、「学校」の庭の楠の木のよく生い茂った葉と向日葵の匂いを運んできた。俺とキリンは、一転して黙々と、自分の作業に集中し、蝉の鳴く声だけが、二人だけの教室に静かに響いていた。

 

 もうすぐ、試験が始まる。警邏官になるための試験。


***


 初めて会った時のコテツの印象は最悪だった。

 悪い奴じゃないんだろう、と思うまでは、しばらくかかった。

 

 4年前、警官学校の寄宿舎の前の藪から、泥だらけのコテツが飛び出してきた。

 驚いた私の手から滑り落ちた、お母さんのイヤリングをコテツがつかんだ。

 

 今思えば、とにかく、あの犬みたいな反射神経で、本能的に、キラキラした落っこちる物を掴んだだけなんだろうけど。

 

 ミリアムの元を離れて、そう、出がけに盗賊の話もされてたから、その時の私には……。

 なんかもう泥棒にしか見えなかったのよね。

 

 お母さんの物だって信じてる、赤いルビーのイヤリング。

 それだけは無くしたくなかった。

 無我夢中で、一人でなんとかしなきゃって、コテツの右手をつかんで、噛みついた。

 

 かなりがぶっといった。

 

 そっから先はよく覚えてないけど、「何すんだ! この野郎!」と叫んだコテツと、散々殴り合ってるうちに、ララ先生が止めに来……先生の声掛けに気付かなかった私たち二人は、ララ先生の「痺れさせる力」で、バッチバチに電撃を流され、二人して寄宿舎前に突っ伏した。


 とにかく、最悪な出会いだった。


 今でも、あのときどっちが何発蹴りを入れたかで、言い合いになるけど、私は6発で、コテツは8発で間違いない、と私は思っている。

 

 コテツは逆だって言うけどね。

 なんだかおかしくなってきた。

 

 急に思い出し笑いをした私を、コテツが不審な目で見ている。

 「……不気味な奴だな……」


 「あんたが原因よ」


 「どういう意味だよ」


 「4年経ったわ。この学校に入ってから」


 「今更なんだよ」 


 「私たち、強くなったわよね。「ノード」を授かるくらい」


 コテツの青い瞳が、私をじっと見つめ返した。


 「お前から強気な態度を取ったら、何にも残んねーよ」

 

 なにー?

 

 「どういう意味よ!」

 

 「そういう意味だよ。いざとなったら、急に思い切るじゃねーか。俺よりずっと大胆だし。それに……能力的にも、お前は大丈夫だろ」

 

 お前は。

 

 「お前はララ先生経由で「痺れさせる力」を使えたし、スザク先生経由で速く動く力も使えた。

俺は、5人の先生の「ノード」は、どれも使えなかった。 

 

 1 縛る力

 2 速く動く力

 3 分析・調合する力

 4 痺れさせる力

 5 重くする力

 

 全部使えなかった。

 

 使えなかった「生徒」が、……これ以外の特殊な「ノード」に目覚めた例は、学校の歴史上数人しかいなかったはず。」

 

 コテツの、青いくらい真っ黒な黒髪が、教室の窓から差し込む光を照り返す。

 

 「「重くする力」は、兄貴の「ノード」だから期待してたんだけどな」

 

 コテツの兄。

 

 ハル・インバクタス

 

 同時期に5人にしか与えられない、「最上位警官」の称号を、16歳で得た天才中の天才。

 

 アレステリア人の一部にだけ発現する、特殊能力「ノード」。その中でも希少度が高い、「重くする力」を極限まで引き出し、それどころか、縛る力・早く動く力まで使いこなし、数々の懸賞金付犯罪者を生け捕りにし、7か国連合直下の「作戦」をいくつもこなした。

 

 そして、最後の「オラトリオの雨」作戦で、7か国連合を裏切って、警護中のスクトゥムティア国の宝玉「オラトリオの雫」を強奪した上、「警邏官」の最悪の禁忌、「警邏官殺し」を犯して逃走。

 

 現在、世界7か国連合最高額の賞金付犯罪者。

 

 コテツの8歳上の兄。

 

 兄の犯した罪で、コテツとコテツのお母さんは7か国連合から直接取り調べを受け、逮捕され、ハルの起こした事件との関連は無し、として釈放された後も、住んでいた街で散々嫌がらせを受け、母親と一緒にアレステリアの北端の港町まで逃げ続けた。

 

 それが、コテツに聞いた話。

 

 そんなコテツの、警邏官学校1年生の時の自己紹介は、今でも良く覚えている

 

 私が、当たり障りのない自己紹介をした、次の順番がコテツだった。

 

 教室にいた、60人の新一年生の間には、この中に最悪の賞金首の弟がいる、と噂する声があった。 

教壇に立ったコテツは、教室を見渡すようにして、息を吸った後。

 

 「重罪人のハル・インバクタスの弟、コテツ・インバクタスです。兄は俺が逮捕します」と、教室中に響きわたる声で、はっきりと言った。

 

 鳥肌が立った。

 

 それから、ハルとコテツのことを噂する声はなくなった。

 それどころか、次の授業の合間に、コテツを励ます生徒もいた。

 

 うまく言えないけど、そう、うらやましいと思ったのを覚えている。

 自分は、こういう人間だって、胸を張ってはっきりと叫べるのが。

 

 誰になんと言われようと。

 

 「大丈夫よ」

 

 「なんだよ、それ」

 

 「あんたこそ似合わないわ。くよくよ迷うタイプじゃないでしょ」

 

 そう、いつも、こうと決めたらくよくよしない。

 

 でもその思い切りは、結局、良い方に転んでると思う。

 私は常に不安で、自分なりに万全の準備をして、成功する確率を上げてるだけ。

 それが、自信があるように見えるだけ。


 「どうなるか、じゃない。なんとかするんでしょ?」


 コテツが、青い瞳を見開いて私を見た。 


 「確かに、俺たちは散々訓練した。後はなんとかするだけだ。例え、能力が使えなくても」

 

 コテツは笑ってそう言った。


読んでいただいてありがとうございます!

もしよければ評価・ブクマいただけたらとっても嬉しいです!

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