13 3位と弓矢
「3位? 上に、二人もいるって言うの?」
成績表をみた母の反応は、思った通りだった。 いや、本の少し、別の反応を期待していた。淡い、期待。
警邏官学校で3位だなんて、凄いじゃないの。
「将来、王都に採用されるのは、上位わずかなんでしょう? 2人も上にいて、失敗したらどうするつもりなの? いったい、どんな勉強をしているの?」
たくさん、していた。キリンとソラに追いつこうと、隠れて、寝ないで。
試験の日のコンディションは、良くなかった。吐き気をこらえながら、鉛筆を握った。
「ごめんなさい、お母様」
俯いて、謝った私に与えられたのは、平手と、その後の、やけに優しい抱擁だった。
「謝罪なんていらないわ。一位をとってらっしゃい。いままでできたんだから、当然、できるはずよ。あなたは、優秀な、マクロード家の一人娘。この国のエリートになるのよ」
お母さんは、そうじゃなかったよね。
お父さんは、神童って言われるくらい、賢かったらしいけど。
お母さんの血、なんじゃないの。
今思えば、そう言ってやれば良かった。
言う前に、どっか行ってしまった。
笑える。
地位も金も失った旦那にも、失格した娘にも、興味を失って、さよならも言わず、宝石とドレスを持って、いなくなった。
矢尻に、黒男からもらった致死性の蛇毒を塗りたくる。
今日は盗賊を撃退して気分が良いはず。キリンもソラも露天風呂に暢気に入るだろう。
狙撃できる距離と角度は、確認済。露天風呂施設南南東の巨木の上。
邪魔が入る可能性は、低いはず。
***
「……」
「どうした、ドレイク? のぼせたか?」
「い、いや……その……向こう側だが……」
「ん?」
「さっき聞こえた声……」
「あ、キリンとソラじゃないか?」
「ぬ……よ、よし、もう上がろう。熱くなった」
「何言ってんだ、来たばっかじゃないか。折角貸し切りだろ? 初めての温泉、ゆっくりしようぜ。なぁ、スパナ」
「いや、これは素晴らしい設備。また、このお湯も面白い……自分はしばらく調べていきますので、お構いなく」
スパナはなにやら試験管に温泉水を詰めている。そんな楽しみ方もあるのか。やはり。まったく別次元で生きているのだな。
「お、お前は何とも思わないのか?」
「は?」
「いや……その……向こうに女性が居るわけで……」
「? 別に見られるわけじゃないし、何を気にするんだ?」
こいつは……。
くそ、こ、こんなことを考える自分だけが、邪だというのか。
「!」
コテツの表情が急に険しくなる。
この感じ、こいつが何か危険を察知した時の。
「まずい……!」
コテツが、辺りを見渡した後、長めのタオルを腰に巻いて縛り、女性風呂側の壁を見上げる。
嫌な予感がする。
「ち、ちょっと、お前……」
コテツが加速して、壁のくぼみに手をかけ、一気によじ登った。
***
弓を引き絞る。
照準は、完璧。
キリンは、ソラとの会話に夢中になっている。
そう言えば的当てで、キリンに馬鹿みたいな負け方をしたことがあったっけ。
キリンは、針の穴を通すような精度で、的の中心を正確に、2度撃ち抜いた。
私には、あんなこと、できない。
この矢は、身体のどこか、かするだけで良い。 それで、程なくして毒が回って死ぬから。
死ぬ。
キリンを、殺す。
ー殺せ。
ーさぁ、殺せ。
ー憎いだろう、お前の人生を邪魔した。
私は……。
私は……!
照準は、少しぶれた。
私は矢を放った。
***
羽根のように軽くなった体は、「速く動く力」の5速以上に感じられた。
温泉施設の南南東の巨木の方向。
そこから、危機を知らせる光を感じた。
男女の露天風呂を分ける高い厚みのある壁の上に立った俺は、その方向から飛んでくる何かに意識を集中した。
凄まじい速度で飛んでくる矢の側面を、俺は手刀ではたき落とした。
俺が弾いた矢は、右手の女性風呂の方に落ちていく。
まだ来る!
角度が違う。
俺はあわてて女性風呂の方に降り立つ。
「キリン! 頭を下げろ!」
「え!? あっ……」
俺はキリンの近くに降り立って背を向け、風呂の外、弓矢の射主の方へ意識を向ける。
矢の軌道が、光の筋になって視界に映る。
見えた。
意識を集中して二本目の矢の側面を、右手でつかんだ。
右の手の平がこすれる感覚。
矢は空中で止まった。
その軌道は、正確に、キリンの身体を狙っていた。
危険を知らせる光が遠ざかっていく。
狙撃主は、どうやら諦めたようだった。
「……キリン、大丈夫か?!」
俺はキリンの方を振り向いた。
あ。
そうだった、風呂に入っていたわけで。
キリンとソラは、腕とタオルで自分の身を守るような姿勢を取って、俺を睨みつけているわけで。
「……だ……大丈夫なわけ……!!」
「こ、こて……コテツ君……」
「え……あ……だって……」
「こっち見るなーー!! 出てけ!!」
強力な空気弾と、電撃で俺は壁の方まで吹き飛ばされた。
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