12 温泉と花火
宿場町パステルは、穏やかで控えめなオレンジの明かりが、立ち並ぶ宿から漏れ出していて、柔らかく、暖かく、ほっとした。
ほんのり、硫黄のような香りが鼻腔をくすぐった。
「気づいたか? パステルは、温泉でも有名なんだ」
「「温泉!」」
キリンとソラの声が重なった。
「再来週のソレイユの建国記念花火大会の前日、前々日なんか、マルカンティア中からの宿泊客で溢れかえるんだ。それも避けたかったから、このスケジュールで運送してるのさ」
「「「花火大会!」」」
今度はスパナも重なった。
「ああ、そうか、そうだった。共通暦5の月3週目はマルカンティアの花火大会でした。何でこんな大事なことを忘れていたのか……」
「そんなに興味あんの?」
「マルカンティアの花火大会は、7繋ぎの国一番の規模なんです! 珍しい火薬と打ち上げ機構が盛りだくさんで……是非見たかったんですけど……」
がっくりとスパナが肩を落とす。
「え? 再来週だろ? この依頼終わって、ソレイユ戻ったらちょうどいいんじゃない? それ見てから次の行き先決めようぜ」
「いえ、花火大会の観覧席は凄まじい倍率で、今からじゃ……」
あー、なるほど。そりゃそうか。まぁ、そりゃしょうがないよなぁ……。
「商会にかけあってやろうか?」
イースターの声に、長い前髪の隙間から、スパナの丸い目が明らかに輝いた。
「え……そんな……ことが……」
「盗賊、撃退してもらったからな。本当に襲撃されるなんて、滅多にない。そもそも、今回はサービスされてるんだ。それで貸しを返せるなら、ありがたい。5席くらいなら、商会の招待客用に確保してるはずだぜ」
「お、お願いします!」
スパナが抱きつかん勢いでイースターの腕をつかんだ。
「わ、分かった。リスリル着いて荷物下ろしたら、商会本部に連絡してみるわ」
***
「ソラ、凄かったね」
「き、キリンちゃんほどじゃないよ」
ソラは、深夜の温泉に浸かりながら少し緊張気味に、辺りを見渡している。
大浴場は、宿から直通の屋根付き通路つながっていた。私とソラは宿泊部屋に荷物を下ろし、ソラを引っ張り出すように温泉に向かった。
アレステリア国には温泉はない。
学校は、生徒一人一人の個室に簡素なシャワー室があったけど、大浴場はなくて、それは個人的には少し残念だった。
ソラは、知識として知っていた温泉に興味はあったらしいけど、他人と一緒に入るものだとは思っていなかったらしい。
スクトゥムティアは、温泉や大浴場文化があって、幼い頃に何度か連れて行ってもらった。
そういえば、そんな記憶も少しずつ戻ってきてるな。
商会の依頼ということもあって、宿は観光用の施設で、真新しい調度品に、上品な模様があしらわれた壁紙、ふかふかのベッドと、警邏官宿舎とは比べものにならない位綺麗だった。そして、温泉施設は、床も浴槽も上質な磨かれた石が敷き詰められ、硫黄混じりのエメラルドグリーンのお湯は、照明を反射して宝石の海のように輝いていた。
「ほ、本当に……その……一緒に入るの?」
「もちろん! 気持ちいいよ! 絶対気に入るって!」
「あ、う……うん……」
なにやら随分緊張しているソラを引っ張って私は、深夜の誰もいない温泉に飛び込んだ。
「……あったかい……」
最初は湯船の端で縮こまっていたソラがうつむきながら、近づいてきた。
「凄かったのは、コテツ君だよ」
「うーん、まぁ、確かに。それはそうかも」
盗賊5人を倒したのは、私たちとドレイク君だった。
でも。
その前。
ー速度を落とそう。待ち伏せされてる。
コテツが、急にそう言い放った。
その、私たちは一気に、周囲への神経を研ぎ澄ますことができた。そして、ノードの発動準備も。
結果として、盗賊が姿を現した時には、もう勝負は付いていた。万全の体制で、どこにいるか把握している。それは、圧倒的に有利。
もし。
気づかずに不意打ちを食らって、連携を乱されたら、あんなに簡単には行かなかった。
コテツのノードである、「見分ける力」の強さを、まざまざと見せつけられた。
「キリンちゃんに、危険が迫ってるって分かったんだろうね」
「え? 私?」
「うん。そう」
「どういうこと? 私とは関係ないんじゃ……」
「ううん。多分きっとそう。コテツ君の力は……キリンちゃんの側に居る時、一番強いから」
温泉の熱さとは、別の要素で顔が真っ赤になる。
「な、何を言い出すのよ。そんなことって……」
「黒男の時もそうだったもの。多分、間違いないと思うな。きっと、キリンちゃん専用、みたいな……」
「そ、そんな変な力、そんなんじゃ、コテツが困るじゃない。そんなことないわよ。あいつ、一人の時も竜を素手で倒してたし……」
「その時、キリンちゃん、危険な目に遭ってなかった?」
「え……あ……えーと……」
そう言えば……確かにあの時も、私は竜に襲われて、崖から落ちて危険な状態だった。いや、でも、スザク先生と戦った時は、別に私は……。いや、私と関係なくても、あいつは……。
「あ、暑いから、外のお風呂いこっ」
私はざぶんと内風呂から飛び出し、露天風呂の方に向かった。
「えっ! そ、外?! 外に裸で行くの?!」
「ちゃんと壁で囲まれてるから大丈夫よ。タオルもあるし……外、涼しいし、行こう」
ガラス戸を開けて露天風呂に向かうと、夏の夜の爽やかな風が身体を心地よく冷やす。
ん?
「……キリンちゃん……あの壁の向こうから聞こえる声……」
「あ、コテツ達も風呂に入ってるのね」
「え、ええ……壁の向こうに居るの?」
「構造的に。壁の下でお湯が共有されてるんじゃないかな?」
「は、恥ずかしくない?」
「え? 別に見える訳じゃないし……壁越えてこっちにはこないでしょ」
と、その時は思っていたのだが。
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