6 最悪な出会い(♣︎)(♦︎)
(それぞれの移動状況は地図を参照願います!)
「本当に良いの?」
「ええ、ばっさりやって」
鏡越しに、不安そうな顔をするミリアムが、何だかおかしかった。
「こんなに長くて綺麗な髪……もったいない」
「こないだの試験で思ったの。戦うにはちょっと邪魔。伸ばしたくなったら……まぁ、付け毛ででも付けるわ」
ミリアムがため息をついた。
「……あなたが、何も気にせず、髪を伸ばせる日を、私は祈っている」
覚悟を決めたように、ミリアムが私の髪に鋏を入れた。
***
春の日差しが心地よかった。
手引きトランクの荷物を確認して、チャックを閉めた。斜めがけの革のバッグに、旅賃の銀貨を入れた財布と、警邏官学校から届いた合格通知が入っていることをしっかり確認した。
玄関に出て、煙突の方を見上げる。もちろん、今だってワイバーンが来たら自分にはどうしようもない。でも、次にここに来るときは、きっと。
「2日間、学校の寄宿舎までの道中、気をつけて。最近は、他国から流れ込んできている盗賊も増えているわ。中央までの街道と、乗合馬車は、警邏官がしっかり巡回しているから、大丈夫だとは思うけど」
「試験の時も大丈夫だったじゃない。心配し過ぎ」
私はミリアムの方を振り向いて笑った。
「次に来るときは、警邏官として戻ってくる
「待ってるわ」
***
「警邏官学校への道?」
俺は道ゆくおじさんに話しかけた。
合格通知を受け取って、初めて警邏官学校の場所を知ったときの第一印象は、「遠いな……」だった。
北端のニベウス郡から、警邏官学校までは、街道の乗合馬車を乗り継いで、4日。ようやく警邏官学校から一番近い街、ナルディアにたどり着いた。王都に続く大街道は、国内でもここだけの夜行乗合馬車に乗った。
真夜中に移動するなんて危険じゃないかと思ったが、何台もの乗合馬車や貨物馬車が煌々とランタンの明かりを振りまきながら大街道を走り、時折巡回の警邏官が早馬で走り去るその様子は、まるでお祭りのパレードかのようだった。しばらくその光景に見とれながら、気づいたら眠りに落ちていた。
朝の光に照らされたナルディアは、賑やかだった。海沿いの漁業の街、潮の香りが漂って、とにかく明るい。天気の悪い日の多いニベウス郡とは大違いだった。
合格通知同封の地図によれば、ここから判刻ほど、海沿いの丘を目指して行けばいいはずなんだけど……。ざっくりし過ぎていてよく分からない。
「ああ、「生徒」さんか! 合格したのか、やったな、おめでとう!」
道を尋ねたおじさんは、満面の笑みで祝福してくれた。
なんか、どこの街にいっても嫌われ者だったから、シンプルに嬉しいな。いや、俺のこと知らないからだろうけどさ。
「あっちに森が見えるだろ、あの方向を目指して歩きな。森に入る前に看板も立ってる。道は整備されてるから心配しなくて良い。森には入ったら、真っ直ぐ進んで。大きな二本の木が壁みたいに立ってるから、そこを……」
あれ? すごく軽快に話してたおじさんが、固まった。
「……左。左だ。そうしたら道なりに上っていけば、寄宿舎が見えてくるよ」
「ありがとうございます!」
***
あれ?
いや、やっぱり右だったか?
「おーい!」
だめだ、聞こえないか。足が速いなぁ。
あの辺、一昨日の雨でぬかるんでるから、寄宿舎方面じゃない方行くと、危ないかも。
いや、警邏官学校の試験受かるくらいだから、な。子どもとは言え、大丈夫、か。
***
気が付いた時には、ドロドロの地面に横たわり、森の木々を下から眺めていた。
ぬかるんだ地面に足を取られ、斜面を滑り落ちた。服もリュックもドロドロ。顔にも髪にも泥やら落ち葉やらが付いて……うわっ。首筋に入り込んだ良く分からない小さな虫を掴んで放り投げる。
「あ」
見上げた森の隙間。
歩いてきた方向とは逆方向に、赤煉瓦造りの建物の壁面が見えた。
「……おじさん……逆じゃん……」
くそ……早く学校にたどり着いて、まずは身体を洗おう……。
***
どこかで見覚えのある建物だな、と思ったら、そうだ、ミリアムの施設に似ているんだ。
美しい緑の木々に囲まれ、木漏れ日が差し込んで、赤煉瓦造りの建物を照らしていた。重厚な木製のドアも、玄関の上に大きな窓があるデザインも、ミリアムの施設そっくり。
何だか落ち着くな。
緊張していた心が、少し穏やかな気持ちになった。
お守りのように、ジャケットの左ポケットに入れていた、お母さんのイヤリングを取り出して、寄宿舎に向けてかざした。
イヤリングが、木漏れ日を吸い込んで、美しく輝く。
さぁ、頑張ろう。
そう思った矢先。
がさがさ、と、すぐ右脇の茂みから音がして、何かが飛びかかってきた。
***
「くそっ!」
落っこちた先からは道に戻れそうも無かったので、とにかく藪の中のぬかるみを寄宿舎目指して一直線に駆け抜けた。
寄宿舎が近づいた最後の最後、分厚い茂みに、もうこれ以上汚す部分もないので、体当たりの様に飛び込んだ。
「きゃああっ!!」
叫び声が聞こえた。
その瞬間、何か、赤く輝く物が視界の中を舞った。
俺は反射的に、その赤い光に右手を伸ばして、空中で掴んだ。
「盗賊!?」
「へ?」
「返せ! それは……それだけは渡さない!」
目の前に、金色の髪の……男? 女?
誰かが凄い勢いで飛びかかって来た。
思わず俺は、右手を強く握りしめた。
「かえ……せっ!!」
っ!!!!!
右腕に、凄まじい激痛が走り、俺は右の手のひらを開いて、叫び声を上げた。
噛みつかれた!
「このっ!」
噛みつかれ、捕まれた右手から金髪を引きはがそうと、俺は蹴りを入れる。
「うっ!」
間合いが近すぎて、蹴りと言うより足で押すような感じになったが、それでもどうにか噛みつかれた腕から引き離すことに成功した。
「っ……いってーなっ!!」
「この……泥棒!」
地面に落ちた赤い物を拾った金髪が、飛び蹴りで襲いかかってきた。
くそ……一対一なら……。
俺は金髪の瞳を見つめた。
うっすら赤みがかったオレンジ色。
ずいぶん整った顔立ち……。
あれ?
女?
いや、それより……。
動きが、読めない。瞳を見つめても。
何で?
「いてっ!」
慌てて両腕で跳び蹴りを受け止めた。
「この……!」
もう頭にきた、初日からなんだってんだ!
ぶっとばしてやる!
***
「あそこで喧嘩してるの……新入生なんじゃないか?」
「……ええ……そうみたい……ちょっと止めてきますね、スザク先生」
ふわふわとした素材のワンピースと長い栗色の髪を翻し、ララが寄宿舎の玄関先に出て行った。
新入生たち、綺麗で、とびきり怖い先生が行ったから、早く気づいた方がいいぞ。
ああ、ほら、ララが声をかけてるじゃないか。
早く気付けってば。
優しい顔してるうちに。
あ、怒った。
「落下する電撃!」
寄宿舎の庭先に、文字通り、雷が落ちた。
泥だらけの男子と、金髪の女子が庭先で倒れている。こころなしか、やや焦げているような。
腕組みをしたララが、何か説教をしているのが聞こえた。
部屋の中までぴりぴりと、電撃の余波を感じた。
あの二人、生きてるかな……。
説教、聞こえてないと思うけどな……。
第一部はこれでおしまいです、次から第二部になり、少し騒がしくなる予定でーす)
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