5 公的案件と世界一酸っぱい木の実
「やっぱり、あの黒男の仲間なんじゃねーの?」
珍しそうに、マルカンティアの首都、ソレイユの繁華街を眺めているキリンに声をかける。
「うーん……でもあれの仲間だったら、もっと別のやり方をするんじゃないかな……それに……」
キリンは買い出しのメモに目を落としながら続ける。
「今回のやり方だと、全員死んじゃう可能性があったでしょ。あいつは、私のことは、少なくとも殺さないつもりみたいだから……」
ああ、そう言えば。
俺を含めた4人はともかく、キリンのことは殺さないみたいなこと言ってたな、あいつ。
「ま、とりあえず、帰ってからみんなともう一度考えるとして、まずは買い物しましょ。珍しいものがたくさんあるわ!」
キリンが笑う。
何か楽しそうだな。
でも、まぁ確かに。
夕闇を押し返すように、あちこちに一斉に街灯が灯り始めたソレイユの街は、ちょっとしたお祭りのようだった。
黄色、オレンジ、赤といった暖色系の輝きに包まれ、鮮やかな色の果物や、鳥の香ばしい串焼き、ブイヨンやスパイスを煮込んだスープの香りが路上の露天店や少し洒落たレストランの間から漂って、空きっ腹を刺激する。
その美しい明かりと行き交う人々の活気を見てるだけで、気持ちが高まってくる。
「根菜と豆、あー、久しぶりに新鮮なお肉! あ、何かあの果物のジュースとか、美味しそうじゃない?!」
新人警邏官は、2年間の各国研修が義務づけられている。この期間に、アレステリア国を除く6つの国のうち、最低3つの国の地域警邏官部隊に行き、それぞれで難度3以上の「公的案件」(レ・パブリカ)をこなすこと。それが2年後の資格更新の条件。これを達成しないと、最悪、警邏官資格が剥奪される。
逆に、それさえこなせば、後は何をしても自由。
ただ、キリンの場合は、これに加えて、ユリウス管理官から課せられた課題がある。
2年後の、資格更新の時までに、出身地を訴明する情報を提出すること。
キリンは、東端の国、スクトゥムティア(盾の国)の出身だ。
それは、間違いない。
俺の、「見分ける力」が、正しい記憶だと告げている。
問題は、それをどう証明するか。
キリンと話した結論は、スクトゥムティアの、キリンの家に行くこと、だった。
そこに行けば、キリンがそこにいた、という記録や証拠が見つけられるはず。
ついでに、スクトゥムティアの手前には、スパナが行きたいヘルバスティア(薬の国)、ドレイクが興味を持つエクエスティア(騎士の国)、ソラが調べ物をしたいスコラスティア(科学の国)がある。
ただ、ララ先生に聞いた話では、東に行くほど、「公的案件」の難易度も増す傾向にあるそうだ。
なので、基本的に新人警邏官は、とりあえず、マルカンティアの地域警邏官部隊で、ちょうど難易度3くらいの案件に従事して、練習するのが王道だとか。
ただ、俺たちはそれぞれの理由で、単に案件をこなす以上の成果を望んでいた。
難易度が高い案件や、「指名手配」を生け捕りにした場合、「評価点」が加算される。
1年間の評価点の合計が高いほど、高位の警邏官に昇進できる。
高位になればなるほど、権限が高まる。高位の警邏官だけが知ることのできる情報、読むことのできる文献、出ることのできる会議、利用できる武器や道具、参加することのできる高難度「公的案件」……その恩恵は計り知れない。
そして、俺の兄、「国家大罪人指名手配」ハル・インバクタスの捕縛は、超高難度「公的案件」。
つまり、今の俺には参加することすらできないってこと。
王都の、ハル追跡班は、色々な情報を集めてるらしいが……。
キリンが俺の遠征仕様警邏官服の袖を引っ張る。
本来の警邏官服より青色が抑え目で、茶色・黒っぽい生地。デザインはあんまり変わらないけど、何となくどこの街でも不思議と目立たない。
「この鶏肉! 今日はこれ買ってってシチュー作ろう! それと、クレアの実も買ってジュースにするの!」
「まだ資金も限りがあるからさぁ……、あんま遣い過ぎないようにしないと……」
「もー! まったく。ちゃんとソラと管理してるから大丈夫! せっかくマルカンティアの首都に無事に到着できたのよ! ちょっとくらい楽しまないと! それに、これから「公的案件」こなしたら、いっぱい資金も入ってくるでしょ?」
俺を睨んで膨れたような顔をしたと思ったら、最後は満面の笑み。
街灯の鮮やかな暖色の光に照らされて、キリンの赤みを帯びたオレンジ色の瞳が、深く鮮やかに輝く。
王都で俺が黒男に殺されかけて……目を覚ましたときの大きく見開いた瞳の記憶と重なって、俺は少し落ち着かない気持ちになった。
それは、凄く美しかった。
「ん? 何? 何か変?」
キリンが髪の毛やら警邏官服の襟やらをパタパタと触る。
「いや、何でもない。じゃ、買い物をすませようぜ」
何だか気恥ずかしくなって、俺はすたすたと露店の人だかりの方に向かって歩き出す。
ーまったく、コテツも何を考えてるんだかー
そんなことを言いながら、踊るような足取りで俺を追い越し、人混みをすり抜けていくキリンを、目で追った。
そう、踊るような、軽やかな。
優雅な動きは、見る人が見れば気付くはず。
生まれ、育ちの違いを感じる。しなやかな、でも凛とした動き。
スクトゥムティアの王族の娘。そして、その身分を家族ごと、あの黒男に盗まれた少女。
俺はこの、正真正銘のお姫様を、ちゃんとスクトゥムティアまで連れて行かないといけない。
それは、警邏官試験を通じて支え続けてくれた、キリンにできる、恩返し。
「コテツ、ほら、口開けて!」
「は?」
「ほりゃっ」
少し離れたところから、キリンが何かを投げる。
天才的な射撃、的当ての技術を持つキリンが投げた物は、一瞬で俺の口に収まる。
何かが、舌の上を転がる。
その瞬間。
「!!!!!!!!!!!!」
目の前がまっ黄色になった?!
すっっっっぱい!!
「それ、世界一酸っぱい木の実「ナニャの実」だって! 試食サービスだってよ!」
「なっ……何すんだ!!」
キリンがけたけた笑いながら、人混みに逃げていく。
……くそっ!
そういや、あいつにはもう、最初に出会った時から、蹴られるわ、噛みつかれるわ……!
前言撤回だ! 何が恩返しだ! どこがお姫様だ!
後で何かやりかえしてやる!




