3 隊長の憂鬱
「いやー。いきなり、新人警邏官5人全滅かと思ったよ。王都に怒られまくるところだったなぁ。とはいえ、君たち、すごいねぇ。良くあそこまで持ってきたよ。普通の新人なら、死んでたね。絶対死んでた」
あっはっはっは。
マルカンティア地域警邏官部隊隊長室は、広い。警邏官学校のララ先生やスザク先生の教官室の数倍はある。校長室と同じくらいだろうか。
確かに、警邏官の階級としても、校長と同等程度だったような。
装飾の施された大きな窓、上質な木材で作られ、磨き上げられた執務机、その上には「未決」「既決」の箱が置かれ、整然と書類が積み上げられている。
その机の後ろ、油絵で描かれたマルカンティア国とアレストリア国の地図を背に、艶やかな黒皮張りの椅子に座る男性は、すごく明るい笑い声で「死んでた」を連呼する。
上級職警邏官服に身を包んだ、スラリとした細身の男性、ゼスト・フォン・クレイモア。
マルカンティア地域警邏官部隊隊長。
年齢は、ララ先生やスザク先生より結構上だと思う。
温厚そうな笑顔だが、尖った顎と切れ長の緑味がかった茶色い目は、鋭さや激しさを潜ませていた。
まぁ、上級警邏官なんて、みんな油断ならないわよね。
あのララ先生だって、能力全開の時は悪魔か化け物みたいだったし……。
ああ、そんなこと言ったら怒られるな。
「何でもっと早く助けてくれなかったんですか? 本当に死ぬとこでしたよ……」
不満そうな顔のコテツ。
そう、私たちは、ゼスト本部長の能力で救われた。
重くする力の逆向き使用。
飛行艇全体を軽くして持ち上げ、崖への落下を防いだ。
あんな巨大な物体を、手で持てるレベルまで軽くして、持ち上げるなんて。
アレステリア本国以外の「七繋ぎの国々」に配置されている警邏官「隊長」6名は、格付けとしては「教師」より上。
ララ先生達より上位の警邏官って初めて会うけど、やっぱり化け物だな。
「さすがにあんな高いところだと、力が届かないからさ。落下地点を予測して海の上で待ってたのさ。そしたら、持ち直して陸地まで飛ぶもんだから。たどり着くのに時間がかかったのさ。何、誰か飛行艇の操縦したことでもあったの? でたらめに操縦して上手く行った?」
「コテツが体勢を立て直したんですよ」
コテツは「それは良いから。」みたいなことをぼそっと言ったけど、どうせ状況は報告しなくちゃいけないんだから、話しておこうと思った。
「ああ、君がコテツ・インバクタスか」
ぞくり。
何?
一瞬、ゼスト隊長の目が、ひどく冷たい光を放ったように見えた。
「君も、重くする力? それで浮かび上がらせたの?」
「いや、違います。自分は重くする力じゃありません」
「じゃあ、どうやって」
「計器やレバーの動かし方が直感的に分かったんで、操作しただけです」
「直感的? それが君のノード? 聞いたことがない類の能力だが」
「……ユリウス管理官とも話したのですが……。「見分ける力」と。何か、その状況でどうしたら良いか、何となく見えるんですよね」
「「見分ける力」? 外れた力か? 聞いたことないが……」
「それに、俺の力だけじゃないです。キリンがぶっ放した空気弾と、スパナとソラが作った柔らかい液体のおかげ……」
「それを、このドレイクが!ドレイク・アルウベスタが「速く動く力」(ケレリタス)で、絶妙なタイミングで船体の下に撒いたのです」
急に胸を張って話し始めたドレイク君にも、ゼスト隊長は笑顔のまま。
さすがは隊長格。
「空気弾……「閉じこめる力」か。こりゃまた。いわくつきの……。後は、速く動く力、調合・分析する力、痺れさせる力、か。へぇ。面白いメンバーだな。「外れた力」が二人に、標準能力三人。みんなバラバラ」
「王都から、私たちの情報は来てないんですか?」
「こないだ届いたみたいだけど、まだ本部内でぐるぐる回って、私の所までたどり着いてなくてね。ま、どうせ会うから良いかなと思ってたんだけど」
ゼスト隊長がじろりと、私たち5人を見回す。
「例年になく興味が湧いたから、後でちゃんと見ておくよ。5年前、自分が赴任する前の話だが、ここにたどり着く前に賞金首に殺されちゃった新人もいてね。またそんなパターンかと思ったら。良く持ちこたえたよ、ほんと」
すごくさわやかな笑顔と、話の内容が合わないなぁ。
この人苦手だ……。
「……ん。5年前。そうか、5年経ったか。そうしたら、君たちの担任教師は……ララやスザクか」
「あ、そうです」
ゼスト隊長の目が鋭さを増したように見えた。
「ハルまで続く、祝福の世代か、忌々しい」
ぼそっと呟いたのが聞こえた。
……忌々しい?
「改めて、歓迎するよ。新人警邏官諸君。マルカンティア警邏官本部へようこそ」
口元に満面の笑みを浮かべたまま、両手を広げたゼスト隊長の目元は、やっぱり笑ってなかった。
「さて、まずは君たちを狙っている犯人の捜査計画からはじめようか。飛行艇の船長に毒を盛った犯人の、ね」
え?
どういうこと?




