2 崖
「キリン!」
「うん!」
俺は左手に力を込めて、キリンから流れ込むイメージのままに、空気を折り畳んでいく。厚く、堅く、何十にも、何百にも。
限界まで圧縮した弾を、キリンの右手に渡す。 渡した瞬間。
操縦席の中のいくつかの計器やレバーが光って見えた。
見分ける力?
「キリン、キリンの右足のレバーを引くと、通気口が開く。そこから下を狙える」
「……そんなことも見えるの?」
「まぁ、な」
目の前のいくつかの計器の下に付けられたボタンのうち、3つが光る。
それをパチパチパチと順番に押し込む。
船体のどこかで、ガコンという音とともに振動が伝わる。少しだけ、落下の速度も角度も緩やかになった様に感じる。
翼の向きが変わったんだと、直感が告げる。
操縦桿を全力で手前に引くと、明らかに船体の角度が水平に近づいて行くのが分かる。
落下は続いている。
だが、頭から地面や海に突っ込むのでなければ。受け身と一緒で、上手く船体の衝撃を分散させられれば。
「コテツ君!」
背中の方から、ソラの声が響く。
「スパナ君が、何かすごい柔らかい液体作った!」
柔らかい液体……なんじゃそりゃ……。
!
俺は左の視界に光ったスイッチを押す。
船体の後ろの方で何かが開いた音がする。
「もうすぐ下に……地面に落ちる! その直前に、地面にそれを撒いてくれ! 今、船の後ろの方のでかい通気穴を開けたから! そこから!」
「撒けば良いんだな?!」
ドレイクの声。
あいつのスピードなら間に合う。
あいつの速く動く力なら。
お釣りがくるさ。
「20秒後だ!ドレイク!」
操縦桿を全力で引きながら叫ぶ。
「18秒後に、私が撃つわ!」
キリンは警邏官服の腰のベルトに捕縄を結わえ、もう片方の捕縄の先を操縦席に結び、身体を固定した。
右手の人差し指を、細い通気口に伸ばす。
「ああ、そのタイミングだ!」
眼下に広がるのは、多分、商人の国マルカンティアの西の端の方、特有の背の低い森林地帯。出発した港からそんなに離れていない場所だ。
この辺の木々は弓矢の原料に良く用いられる、柔軟でよくしなる細い木が多い。
悪くない。
「キリン!!」
「破弾!」
キリンが弾をぶっ放す。
一瞬静まりかえった森林。
次の瞬間、凄まじい風圧がしなやかな細い木々を津波の様になぎ倒していく。その風圧が、刹那、船体を持ち上げる感触が、操縦桿から伝わる。
20秒。
「キリン!みんな! 頭を下げて体を固定しろ!」
ドレイクは聞こえないだろうけど……あいつは何とかするだろう。
凄まじい轟音と、激震。
船体が粉々になるような激しく細かい揺れに、下を噛まないよう、身体を丸める。
多分、ほんの数秒間。だが、永遠にも感じられるようなその揺れが、収まった時。
俺の目の前に広がっていたのは、ぽっかりと、黒々とした底の見えない崖だった。
「な……」
一度止まった船体が、ゆっくりと傾いていく。 崖の端で止まった船体が、その重みでゆっくりと。
「……うそ……だろ……」
何か…方法は…。
かなりの力を消費したキリンは、苦しそうに息をしながら、それでも、ベルトの捕縄を外そうとしている。
そうだ。何とか脱出を。
脱出するんだ。
俺がキリンの捕縄に手を伸ばした、その時。
船体が、ふわりと浮いた。
そんな風に、その時の俺には感じられた。




