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アレステリア国物語  作者: 鳩峰浦
第一章
61/64

61 童話


 ……いや、俺はもちろん安静にしますけど……。

 実際、体は重くてあちこち痛いし……。


 ララ先生とソラが出て行くと、キリンと目があった。

 

 「何よ!」

 

 キリンはそっぽを向いて、薬湯をすする。


 「な……何も言ってねぇ……!」

 そう言うと、俺の腹が鳴った。


 「キリンの寝言で、腹が減った。」


 キリンが薬湯を噴出し、見る見る真っ赤になる。


 「私、何て、言ってた?!」


 な、何を焦ってるんだ?本当に忙しい奴だな……。

 薬湯もったいない……。

 まぁ寝言は恥ずかしいか。余計なこと言っちまったな……。

 「シチュー、パンって言ってたぞ。ご飯食べてたんだろ?」

 キリンの瞳が吊り上がる。

 「私が?! 違う! 違う違う!」

 げ、怒り出した。

 「な、何だよ、じゃあどういう夢を……」

 「い、言えって言うの?」

 「言いたくなけりゃ、言わなくて良いけど……」

 キリンは顔を赤くしたまま俯いている。


 静かになってしまった。


 ほんの少しだけ開けてある、看護室の窓から、涼しげな風が入り、カーテンを揺らした。


 「コテツが」


 ぼそっとキリンが話し始める。

 「コテツが! 動けないコテツが! シチューとパンを食べたいって言うから、作って食べさせてたの! 私が食べてたんじゃないの!」

 

 むすっとした顔のキリンに。

 ふわりと浮いたカーテンから、昼下がりの、少しオレンジがかった光がこぼれて。

 

 俺は少し見とれてしまった。


 「そ、そんなにじっと見ないでよ! 疑ってんの? 本当だから!! 私が食べてたんじゃないから!」

 「あ、いや……」

 「で、結局! シチューとパンで良いの?!」

 「あ……うん……」


 「じゃ! 用意して来るから!」


 キリンは、パタパタと足音を立てて看護室を出て行った。 

 

***


 本当は、少し違う。

 少し違う夢だったけど。

 何であんな夢を見るかな。


 ああもう、まったくもう。


 私は、二人分のシチューとパンを受け取って、コテツの待っている看護室に向かった。


 ララ先生も、変なことばっかり言うし……。

 でも、ララ先生の目を見ると、何か懐かしくなってほわっとするから、怒れないなぁ。

 

 ***


 私は、ユリウスと二人で王都の奥の書庫に向かっていた。


 「王都の歴史でも、三本の指に入る大事件ですよ。本部内に進入者を許し、アリアステルとハルモニア、おまけにララと、これだけの戦力を用意して怪我人を出すなどと。次官に相当謝りました。特に「雷神」さんの雷は相変わらず絶不調だったのは、最悪でした」


 にこにこししつつ、内心穏やかじゃないのが丸出し。


 「あの黒男、「ノード」を抑制する力を持っていました」


 「報告書の、黒い煙のことですね。教師級3人とも、本来の5分の1程度のところまで力を削がれてしまった、と。とはいえ、それでも本来のララの電撃なら、破壊できたと思いますが……? 相変わらず、力は戻らないんですね」


 「それは、まぁ、すみません」


 ユリウス……管理官がためいきをついた。


 「あのゴーレムを操っていた者がいます」

 管理官は、後ろを振り向かずに話し続ける。

 管理官の部屋の奥。


 「警邏官達の本棚」の一角に触れると、本棚が回転し、地下へと向かう階段が現れた。

 「あれから、色々なことを調べたのです。あのゴーレムの組成も含めて」

 階段は、管理官が一歩進むたび、少しずつ両脇の明かりが灯っていく。


 「キリンさんは、ミリアム卿経由の身辺調査で、スクトゥムティアの孤児、として記録されています。そして、キリンさんから飛び出した黒い影は、明らかに呪いの類だった。彼女が、何らかの呪いをかけられていた。彼女の存在を脅かすような。さらには「警邏官の本」にまで干渉するような」


 管理官が、足を止めて振り返った。

 「ここが、一番大事なのです。「警邏官の本」に干渉するなど。それは、この世界の理に干渉していると言っても過言ではない」


 管理官の目は、ずっと昔から変わらない。

 透き通ったような、遠くを見透かしているような。


 「小さい頃に、読み聞かせをしてもらった、絵本を覚えてますか?」

 「小さい頃?」

 「嘘をつくと盗人になる話です」


 管理官は、わざと、私に背を向けた。

 「覚えてますよ。だって……」


 それは。

 私たちのお母さんが。

 私たちに、繰り返し読み聞かせてくれた話じゃないですか。


 ねぇ、兄さん。


 私は、そう口走りそうになるのを、必死でこらえた。

 どうせ、良い顔をしないから。


 「あの話。子育てのために、大人が作った話だと思っていました」


 管理官は、また、進み始める。

 唐突に、階段は終わりを迎え、急に開けた明るい空間が広がった。

 真っ白な空間。


 壁がうっすらと青白く光っていて、方向感覚や、距離感がなくなる。

 その真ん中に、ぽつんと本棚があった。

 何冊かの本が、そこには納められていた。

 スタスタと、管理官はその本棚に近づくと、一冊の古ぼけた本を手に取った。


 「でも、違ったんです。あれは」

 管理官は、その本を開いて、その本を読み始めた。


 声に出して。

 そして、それは、私がよく知っている、昔、母さんが、私と、管理官を寝かしつけながら、話してくれた昔話。

 それと、一言一句、同じ。


 「分かりますか? あの人は、この本を、暗記していた」

 ……。


 「……一つだけ」

 「何ですか?」

 「あの人、って言うのだけは、止めない?」

 「あなたの母親、で良いですか?」

 「私たちの母親、でしょう?」

 

 兄は、本をぱたんと閉じた。


 「今、ララと喧嘩をしてる時間はない」

 

 私はため息をついた。

 お母さんの記憶をなぞりながら。


 「どろぼうは、うそをつきました。たくさんたくさん嘘をつきました。みんながそれを信じるたびに、どろぼうはそれを栄養にして、どんどん大きくなりました。うそがほんとを塗り替えて、みんな、じぶんを忘れてしまいました」


 「でも。」

 わたしは言った。


 「やっぱりうそはうそ。それに気づいた、青い目の子供が言いました。「あれはうそだよ。」「あのひと、うそをついてるよ」


 「はじめは誰もその子のことを信じませんでした」


 「それでも、その子はほんとうのことを言い続けました。なんどもなんども、繰り返しました」

 「ついに、あるとき、そのこのおかげで、自分のことを思い出した人がいました」


 「どうしてわかったの。とその人は言いました」

 「だってほんとうじゃないんだもの。と、その子は言いました」


 「そのとき、きらきらとした光が、その人を包み込み、明るく照らし出したので」


 「どろぼうのうそは、みんなばれてしまい」 

「「どろぼうは遠くに、逃げていったのでした。」」


 管理官と私は、目を合わせた。


 同じ、薄紫色の瞳を。お母さんと同じ、穏やかな色をした、薄紫色の。


 「なぜ、あの人が、こんな場所にある本の中身を、全て知っていたのか、あるいは、この本とは別に、この話を知ったのか、それはこれから調べてみます。しかし……」


 多分、私たちは同じことを考えている。


 「奇妙だと思いませんか? あれほど、繰り返し聞かされた話を、私たちは、今日の今日まで、ろくに思い出しもしなかった。こんなにも、この話と似たことが目の前に起きているのに」


 コテツ君とキリンさん。


 「これが、ある種の強力な魔法や呪術によるものだとすれば、説明がつきます。たとえば、超長距離からの、強力なゴーレムの遠隔操作ができる、など」


 「物語の形に、事実を隠したということ?」 

 「可能性があります。そして」


 管理官は、もう一度、その本を手に取った。


 「この本には、あの人が語った話の、続きが書かれているのです」


 「続き?」

読んでいただいてありがとうございます!

もしよければ評価★★★★★・ブクマ、感想等いただけたらとっても嬉しいです!


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