61 童話
……いや、俺はもちろん安静にしますけど……。
実際、体は重くてあちこち痛いし……。
ララ先生とソラが出て行くと、キリンと目があった。
「何よ!」
キリンはそっぽを向いて、薬湯をすする。
「な……何も言ってねぇ……!」
そう言うと、俺の腹が鳴った。
「キリンの寝言で、腹が減った。」
キリンが薬湯を噴出し、見る見る真っ赤になる。
「私、何て、言ってた?!」
な、何を焦ってるんだ?本当に忙しい奴だな……。
薬湯もったいない……。
まぁ寝言は恥ずかしいか。余計なこと言っちまったな……。
「シチュー、パンって言ってたぞ。ご飯食べてたんだろ?」
キリンの瞳が吊り上がる。
「私が?! 違う! 違う違う!」
げ、怒り出した。
「な、何だよ、じゃあどういう夢を……」
「い、言えって言うの?」
「言いたくなけりゃ、言わなくて良いけど……」
キリンは顔を赤くしたまま俯いている。
静かになってしまった。
ほんの少しだけ開けてある、看護室の窓から、涼しげな風が入り、カーテンを揺らした。
「コテツが」
ぼそっとキリンが話し始める。
「コテツが! 動けないコテツが! シチューとパンを食べたいって言うから、作って食べさせてたの! 私が食べてたんじゃないの!」
むすっとした顔のキリンに。
ふわりと浮いたカーテンから、昼下がりの、少しオレンジがかった光がこぼれて。
俺は少し見とれてしまった。
「そ、そんなにじっと見ないでよ! 疑ってんの? 本当だから!! 私が食べてたんじゃないから!」
「あ、いや……」
「で、結局! シチューとパンで良いの?!」
「あ……うん……」
「じゃ! 用意して来るから!」
キリンは、パタパタと足音を立てて看護室を出て行った。
***
本当は、少し違う。
少し違う夢だったけど。
何であんな夢を見るかな。
ああもう、まったくもう。
私は、二人分のシチューとパンを受け取って、コテツの待っている看護室に向かった。
ララ先生も、変なことばっかり言うし……。
でも、ララ先生の目を見ると、何か懐かしくなってほわっとするから、怒れないなぁ。
***
私は、ユリウスと二人で王都の奥の書庫に向かっていた。
「王都の歴史でも、三本の指に入る大事件ですよ。本部内に進入者を許し、アリアステルとハルモニア、おまけにララと、これだけの戦力を用意して怪我人を出すなどと。次官に相当謝りました。特に「雷神」さんの雷は相変わらず絶不調だったのは、最悪でした」
にこにこししつつ、内心穏やかじゃないのが丸出し。
「あの黒男、「ノード」を抑制する力を持っていました」
「報告書の、黒い煙のことですね。教師級3人とも、本来の5分の1程度のところまで力を削がれてしまった、と。とはいえ、それでも本来のララの電撃なら、破壊できたと思いますが……? 相変わらず、力は戻らないんですね」
「それは、まぁ、すみません」
ユリウス……管理官がためいきをついた。
「あのゴーレムを操っていた者がいます」
管理官は、後ろを振り向かずに話し続ける。
管理官の部屋の奥。
「警邏官達の本棚」の一角に触れると、本棚が回転し、地下へと向かう階段が現れた。
「あれから、色々なことを調べたのです。あのゴーレムの組成も含めて」
階段は、管理官が一歩進むたび、少しずつ両脇の明かりが灯っていく。
「キリンさんは、ミリアム卿経由の身辺調査で、スクトゥムティアの孤児、として記録されています。そして、キリンさんから飛び出した黒い影は、明らかに呪いの類だった。彼女が、何らかの呪いをかけられていた。彼女の存在を脅かすような。さらには「警邏官の本」にまで干渉するような」
管理官が、足を止めて振り返った。
「ここが、一番大事なのです。「警邏官の本」に干渉するなど。それは、この世界の理に干渉していると言っても過言ではない」
管理官の目は、ずっと昔から変わらない。
透き通ったような、遠くを見透かしているような。
「小さい頃に、読み聞かせをしてもらった、絵本を覚えてますか?」
「小さい頃?」
「嘘をつくと盗人になる話です」
管理官は、わざと、私に背を向けた。
「覚えてますよ。だって……」
それは。
私たちのお母さんが。
私たちに、繰り返し読み聞かせてくれた話じゃないですか。
ねぇ、兄さん。
私は、そう口走りそうになるのを、必死でこらえた。
どうせ、良い顔をしないから。
「あの話。子育てのために、大人が作った話だと思っていました」
管理官は、また、進み始める。
唐突に、階段は終わりを迎え、急に開けた明るい空間が広がった。
真っ白な空間。
壁がうっすらと青白く光っていて、方向感覚や、距離感がなくなる。
その真ん中に、ぽつんと本棚があった。
何冊かの本が、そこには納められていた。
スタスタと、管理官はその本棚に近づくと、一冊の古ぼけた本を手に取った。
「でも、違ったんです。あれは」
管理官は、その本を開いて、その本を読み始めた。
声に出して。
そして、それは、私がよく知っている、昔、母さんが、私と、管理官を寝かしつけながら、話してくれた昔話。
それと、一言一句、同じ。
「分かりますか? あの人は、この本を、暗記していた」
……。
「……一つだけ」
「何ですか?」
「あの人、って言うのだけは、止めない?」
「あなたの母親、で良いですか?」
「私たちの母親、でしょう?」
兄は、本をぱたんと閉じた。
「今、ララと喧嘩をしてる時間はない」
私はため息をついた。
お母さんの記憶をなぞりながら。
「どろぼうは、うそをつきました。たくさんたくさん嘘をつきました。みんながそれを信じるたびに、どろぼうはそれを栄養にして、どんどん大きくなりました。うそがほんとを塗り替えて、みんな、じぶんを忘れてしまいました」
「でも。」
わたしは言った。
「やっぱりうそはうそ。それに気づいた、青い目の子供が言いました。「あれはうそだよ。」「あのひと、うそをついてるよ」
「はじめは誰もその子のことを信じませんでした」
「それでも、その子はほんとうのことを言い続けました。なんどもなんども、繰り返しました」
「ついに、あるとき、そのこのおかげで、自分のことを思い出した人がいました」
「どうしてわかったの。とその人は言いました」
「だってほんとうじゃないんだもの。と、その子は言いました」
「そのとき、きらきらとした光が、その人を包み込み、明るく照らし出したので」
「どろぼうのうそは、みんなばれてしまい」
「「どろぼうは遠くに、逃げていったのでした。」」
管理官と私は、目を合わせた。
同じ、薄紫色の瞳を。お母さんと同じ、穏やかな色をした、薄紫色の。
「なぜ、あの人が、こんな場所にある本の中身を、全て知っていたのか、あるいは、この本とは別に、この話を知ったのか、それはこれから調べてみます。しかし……」
多分、私たちは同じことを考えている。
「奇妙だと思いませんか? あれほど、繰り返し聞かされた話を、私たちは、今日の今日まで、ろくに思い出しもしなかった。こんなにも、この話と似たことが目の前に起きているのに」
コテツ君とキリンさん。
「これが、ある種の強力な魔法や呪術によるものだとすれば、説明がつきます。たとえば、超長距離からの、強力なゴーレムの遠隔操作ができる、など」
「物語の形に、事実を隠したということ?」
「可能性があります。そして」
管理官は、もう一度、その本を手に取った。
「この本には、あの人が語った話の、続きが書かれているのです」
「続き?」
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