5 ケレリタス(♣︎)
私が叫んだ瞬間。
ワイバーンが地面に叩きつけられた。
「遅くなりました、ミリアム卿」
ワイバーンの背中に、濃紺の衣服を着たすらりとした男性が立っていた。
「……老体に、能力を使わせた罪は、重いわよ。アリアステル」
「どうか、中央には内密に。妻がもう少し、このあたりで生活したいと言ってますので」
アリアステルと呼ばれた男性が、腰のあたりに巻いて畳んでいた灰色の太めの紐を鞭のように振るい、もう片方の手でパチンと指を鳴らすと、紐が生き物のようにワイバーンに巻き付き、羽根と両腕、両足をグルグルと巻き付け、その身の自由を奪った。
「こんな長い捕縛紐、この地方じゃないと使わないですよね。まぁ、貴重なワイバーンです、ちょっと猟師と相談しますよ」
***
砂糖を混ぜた暖かいミルクが、体中の緊張をほぐしていく。
「アレステリアの警邏官の能力を見るのは、初めてよね」
私は、ミリアムに、こくりと頷いた。
「ミリアムも……警邏官なの?」
あの、信じられない早さの動き、ワイバーンをのけぞらせた力。
「昔ね。でも、ごらんの通り、そうね、今の私は、もう乾いた井戸のようなもの。ほんの少し力を使っただけで、身体が動かなくなってしまうの。何でも、無尽蔵ってわけにはいかないのよね。もう私は、向こう一週間は、何も力を使えないわ」
ふふ、とミリアムは笑った。
「ちゃんとした警邏官は、凄いでしょう。アリアステルは、事情があってこの地域の警護任務をしているけど、本来は中央にいるはずの、上級警邏官だから」
そう、凄かった。
あんな怪物を、まるで、赤子の手をひねるかのように。一瞬で。
その姿には、何の恐れも不安もなかった。慢心でも、油断でもなく、ただ、圧倒的に、あの状況を解決できる確信が漂っていた。
私とは、全く違う。
漠然とした不安と恐怖に、ずっと怯えている。
「私も、あんな風に……」
そうだ、ミリアムも警邏官だった。
女性でも。
「ミリアムは、本当は強かったんでしょ?」
「現役のときは、今のアリアステルよりは、ね」
私の心に、光が灯った気がした。
「……どうすれば……警邏官になれるの?」
何故だか、ミリアムは、私のその言葉を待っていた気がした。
「警邏官は、アレステリアの血筋が流れている人間しか、なれないわ」
明るくなった視界が暗くなった。私はアレステリア人じゃ……。
「だから、あなたには、可能性がある。アレステリアの血を引く、あなたなら」
耳を疑った。
「私は、スクトゥムティア人で……」
「アレステリアの血筋は、世界中に散らばっているわ。それは、どこの国の血筋も同じだけど。あなたの瞳の色、それはアレステリア人の固有色の一つよ。そして……あなたは、「速く動く力」が使えた」
「「速く動く力」?」
「私と手を繋いで、速く動けたでしょう? 警邏官は、アレステリア人に能力を共有できるの。接触している時だけ、ね」
ミリアムが微笑んだ。
ミリアムと繋いだ手が、凄く暖かく感じて。
何故だか、涙が出てきた。
私は、一人じゃない。
「冬の終わりに、警邏官学校の試験があるわ。試験は、9歳の年にしか受けられない。それと……」
ミリアムの顔が、厳しさを増した。
「警邏官学校は、卒業できずに、死ぬこともあるわ。それでも、あなたは、その道を進む?」
そんなの。
目に見えない何かに怯えて、いつか何もかも、すべての希望を失うことに比べたら。
あんな力があれば。
私に何が起きたのかだって。
そうだ、何でこんなことを思いつかなかったんだ。
いつから私はあきらめていたんだ。
調べればいい。全部、自分が、家族に降りかかったことを。
私たちの家族を壊した奴を。
捕まえればいい、自分の、力で。奪われた、本当の私を。
「取り戻す。絶対」
ミリアムが、私の頬に手を当てた。
「希望を、失わない子」
ミリアムが微笑んだ。
「試験に向けて、特訓をするわ。厳しいわよ、びっくりするほど。付いてこれるかしら?」
私はしっかりと頷いた。
***
「ミリアム卿」
「ええ、分かってる」
「異常行動。ワイバーンは、パン何て食べない。縄張りを犯さない限り、人を襲うなんて例はない」
「私を狙っていた。でも……」
本当の目的は、恐らく別。
でも、あの子なら。
どんな暗い闇であっても、あの瞳は、朝焼けの様に、照らす。
そんな気がする。
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