58 盗んだものを全部
うるさい! 黙れ!」
私は叫んだ。
ありったけの力で。
黒男が後ずさった。
「私はもう疑わない! 絶望しない! 私はキリン! 何度でも言うわ! 私は私! キリン・アリスティア・ノノ!」
ちっ。
と、舌打ちが聞こえた。
「じゃあ、やり方を変えよう。ここに解毒剤がある」
黒男は、右手に試験管のようなガラス瓶を取り出した。
中には黄色い液体が入っている。
「これを飲めば、その毒はすぐ中和されるよ。欲しいか?」
こいつ……何を……。
「交換条件だ。「私はキリン・アリスティア・ノノではありません」と、心の底から言ってごらん。心を込めて、丁寧に」
何をされているか、理解した。
催眠だ。
催眠をかけて、信じ込ませる。
嘘でも、本当だと。
そして、多分一度信じたら、もう戻れない。
「さあ、言ってごらん。ちゃんと、心を込めて」
こいつは……どこまで、……私を……。
私の存在を……踏みにじろうと……。
「じゃないと、死んじゃうよ? 君の、大切な、コテツ君。君のことを信じてくれる。君にとっては、彼の存在はそれだけじゃないんだろう? 淡い、可愛らしい感情だが……」
「うるさい! 黙れ!」
「これは失礼。余計なことを。さて、どうするのかな?」
試験管を、握りしめるような仕草。
やめて。
コテツ。
コテツがいなかったら、私はどうなっていただろう。
コテツを失うなんて。
「わたしは……」
黒男は私をじっと見つめていた。
その時、ぽん、と左肩を叩く感触があった。
「何を考えてんだ、お前は」
コテツが立ち上がって、私の隣に立っていた。
「泥棒の話なんて、聞く必要ねぇよ」
コテツが黒男を睨みつける。
「何をしたか、知らねぇが……。返しやがれ! キリンから盗んだもの、全部! ついでに、それもよこせ!」
黒男がため息をついた。
「駄目か……」
黒男は、ひょいと試験管を摘んだ。
「!」
そして、口を開けて飲み込んだ。
「その目はもう駄目だ。心が支えられてしまっている。「思いこませ」すらできない水準とは、残念だ。想定外。深刻な不良債権だ」
黒男が、ローブの中からドレイク君の刀を取り出して、構えた。
「キリン、君のことは殺せないけど。そうだな、こうなるとただただ、邪魔なだけだ。自由に動き回れないよう、この際、手足の自由を奪っていこうかな」
黒男がキリンに刀を向けたその時。
「!!」
視界が真っ白になった。
一局に超集中させた雷。
こんなことができるのは……。
「ララ先生!」
「ごめんね! 遅くなったわ!」
ふわふわの長い髪が、電流であちこちに逆立っている。
「……先生……これ、死んじゃったんじゃ……」
「それは、人間じゃないわ!」
「?!」
すさまじい電撃に打たれ、ローブからは煙が上がり、焦げた匂いが漂う。
ローブがぼろぼろと崩れ、そこから現れたのは人の肌ではなく、土や岩だった。
「ゴーレム……!」
電撃で黒こげになったローブの燃えカスがぱらぱらと落ちる。
「「迷い道」を抜けるとはね。いくら走ってもホールにたどり着けないよう……」
「高出力収束雷撃!」(テラ・トルニトス)
話途中のゴーレムに、容赦なく、馬鹿みたいな威力の電撃をたたき込む。
……ララ先生だけは、やっぱり怒らせないようにしよう。
俺は改めてそう誓った。
ゴーレムが膝をつく。
ララ先生が荒い息をついている。
「……頑丈過ぎるわ……」
「出力が低すぎるぞ?」
「調子悪いの? ララ?」
アリアステルとハルモニアさんが、姿を現したかと思った、その瞬間。
ゴーレムを挟み込むように、アリアステルとハルモニアさんが、凄まじい速度の蹴りをたたき込む。生身の人間が食らったら……。アリアステルの動きのキレも、俺たちを相手にした時とは全然違う。
どれだけ手加減していたのか。
「……!」
「こいつ……!」
アリアステルとハルモニアさんが、顔を強ばらせてゴーレムから離れる。
その瞬間、ザクリ、と、柔らかい土にスコップを深々と差し込んだような音がした。
ゴーレムの周りの床が、ぽっかりと穴を開けた。
「……何しやがった……」
「……削り取った……?」
ララ先生、アリアステル、ハルモニアさんが、ゴーレムを取り囲むように並ぶ。
「教師級の警邏官、3人を相手にするほどの力は持ってこなかったが」
ゴーレムは、もごもごと、石と土で作られたその口を動かす。
「良い機会だから、試してみようか」
ゴーレムの落ちくぼんだ真っ黒な目が、一瞬、赤く光った。
「「「!」」」
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