57 嘘と絶望
「コテツ!」
コテツがホールの壁の方まで吹き飛ばされ、壁際に置いてあった椅子とテーブルに突っ込み、ぐったりと床に倒れ込んだ。
私は、弾丸を作り始める。
ドレイク君がソラとスパナ君に目配せをする。
ドレイク君の速く動く力。
床に落ちていたコテツの小刀を拾い上げると、円を描くように回り込む。
「スパナ君!」
ソラもそれに合わせるように、ドレイク君と逆の方に回り込む。
黒男がため息をついた。
「何に刃向かっているのか、分かっているのか」
スパナ君が中空に液体の入った瓶を投げる。
スパナ君が私に示したハンドサインに従って、スリングショットで撃ち抜く。
瓶から煙が噴き出し、黒男の周囲だけを包み込む。
すごい、あんな物まで作れるの?
「キリンちゃん!」
「うん!」
さっきは、あのよく分からない黒い布に吸い込まれた。
でも、視界が奪われた状態で、別方向からなら!
「落下する電撃!」
「弾丸!」
私とソラが同時に、電撃と空気弾を叩き込む。
煙の中、それは確かに黒男の居る場所に着弾した。
それと同時に、加速したドレイク君が、煙の中の黒男を薙払うように小刀を振る。
「!」
小刀は、煙を素通りした。
「うっ!」
「きゃっ!」
スパナ君とソラが何かに弾き飛ばされた。
黒男は、ドレイク君の後ろに立っている。
「速く動く力……?!」
「違うよ」
黒男は、両手を組んで、ハンマーのようにドレイク君の背中に叩きつけた。
「ドレイク君!」
床に倒れ込んで、動かなくなるドレイク君。
「無駄な殺しは、悪影響があるから、しないよ」
音もなく、黒男がコテツの方に向かっていく。
「でも、この子だけは、邪魔だから」
まずい、まずい、まずい!
「止まれ!」
私は小刀を抜いて走り、黒男の背中に振り下ろす。
「!」
手応えもなく、すり抜け、私はバランスを失ってコテツの前でよろけ、何とか踏みとどまる。
振り向くと、黒男が腰に手を当てて立っていた。
「しかし、本当に、今回は不運だった」
私は、黒男を睨みつけた。
「……あんた……一体何なの……」
こいつが、私から、全部奪った奴。
間違いない。
何のために……どうしてこんなことを。
「どうせ、君の言うことは、そこの邪魔な奴しか信じてくれないから、教えてあげようか?」
黒男が、右腕を振った。
「!!」
コテツの左足に、太い針のようなものが刺さった。
「やや遅効性の猛毒だよ。後1時間くらいで死ぬ」
胃が、心臓が、体中の血管が凍り付いた様だった。
全てを鷲掴みにされたような、恐怖。
「君のことを本当の意味で信じてくれる人は、この世にいなくなるよ。キリン・アリスティア・ノノ」
ゆっくりと、黒男が近づいてくる。
「また、ひとりぼっちに逆戻りだ。残念だったね」
心の中に闇が広がる。
何度も、何度も感じてきた絶望。
それでも。
私は小刀を構えた。
「何のために戦う? もう、何をどうしようと、お前は、どこまで行っても一人だ」
私は、黒男を睨みつけた。
涙でにじむ。
「どうして……私から、大切なものを奪うの?! 私が何をしたっていうの?!」
「何もしてないさ」
黒男は即座に言い放った。
「君は、ちょうど良かっただけ。知っている人は少なくないけど、有名すぎるわけでもない。嘘でだますのにちょうど良いサイズだったんだよ」
「……ちょうど良い、サイズ……?」
何……何を言っているの?
「嘘で置き換えるにも、下準備が必要だから。物や記録、それから関わる人々の記憶。100人位で済んだ君は、うってつけだったんだ」
「何を……何を言っているの?!」
「タネ明かしだよ。もう一度絶望してもらおうと思って」
絶望……!
「この嘘は、自信作なんだ。だから、絶対大丈夫……のはずだったんだよ。君は、まもなく絶望して、嘘の一部になるはずだった」
嫌だ。
黒男の声が、心の中に入り込んでくる。
私の意識の中に、土足で。
嘘はね、栄養なんだ。
この世界が、嘘で満ちてくれれば。
それが全て養分になるから。
君が嘘を受け入れて。
嘘の方が本当だと信じてくれたらいい。
もう少しだったのにな。
でも、厄介な能力を持った奴が、たまたま君の側に現れてしまった。
君のことを疑わない能力。
君のことを、信じるだなんて。
迷惑な話さ。
だけど、もうすぐ、そいつは居なくなる。
死ぬから。
そしたら、君の言うことを信じる人はいなくなる。
みんな、表面的には合わせてくれても。
心の底から信じてくれる人なんていない。
だから君は独りぼっち。
辛いだろう?
抗うから辛いんだよ。
だから、止めたら?
抗うのを止めたら、楽になる。
さあ、あきらめよう。
楽になりたいだろう?
楽に……
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