56 それは、何か嫌なもの
「ああ……忌々しい……。まさか本当に、その力の持ち主か……」
なんと言えば良いのか。
嫌なもの。
関わりたくない、離れたい。
嫌悪感。
その声には、そんな陰湿さがあった。
外の通路に面した窓ガラスは、槍の貫通した部分が割れ、その周りに細かなひび割れが走っていた。
ガチャン、と鍵を掛けていたはずのホールの玄関扉が開いた。
俺は急いで立ち上がり、そいつに向かって身構えた。
夏の風が、ひどく重い湿り気を帯び、体中にまとわりつくようだった。
夏だというのに、フード付きの真っ黒なコートを着た、背の低い影が、ゆっくりとホールに入ってくる。
「ああ、本当に残念だ……。もう少しで完成だったのに……」
目深に被ったフードの影で、口元しか見えないが、黒い髭が生えている。それなりの年齢の男性なんだろう。
そして、そいつは、部屋の中にいる、キリン、ソラ、スパナ、ドレイクの誰にも目を向けてない。
俺、ただ一人に向けて、ゆっくりと移動している。
そう、移動しているのだ。
何の音も立てずに。
ただ、少しずつ、俺に近づいている。
「おい、止まれ!」
ドレイクが剣を構えて、フードの男に警告する。
「ドレイク! しゃがめ!」
「?!」
フードの男が、左手をドレイクに向けて振った。
「うおっ!」
カカカッと乾いた音が立て続けに響く。
身を屈めたドレイクの背中の壁に、針の様な物が3本刺さった。
「ああ……重ね重ね忌々しい……」
見える。
この男が、何をしようとしているのか。
「このっ!」
男の後ろに移動したキリンが空気弾を。
スパナが液体の入った瓶を。
ソラが電撃を。
3方向から同時に放つ。
「ああ……」
うめき声のような音を、フードの男が発する。
何か、黒い布のようなものを振ると、それは3人の放った、空気の塊を、液体の入った瓶を、電撃を。
全て、その中に包み込んだ。
男は布の四方を一瞬で縛り、腕にだらんとぶら下げた。
「…ひよっこの警邏官、か」
ぼそっとつぶやいた。
「嘘……」
目の前で起きたことに、誰もが理解を出来ずに立ち尽くしている。
俺はドレイクにサインを送った。
そして、小刀を取り出し、低い姿勢から男に向かって振り上げる。
男は音もなく俺の小刀をかわす。
その先に、ドレイクが凄まじい速度で刀を振り下ろす。
その軌道は、避けようがないはずだった。
しかし、ドレイクの刀は当たらなかった。
いや、当たるも何も、ドレイクは刀を持っていなかった。
「……!」
男がいつの間にか、空いていた左手でもう一枚黒い布を取り出し、それはドレイクの刀の形にくるまれていた。
まるで手品……。
だが。
狙いは変わらない。
俺は、見えている光に導かれるように、男の顔の辺りをかすめる軌道で小刀を振り回す。
「ヌゥっ!」
男がそれをかわしたその先。
俺の小刀は男の右手の黒い布を切り裂いた。
破けた布から、雷撃と怪しげな液体を取り込んだ空気の玉が、男に向かって吹き出す。
男は左手の、ドレイクの刀を包みこんだ黒い布を盾のようにかざして、後ずさった。
「……ああ、間違いなくその力……」
何だろう。
俺は、多分こいつと相性が良い。
上手く言えないが、こいつの裏をかける。
どうすれば、こいつを追いつめられるか、光が導いてくれる。
多分、俺は、こいつの天敵だ。
「お前さえいなければ、また一つ、嘘が完成していたのに」
その一言で、俺は悟った。
こいつだ。
「お前か……キリンに呪いを掛けたのは!」
「だとしたら?」
「一つ手間が省けたぜ!」
少し、涙目になったキリンが、フードの男に右手の人差し指を突き付ける。
「こいつが……!」
「キリン!」
キリンは一瞬、俺の目を見た。
「私を……私の家族を返せ!!」
キリンが、ありったけの力を込めて、空気弾を放った。
黒男の足下めがけて。
「!!」
自分の体めがけて撃たれたと思った黒男は、足下の床が破壊され、バランスを崩して倒れ込む。
死ぬほど憎いだろうに、キリンは冷静だった。
俺はよろけた黒男の懐に入り込む。
光に導かれるまま。
その鳩尾の辺りに渾身の力で掌底を撃ち込む。
入った。はずだった。
手応えがない。
俺は、黒男をすり抜けた。
「……調子に乗るなよ。ひよっこが」
いつの間にか俺の左側に移動していた黒男が体をひねり、裏拳を叩き込んでくる。
とっさにガードした左腕。警邏官服に仕込まれた小手にすさまじい衝撃が走り、脳が揺れ、目の前が真っ暗になった。
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