53 王都の夜景
蒸し暑さを追い払うような風が吹いた。
夏の夜の匂いがした。
俺は宿泊用に与えられた幹部用空き宿舎のテラスに出て、目下に広がる王都の明かりを眺めていた。
着替えも何も持ってきてなかったところ、アリアステルが研修生用の麻の寝間着を男子たちに貸してくれた。女子用が洗濯日でどうのこうのと言っていたが、別に男子用のを着ればいいんじゃ?と思ったが。
王都に来たのは初めてだった。
「こんなに綺麗な夜景なのね」
振り向いた先に、見慣れない、薄い水色のワンピースを着た少女が立っていた。
胸元のリボンや、足下に向けてゆったりとしたフリルがあしらわれて、夜の風にふわふわと揺れていて。
王都の、貴族か?
……いや、金色の髪の毛に、気の強そうな赤い瞳。
「何だ、キリンか」
「何だとは何よ」
「誰かと思った。どうしたんだ、それ?」
「じろじろ見ないでよ……どうせ似合わないわよ……」
キリンが俺を睨みつけながら、身を守るような仕草をして、ワンピースの裾がふわりと揺れた。
「似合わねぇなんて言ってねぇだろ」
「え?」
キリンが硬直した。
……。
「な、何だよ、黙るなよ……」
「あんたが変なこと言うからよ! どういう意味よ!」
何だよ一体……何を俺は言い間違えたんだ……こいつは本当にすぐカッとなって赤くなるよな。
「どういう意味も何も……似合わないとは思ってねぇってことだろ」
キリンが再び硬直して、俺を睨んでいる。
どういう状態なんだ?
「……似合うってこと?」
赤い顔を更に赤くして、俺を睨みつける。
……俺は一体どんな悪いことをしたんだ……誰か教えてくれ……。
とにかく、このままでは空気弾でもぶち込まれかねない。危険だ。さっきまでの、ささやかで穏やかな夏の夜は吹き飛んだ。
ここはもう警邏官の現場だ。
考えろ、コテツ。
必ず、正解はあるはずだ。
キリンは、似合うってことかどうかを聞いてきている。
おそらく、この答え方次第で、趨勢は定まるに違いない。
流れをよく読め。
俺は「似合わねぇなんて言ってねぇ」と言った。
そうしたら、変なことを言うなと言ってキレられた。
だから、それは正しくない答えだったんだろう。
俺の言葉を分解すれば、「似合わねぇ」と「なんて言ってねぇ」だ。
くっつけて変なことなら、分解したら正解か??
……いや「似合わねぇ」はどう考えても間違いだろ。
さすがにそれは分かる。
すると、「なんて言ってねぇ」の言い回しの問題じゃないのか?
そこが変だったんだ、きっと。
アリアステルと戦った時や、管理官の審問の時と同じくらい、すさまじいスピードで思考を巡らせ、キリンの瞳を見つめ返す。
……これだ、行くぜ。
「似合わねぇ、という意味じゃない」
「だからどういう意味よ!!」
しまった、盛大に外した。
キリンの赤みが更に増したぞ。
湯気が出そうな勢いだ、どうすんだこれ……。 分かった、戦略を変更するしかない……。
「いや、その、それはそう言う意味だが……その服どうしたんだ?」
「警邏官服以外無かったから、ララ先生が貸してくれたの。私と同じくらいの頃の服だって。だから先生の趣味よ。女の子っぽい、ララ先生っぽい服よね……」
キリンはワンピースの裾を掴んで、しげしげと見つめた。
「ああ、ララ先生っぽいかもな。でも、違和感はないぜ」
またキリンが目を丸くして俺を見た後、ぷいと視線を外し「あっそ。まぁ、良いわ。」とぼそっと言った。
どうやら、切り抜けたんじゃないだろうか…。
厳しい戦いだった…。
「何を見てたの?」
「ああ、王都に来たの初めてだったから。でかい街だし、夜の明かりが綺麗じゃんか」
「本当ね。綺麗な街」
「スクトゥムティアもこんな感じか?」
キリンが驚いたように俺を見て、少し笑った。
「あそこは、もっと、なんて言うか閉鎖的で、静か。こっちの方が賑やかさがあるかな。」
「へぇ、そうなんだ。ま、いずれ行った時が楽しみだな」
キリンが俺を見ている。
「お礼を言いに来たの。」
「お礼?」
「ありがとう。」
「何がだよ。」
「管理官に、私、嘘をつくとこだった」
「嘘なんかつかなくていい。何も悪いことなんかしてねぇんだから」
「コテツは、昔からそうだったね」
そう言うキリンに、少し胸が痛くなった。
俺だって、完全にキリンの話を信じられるようになったのは、3の試験の時だったから。
キリンが少し笑った。
「ハル、捕まえようね」
「ああ、頼むぜ。一人じゃ捕まえられねぇよ」
笑顔を見せようとして、ぞくり、と悪寒がした。
「えっ?」
俺はキリンの左手を掴んで引き寄せた。
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