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アレステリア国物語  作者: 鳩峰浦
第一章
53/65

53 王都の夜景

 蒸し暑さを追い払うような風が吹いた。

 

 夏の夜の匂いがした。

 

 俺は宿泊用に与えられた幹部用空き宿舎のテラスに出て、目下に広がる王都の明かりを眺めていた。

 着替えも何も持ってきてなかったところ、アリアステルが研修生用の麻の寝間着を男子たちに貸してくれた。女子用が洗濯日でどうのこうのと言っていたが、別に男子用のを着ればいいんじゃ?と思ったが。 


 王都に来たのは初めてだった。

 

 「こんなに綺麗な夜景なのね」


 振り向いた先に、見慣れない、薄い水色のワンピースを着た少女が立っていた。


 胸元のリボンや、足下に向けてゆったりとしたフリルがあしらわれて、夜の風にふわふわと揺れていて。


 王都の、貴族か?


 ……いや、金色の髪の毛に、気の強そうな赤い瞳。


 「何だ、キリンか」


 「何だとは何よ」


 「誰かと思った。どうしたんだ、それ?」


 「じろじろ見ないでよ……どうせ似合わないわよ……」

 キリンが俺を睨みつけながら、身を守るような仕草をして、ワンピースの裾がふわりと揺れた。 

 「似合わねぇなんて言ってねぇだろ」

 

 「え?」

 キリンが硬直した。

 

 ……。


 「な、何だよ、黙るなよ……」

 「あんたが変なこと言うからよ! どういう意味よ!」


 何だよ一体……何を俺は言い間違えたんだ……こいつは本当にすぐカッとなって赤くなるよな。

 「どういう意味も何も……似合わないとは思ってねぇってことだろ」


 キリンが再び硬直して、俺を睨んでいる。

 どういう状態なんだ?


 「……似合うってこと?」


 赤い顔を更に赤くして、俺を睨みつける。


 ……俺は一体どんな悪いことをしたんだ……誰か教えてくれ……。


 とにかく、このままでは空気弾でもぶち込まれかねない。危険だ。さっきまでの、ささやかで穏やかな夏の夜は吹き飛んだ。


 ここはもう警邏官の現場だ。 


 考えろ、コテツ。

 必ず、正解はあるはずだ。


 キリンは、似合うってことかどうかを聞いてきている。


 おそらく、この答え方次第で、趨勢は定まるに違いない。


 流れをよく読め。


 俺は「似合わねぇなんて言ってねぇ」と言った。

 そうしたら、変なことを言うなと言ってキレられた。

 だから、それは正しくない答えだったんだろう。

 俺の言葉を分解すれば、「似合わねぇ」と「なんて言ってねぇ」だ。


 くっつけて変なことなら、分解したら正解か??


 ……いや「似合わねぇ」はどう考えても間違いだろ。


 さすがにそれは分かる。


 すると、「なんて言ってねぇ」の言い回しの問題じゃないのか?

 そこが変だったんだ、きっと。


 アリアステルと戦った時や、管理官の審問の時と同じくらい、すさまじいスピードで思考を巡らせ、キリンの瞳を見つめ返す。


 ……これだ、行くぜ。


 「似合わねぇ、という意味じゃない」

 「だからどういう意味よ!!」


 しまった、盛大に外した。

 キリンの赤みが更に増したぞ。


 湯気が出そうな勢いだ、どうすんだこれ……。 分かった、戦略を変更するしかない……。

 「いや、その、それはそう言う意味だが……その服どうしたんだ?」

 

「警邏官服以外無かったから、ララ先生が貸してくれたの。私と同じくらいの頃の服だって。だから先生の趣味よ。女の子っぽい、ララ先生っぽい服よね……」


 キリンはワンピースの裾を掴んで、しげしげと見つめた。


 「ああ、ララ先生っぽいかもな。でも、違和感はないぜ」

 またキリンが目を丸くして俺を見た後、ぷいと視線を外し「あっそ。まぁ、良いわ。」とぼそっと言った。


 どうやら、切り抜けたんじゃないだろうか…。

 厳しい戦いだった…。

 

 「何を見てたの?」

 「ああ、王都に来たの初めてだったから。でかい街だし、夜の明かりが綺麗じゃんか」

 「本当ね。綺麗な街」

 「スクトゥムティアもこんな感じか?」


 キリンが驚いたように俺を見て、少し笑った。

 「あそこは、もっと、なんて言うか閉鎖的で、静か。こっちの方が賑やかさがあるかな。」

 

 「へぇ、そうなんだ。ま、いずれ行った時が楽しみだな」


 キリンが俺を見ている。


 「お礼を言いに来たの。」

 「お礼?」


 「ありがとう。」


 「何がだよ。」 


 「管理官に、私、嘘をつくとこだった」


 「嘘なんかつかなくていい。何も悪いことなんかしてねぇんだから」


 「コテツは、昔からそうだったね」


 そう言うキリンに、少し胸が痛くなった。

 俺だって、完全にキリンの話を信じられるようになったのは、3の試験の時だったから。


 キリンが少し笑った。

 「ハル、捕まえようね」

 「ああ、頼むぜ。一人じゃ捕まえられねぇよ」


 笑顔を見せようとして、ぞくり、と悪寒がした。


 「えっ?」


 俺はキリンの左手を掴んで引き寄せた。

読んでいただいてありがとうございます!

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