50 絶対に嘘をつかないこと
俺とキリンは、ただならぬ雰囲気に緊張しながら、アリアステルと金髪の女性の後ろについて行った。
扉の向こうは、巨大な廊下になっていた。
金の縁取りがされた赤い絨毯が敷かれ、一歩一歩が、包み込まれるような柔らかさで、ひどく心地良い。
壁から天井まで、細やかな彫刻がなされ、この廊下全体が美術品のようだ。視線の先の突き当たりに、入り口と同じような重厚な樫の木の扉が見える。扉の取手が放つ銀の輝きは、そこが特別な場所だと言うことを示しているようだった。
その30メートルくらいの廊下には、一定の間隔で自分の身長ほどもある大きさの絵が6つ飾られていた。
「この絵……」
キリンが目を奪われている。
緻密に塗り尽くされた油絵。
強く、厳しい筆致で描かれたその絵のうち4つは、どこかで起きた戦争を描いた絵だった。
そして、奥の扉の両脇に飾られた絵は、右が髭を生やした、黒髪の軍服姿の、右手を伸ばした男性、左が同じ服装をした金色のショートヘアの、左手を伸ばした女性だった。
扉の前で、先導する二人が立ち止まった。
「ここは、忘れずの回廊」
女性が静かな声で背を向けたまま話し始めた。
「アレステリアが鎮圧した4つの戦争。そして、この国のはじまりの王と女王」
女性が俺たちの方を振り返った。
「私は、王都調査官のハルモニア。ララとアリアステルとは同期だ」
金髪の女性が唐突に、澄んだ声でそう言った。 何となく、氷細工みたいな人だな、と思った。
「アリアステルを追いつめたらしいな。傑作だ」
「追いつめられてねぇ。どんだけ手加減したと思ってる」
「手加減したとか、自分で言うあたり、大分追いつめられたようだね」
「てめぇ……」
「冗談だ。外れた力が二人も同時に現れて、大変興味深い。後で話はゆっくり聞こう。食事でもしながら」
「けっ。貴重な情報だ。飯はおごれよ」
「考えておく」
仲が良いのか悪いのか。
よく分からない人たちだ。
「この中に審理管理官がいらっしゃる。失礼のないように。中に入ったら、一礼をして、キリン、コテツの順で自分の名前を言って。後は、審理管理官の質問にお答えすれば良い」
俺とキリンは、目を合わせた後、うなずいた。
「一つだけ。この部屋の中では、絶対に嘘をつかないこと。偽り無く真実だけを述べること。もし、嘘をついた場合、その場で警邏官資格は剥奪になる」
一気に場の空気が重くなる。
「だ、大丈夫ですよ。嘘なんて……」
「そうか? 存外、言葉の隅々まで、一片の曇りもなく、真実のみを述べるのは、難しいぞ」
ドキリとした。
何だろう、この、心臓を鷲掴みにされるような感覚。
「準備が出来たら言え。待ってやる」
アリアステルとハルモニアが俺たちを見つめている。
俺は深呼吸をした。
キリンが不安そうな顔をしている。
何でそんな顔をする?
「大丈夫だ。いつも通り、話すだけさ。嘘なんてつく必要がないだろ?」
キリンの顔は曇ったままだ。
だが、意を決したように前を向いた。
俺はもう一度キリンの赤交じりのオレンジ色の瞳を見つめた。
「お願いします」
***
「キリン・アリスティア・ノノです」
「コテツ・インバクタスです」
俺たちは、名前を言って一礼した。
赤い絨毯が敷き詰められたその部屋は、全ての壁がつるりとした白い大理石で作られていた。その真っ白な部屋の真ん中に、樫の木の荘厳な机が一つ。その後ろには天井まで無数の本が敷き詰められた本棚が、壁全体に広がっていた。
座っていたのは、黒縁のメガネをかけた白い髪の男性だった。
意外だったのは、多分、年齢はララ先生やアリアステルとそんなに変わんないくらい、下手したら少し若いように見えた。
「キリンさん。コテツ君。ようこそ。」
穏やかな、優しい声で、しかし身体を押さえつけてくるような重みのある声が、部屋の隅々に響いた。
「どうぞ、お座りください」
審理管理官の前に、2つの椅子が置かれていた。
俺たちは、目配せすると、右にキリン、左に俺が座った。
「王都審理管理官の、ユリウスです」
管理官はにっこりと笑った。
「私は、この国の警邏官全員の管理をしています」
簡単に、一言で言ったが、それってとんでもないことだ。警邏官の管理。実質的な警邏官のトップ。
改めて、とんでもない人の前に突き出されたと感じ、いつの間にか握りしめていた両手にじっとりと汗がにじんでいくのを感じた。
「二人は、「外れた力」が発現したと聞いています。それは、珍しいことです。そのため、今から、いくつか質問をします。よろしくお願いします」
にこにこと、しかし、必要なことを、何の装飾もなく、必要なだけ話す。
怖いと感じた。
この人は、怖い。
「コテツ君。出身地と両親、兄弟姉妹の名前を教えてください」
出身地と両親と兄弟姉妹の名前。
こんな当たり前の質問なのに、ひどく答えにくい。この重圧は何なんだろう。
「アレステリアの北部、レンシアの出身です。父はマルキナ・インバクタス。母はサシャ・インバクタス。兄は……兄は、ハル・インバクタスです」
管理官は、手元にある2冊の本の内の1冊に目を落とした。
「はい、ありがとうございます。では、コテツ君、あなたに発現した「ノード」はどのような力ですか? 簡単に教えてください」
管理官は笑顔を崩さない。
「俺の……自分の力は、名前を付けるとしたら、「見分ける力」だと思います」
えーと……どう説明すりゃいいんだ……。
「その……ものにもよるのですが……キノコに毒があるかどうか見分けられたり、あと、相手がどんな攻撃をしようとしてるのか、どこが弱点なのかとか、そういうのが、何となく光って見えるような……」
緊張して上手く説明できない。
俺が話す度、管理官は手元の本に目を落として、指でなぞる。
俺の一言一言を何かと突き併せているようだ。
「そのほかに、どんなことが出来ますか?」
「ええと……その……これは上手く言えないんですけど……なんて言うか……相手が言っていることが、本当かどうか、何となく分かるときがあります」
ぴくり、と。
ほんの一瞬だけど、管理官の手が止まった。
「本当だっていうのは、どうして分かるの?」
「そこは、説明ができないんです。でも、本当のことを言っていれば、本当だって、それだけは分かるんです」
「それは、どうなんだろうね。何か根拠や証拠もないのに、ただそれが本当だ、と分かるの?」
「はい……」
「ちょっと信じがたいね。本当かどうか分かる、と言われても。だって、それって、君がそう思うってだけだよね」
口調は変わらない。
でも、汗が噴き出して止まらない。
君が、という言葉がひどく重く響いた。
でも、嘘じゃない。
「そうです。俺がそう思うだけです。でも、間違いなく、本当のことは本当って分かるんです」
管理官が、大きく息をついた。
「本当に、本当だと、分かるの?」
「そうです。」
眉間にしわを寄せて、管理官が俺の目をのぞき込む。
俺は、汗をかきながら、それでも管理官と目を逸らさなかった。
管理官がメガネを外した。
俺は目を逸らさなかった。
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