44 追試
手錠を掛けられ、手錠の紐を馬車の座席にくくりつけられた状態で、私は拘束されていた。
「大きくなったもんだな。ミリアム卿のところに居たときは、ガキもガキだったのに」
「覚えてるんですね」
「目つきが悪かったからな」
「あの時はありがとうございました。ワイバーンを退治してくれて」
「ミリアム卿に頼まれたら、仕方ないさ。あのばあさんに嫌われたら、大変だからな」
「……」
こんな人だったっけ。
もっと紳士的な警邏官だと思っていた。
「なんか、変わりましたね」
「俺と会ったのなんて一瞬だろ? ま、話してみたら印象が違うって、よく言われるな。俺は、偉い人の前じゃ、上品に振る舞うからな」
そういうタイプ、か。
警邏官にも、色んな人がいる。
不意に、馬車が止まった。
アリアステルが、前部座席から、後ろを振り向く。
「!」
身体が座席から浮かび上がり、何かに引っ張られ、馬車の外に放り出された。
手錠をしたままで受け身も取れない。明るい日差しの中、身体をよじりながら、せめて右肩から半身で接地して衝撃を吸収しようと思ったが、地面にぶつかる瞬間、何かが身体を上に引っ張り、ゆっくりと地面に横たえられた。
影が視界を遮る。
アリアステルの警邏官靴が近づいてきた。
「お前、なんで警邏官になりてぇんだ? 身入りは悪くねぇが、危険ばっかりだぜ。それより王都の事務官にならねぇか? 良い仕事だと思うぜ」
アリアステルは、私の前にしゃがんでそう言った。にやにやしながら、低い声で。
……馬鹿にして。
私は、全力で睨みつけた。
「私は。警邏官に、ならないと、いけないの」
「そんなに睨むなよ……理由は何なんだ?」
「絶対に捕まえなきゃいけない奴が、2人いる」
「誰だよ」
「一人は、私の大切なものを全部奪った奴。そいつから、全部、取り返すため」
アリアステルの顔から笑みが消えた。
「もう一人は、ハル。ハル・インバクタス」
アリアステルが首を傾げた。
「何だ、金か? 史上最高額の懸賞金だからな」
「そうなの?」
「何だ、違うのか? 金でもなけりゃ、何で追う?」
「約束だから」
「約束?」
「コテツと約束したの! 捕まえるのを手伝うって」
アリアステルが、吹き出した。
「それだけ?」
「それだけって何? 私はコテツと約束したの! だからあいつと一緒に、捕まえに行かなきゃいけないの!」
とにかく、どんどん腹が立ってきて、声ばかり大きくなっていく。
アリアステルが、じっと私の目を見た。
「何よ……」
「良いぜ、自分のためだけじゃないってことだな。それは悪くねぇ。だが」
アリアステルが手錠の鍵を手に持った。
「口だけなら何とでも言える。そうだろ? だから、それが本当か、確かめてやるよ」
ガチャン、と、私に掛けた手錠を瞬時に外す
「選べ。警邏官になるのをあきらめるなら、王都で上級事務官に採用してやる。悪いことしなけりゃ、一生安泰だ」
「は?」
「それを捨てて、警邏官になりたいなら、俺と戦え。俺に手錠をかけることができたら、見込みありだ。お前を警邏官にしてやる」
アリアステルがにやりと笑う。
「追試って奴だ」
追試……ですって?
「何の権限があって!」
「俺は王都の試験官長だぞ? お前等の合否の最終決定は、俺がこれから提出する書類次第だ」
そんなデタラメな。
「その代わり、もしお前が、手錠を掛けられたら、お前の負け。その時は単なる退学。無資格で全てを失って……」
「そんなの戦うに決まってるでしょ!」
「お、おいおい、ちょっとしゃべらせろ。お前、俺は「教師」達と同格だぜ? 勝ち目ねーだろ?」
「私は! 警邏官に、ならなきゃ、いけないの!!」
手錠を持って構える。
「威勢が良い奴だ、嫌いじゃねぇが……」
アリアステルがにやりと笑い…。
消えた、と思った瞬間。
私はとっさに両手をクロスさせて身体を守る。
「!!!」
視界に空が広がる。
馬車の薄い木製の壁を突き破って、私は吹き飛ばされ、放り出された。
「っ……!」
衝撃を相殺しないと。
右手から出力を抑えた衝撃弾を放ち、空中で反動を得るて、ふわりと着地した。
「もう自分のノードを使いこなしてるのか? 結構良いセンスしてるじゃねぇか!」
馬車の上にすらりと立ったアリアステルが、私を見下ろしている。
大切なのは、現状の把握。
アリアステルに注意を払ったまま、周囲を見渡す。
狭い、山の中の崖の合間に作られた道。
両脇を、学校の3階ほどの高さがある壁のような岩肌が囲い、馬車の走る道だけはかつて舗装された跡がある。
この狭さは、的を絞るには悪くない。
アリアステルは、馬車の上に立って両手を組んで、私を見下ろし続けている。
「だが、長く遊ぶつもりはねぇ。次で終わりにしようか」
アリアステルの「ノード」は……どう考えても「早く動く力」。
でもそれだけじゃない。
学校の講堂で、そしてさっき馬車の中で、私を引っ張った力。
あれは何? それにどう使ってるのか、まったく分からない。
十分な力で撃てる弾は、あと5発くらい。
体術じゃ勝てない。
弾丸を当てて、意識を飛ばしている内に手錠を掛ける。
やることはシンプルだ。でも、どう実現するか。
「いいぜ。相手の能力を把握することが、勝ち筋を見いだす第一歩。基本だからな」
評判通り、優秀じゃねぇか。
アリアステルが笑った。
「やっぱり気が変わった。条件を追加してやる。降参したら、王都で雇ってやる。ハルはともかく、お前の言ってる、もう一人の捕まえたい奴も、警邏官のターゲットに加えてやる。何も自分でやる必要はないんだろ? お前より強い警邏官はたくさんいる」
口元と対照に、アリアステルの目は笑っていなかった。
甘い言葉だ。
やらなくていい、人に任せればいい。
良い取引だ。生活も保障されて、国が自分の望みのために力を貸してくれると。
そんなの、駄目に決まってる。
頭が悪い判断なのは、分かってる。
でも、それじゃ、コテツに嘘をつくのと一緒。
「だから! 私は! コテツと約束したって言ってるでしょ!」
アリアステルの口元からも笑みが消えた。
「教師達と、本気で戦ったこと、ないだろ? あいつらが、どんぐらい手加減してくれてたか、せめて最後に思い知れ」
アリアステルが消えた。
読んでいただいてありがとうございます!
もしよければ評価・ブクマ,感想等いただけたらとっても嬉しいです!




