4 盗人
キリンの過去の話です。エピソード2ともつながっています。
ララ先生とスザク先生の話を聞きながら、ちらりと、二つ隣の席のコテツを見た。
5年前、初めて会った頃と比べて、少し男の子っぽくなった。声変わりもして、背中もがっしりしてきた。でも、灰色がかった青い瞳は変わらない。
すっと、まっすぐ、見つめるべきものを見つめている。
その瞳に、どれほど救われたかは、はっきり言ったことはない。
この先も言うかどうかは分からない。
でも、あの日。
両親が居なくなって、そして、私が一人ぼっちになったあの日から、コテツが私の話を疑わずに聞いてくれた日まで。
私の心は、ほとんど死の淵に追いやられていて、コテツがそこから救ってくれた。
***
私はあの日、ただただ、両親の帰りを待っていた。
待ち合わせの時間に、栗毛色の二頭の馬が引く馬車に乗ってやってくるはずだった、優しい母親と、威厳のある父親を。
1時間、2時間と過ぎても、私は待ち続けた。
やがて、空が暗くなりはじめ、夏の夕暮れに、急に降り始めた大雨が、屋敷の軒先にたたずむ私の白いワンピースの裾を濡らしても。
私はただただ、待ち続けた。
それ以外の方法を知らなかったから。
私の生まれた国、キング・オラトリオの市街巡回警護官がやってきて、両親が戻らないことを聞かされた頃には、日がすっかり暮れて、大雨が去った夏の夜空に光る星が、足下の水たまりに、きらきらと揺れていた。
きらきらと揺れていたのを、ぼうっと眺めていたのを覚えている。
そして、次の瞬間、私の世界は全て崩れ去った。
君はなぜここに居るんだい?
このお屋敷は、君の家じゃないだろう?さあ、おうちに連れて行ってあげよう。
何を言っているのか、全く分からなかった。
私は急いで、屋敷に走り、ドアを叩いて執事のカークを読んだ。
そして、ゆっくりとドアを開けたカークは、その慣れ親しんだ口ひげを触りながら言った。
どちら様ですか?
その後のことはよく覚えていないけど、茫然としながら屋敷のドアにしがみつく私を、巡回警護官が引っ張り、馬車に乗せて詰め所に連れて行った。
私は、キング・オラトリオの第三皇女、キリン・アリストリア・ノノよ。
調べればすぐ分るでしょう、早く調べて!
何度も叫ぶ私に、巡回警護官の一人が書類を持ってきて言った。
アリストリア家に、ご子息はいません。
憐れむような眼で、その場にいた数人の巡回警護官達が私を見た。
何が起きているのか、全く分からなかった。
その次の日、巡回警護官の詰め所に、中年の女性がやってきて「キリン、探したわよ」と言った。会ったことも見たこともない女性。
うちの使用人です。孤児を引き取った子で、時々、おかしなことを言うんですよ。ごめんなさいね。
その女性が私の目の前でそう言ったことを、今でもまざまざと覚えている。
嘘よ! 嘘よ! 全部、全部嘘!
半狂乱で叫ぶ私を、巡回警護官が押さえつけて、何か鎮静剤のようなものを打たれた。
ぼんやりと、覚えているのは、どこかの家のベッドで、誰かが話している声。
もう、うちではもうちょっと面倒見切れないから、そう、ちょっと遠いけど、あのアレステリアの家、給仕を探していたでしょ。あそこに送ることにするから……。
それから、私は、東端の国、キング・オラトリオから西端の国、アレステリアに連れていかれ、片田舎のお屋敷のメイド見習いになった。
8歳になった年の冬だった。
そのお屋敷の高齢の女主人は、優しかった。とてもとても優しかった。ほかに何人か居たお手伝いさんたちと比べても、かわいがってもらっていた。
少し、頭がおかしくなってしまった、かわいそうな子として。
夜、お屋敷の掃除をしながら、廊下の窓から星空を眺めながら。
涙が頬を伝った。
私は思った。
盗まれた。
私の、全てを。
どうしてそう思ったかは、覚えてない。でも、そうとしか思えない自分がいた。
警官のことを知ったのは、それからほどなくしてだった。
お屋敷では、女主人としか、それも最低限のことしか話さなかった。友達もいなかった。話したくもなかった。
何を話しても、狂ってると思われるだけだから。
お屋敷の倉庫で、古い弓矢を見つけて、それをおもちゃにしていた。倉庫にあった缶詰の空き缶を的にして、並べて打つ。思い通りに当たった時は、その時だけはうれしかった。
筋が良いんじゃない?この本、読んでみる?珍しい、キング・オラトリオの弓術の本よ。
一人遊びをしていた私に、女主人が、弓術の本をくれた。
警官の狙撃手になれるかもね、がんばったら。
女主人の、薄紫色の瞳が、穏やかに輝いていた。
そこで、私は初めて、警官のことや、警官学校のことを知った。
入学すれば卒業まで、生活はアレステリア国が面倒を見てくれる。
警官になれば、一人でも生きていける。
聞き間違いでなければ、母親は、かなり薄まっているが、アレステリアの血筋だったはず。
私のミドルネーム、アリストリアは、アレステリアが変音したものだったはず。
これが最後の方法、と、8歳の私が思ったのを覚えている。
警官になれば、自分の身に起きたことを調べられるかも知れない。
父と母が死んでしまったのか、何が起こったのかも分かるかも知れない。
自分は狂ってないと、証明できるかもしれない。
入学試験を受けると言う私の希望を、女主人は快く認めてくれた。
どうせ1回しか受けられない入学試験。
1年間、やってみると良い、と。家事のほとんどを免除してもらった。
それは、私に残された、最後の希望だった。
それから、狂ったように、筆記試験の勉強と実技試験の練習をした。
弓矢の練習も、毎日欠かさなかった。
後で、ララ先生から、「ちなみに、2位だったわよ。入学試験の筆記も実技も」と教えてもらった。
あれだけやっても、上がいるんだなぁ、と思ったのを覚えている。
読んでいただいてありがとうございます!
ゆっくり進む物語で、冒頭につながるのはいつになることやら……という感じですが、のんびりやっていきます。
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