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アレステリア国物語  作者: 鳩峰浦
第一章
37/64

37 光の右手

 お母さんの、顔。


 金色の、美しい、柔らかなウェーブのかかった。


 お母さんお気に入りの、柔らかいハーブの香る、洗髪石鹸の香り。


 「これを、無くしてはだめよ。このイヤリングが、私の家に伝わる守りの宝石。きっと、あなたを守ってくれる」

 家の玄関の前の広間


 ひどく緊張したお母さんの顔。

 屋敷の外で、雷の落ちるような音がした。

 お父さんがいる、屋敷の外。


 「何? 何なの? 怖い……」


 「キリン、地下室に逃げなさい。地下室の一番奥の扉。この鍵で開くわ。そこを開けて、階段を下りて、真っ直ぐ走りなさい」


 「何で? 嫌! お母さんは? お父さんは?」


 「後で、追いかける。どれだけ、時間がかかっても、必ず、迎えに行くから」


 嘘だ。 


 屋敷の外で、また、雷の落ちるような音がした。

 屋敷の玄関ドアを、何かが激しく叩きつける音。


 「行きなさい! キリン!」


 お母さんが、私のことを突き飛ばした。


 その瞬間。


 屋敷のドアがけたたましい音とともに開いて、真っ黒な影が入ってきた。


 お母さんの足が、影に捕まれた。

 

 「行きなさい!! キリン!!!!」

 

 お母さんの叫び声に。

 

 私は泣きながら背を向けて、地下室に向かって走った。

 

 助けを、助けを呼ばないと。

 

 誰か、誰か。

 

 助けて……。

 お母さん……お父さん……。

 

 地下室の奥のドアの前で転んで、鍵を落とした。


 鍵が、クルクルと床を滑って、壁際の物置の下の隙間に入り込んだ。

 

 右足を、何かが掴んだ。


 「駄目じゃないか、逃げちゃ」


 黒い影の声が、響く。


 「さぁ。今までのは、全部、嘘だよ」


 黒い影が、蛇のような形に。

 私の瞳をじっとのぞき込む。

 

 「君は、お父さんと、お母さんの帰りを待っていたんだ。自分の部屋で、ね。まぁ、この屋敷が、君のものかどうかは、どうも怪しいみたいだが。さ、やり直そう。元の位置に戻って、お父さんと、お母さんを待つところから」


 何を、言っているの。


 「そして、続けよう。君が、全てを諦めて、自分の名前を捨てて、自分を嘘つきだと認めるまで」


 ***


 頭の中にわき上がるイメージ。

 黒い影の中に、はっきりと光る、核が見えた。 

 沸騰するほどの怒り。


 この影は、キリンを、キリンの存在を、殺そうとしやがった。


 ***

 

 「違う!」

 

 コテツの声が、響きわたった。


 「お前は、キリンだ! 嘘なんかじゃねぇ!」

 

 *** 


 そうだ、私は、キリン。

 キリン・アリスティア・ノノ


 嘘じゃない。


 絶対に嘘じゃない。


 お父さんとお母さんが。


 私だけに付けてくれた、私の名前。

 私だけの名前。


 「嘘じゃない!」


 「私は、キリン! キリン・アリスティア・ノノ!」


 ***


 右手が、光を帯びた。

 身体に、羽根が生えたように、軽い。

 

 キリンが自分の名前を叫ぶのと、ほぼ同時。

 再びキリンにまとわり付こうとしていた黒い影が、キリンの声に怯んだ隙に、影の中に飛び込んだ。

 影が、俺の右手を怖がるように、震え出す。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおお!」


 そいつの真ん中の核に、全力で、光る右手をたたき込んだ。


 ガラスが割れるような甲高い音が響いた。

 

 人の叫び声のような音が響いて、黒い影が渦を巻いて、そして、消滅した。 


 キリンが、呆然と俺の方を見ていた。


 「……キリン」

 

 掴んだ、キリンの腕から、洪水のように流れ込んできた、映像。


 あれが、キリンの身に起きた事実。


 全てを奪われて。

 たった一人で、耐えてきたのか。


 「お前の話は、一から十まで何もかも全部本当だ」 


 キリンが、レディッシュオレンジの吊り目を、大きく見開いた。


 「今まで、分かってやれなくて。ごめん」

 

 「……コテツ……」


 「そして、それを盗んだ奴がいる。お前の家も、両親も、人生も、全部」

 

 許せねぇ。

 許せねぇ奴だ。


 「盗人は捕まえなきゃな」

 

 俺のノードが……これが一体何なのかは、分からない。

 キリンにまとわりついた化け物を追っ払ったのは確かだ。


 「兄貴を捕まえるついでだ」


 俺もお前も、こんなところで死ぬわけにはいかない。

 そうだろ?


 「生きて、捕まえに行こうぜ」

 

 ***


 そう言って、ぼろぼろのコテツは笑った。

 あの日、家族も、家も、名前も。


 全部盗まれたあの日から。


 優しくしてくれた人がいた。

 住む場所も見つかった。

 ここで、友達もできた。 

 美味しいものだって、食べた日もある。

 でも。

 私は、本当の意味では、ずっと孤独だった。不安だった。怯え続けていた。


 もう、誰も自分のことを、自分だと分かってはくれないんだと。


 私の記憶が嘘で、狂っているのは私なんじゃないかと。


 必死で。


 お父さんと、お母さんの顔を、何度も何度も思い浮かべて。


 自分の名前を握りしめて。

 消えてしまわないように。

 嘘じゃない。


 嘘なんかにさせないように。


 「うん……う……」


 私の記憶は嘘じゃない。

 やっと、見つけてもらった。

 ここに私がいることを。


 「うぁわあああああん……」


 どうしようもなく、嬉しくて、暖かくなって。

 私は子どもみたいに泣きじゃくった。


 「おい、馬鹿、何で泣くんだ……まだ何も解決してねーぞ! ……いや、どこか痛ぇのか?」


 「……ってあげる……」

 「?」

 「コテツの……お兄さん、捕まえるの。……私も……手伝う」


 コテツは、少し驚いたように、青い瞳で私を見て、それからもう一度笑った。


 「兄貴は、やばいぜ」

 「知ってる……だから手伝う」


 「じゃ、それで貸し借り無しだな。約束だぜ」


 私は、大きく頷いた。

 

 そのとき、地面が大きく揺れた。

読んでいただいてありがとうございます!

まだまだ続く危機、、、もしよければ評価・ブクマいただけたらとっても嬉しいです!

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