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アレステリア国物語  作者: 鳩峰浦
第一章
34/64

34 合格の条件

 即席の麻酔薬で、どうにか痛みが和らいできた。


 薬草の知識が、こんなに役に立つとは。いや、それにしても、特殊な場所だ。こんなに多くの種類の薬草や毒草が、群生している。知識がなければ、単なる藪に見えるだろうけど、自分からすれば、宝の山……。


 地鳴りが、背をもたれたかけた大木から伝わってくる。

 

 変な方向に曲がった左手の小指と薬指に添え木をして、丈夫な蔦で縛った。これと麻酔の効果で、何とか耐えられそうだ。


 この試験は、分が悪い。


 コテツ君や、キリンさん、それこそドレイク君なら。竜の襲撃をかわしながら、ノードを発現する条件を見つけられるかも知れない。

 ソラさんや自分は……いや、2の試験の動きを見たら、一緒にするのは失礼か。いつの間にか、実技の成績も抜かれてたし、な。


 竜の巣で、生き延びる。

 あらゆる要素を検討しても、絶望的な状況だ。 

 いや、よく考えてみよう。

 

 ノードを発現すること。

 

 それが、この試験の合格条件だった。


 それで、なぜ、竜の巣に放り込むのか。

 縄張りで、人間の臭いがすれば、当然、竜達は怒り、あるいは獲物として捕食しようと寄ってくる。

 当然の帰結だ。

 

 それと、試験の合格条件は、どう結びつく?


 ……。


 だとしたら、何て恐ろしい。

 遺書を書かせる訳だ。


 卒業できずに、命を落とす生徒がいる。

 それは確かに、噂としては聞いていた。

 

 気付かなければ良かった。むしろその方が……。いや、どのみち逃げ続けても、いずれは捕まる。

 それなら、確率を上げよう。

 自分のノードが覚醒して、そして、死なずに済む確率を。


 ノードの発現条件は、おそらく。



 死に直面すること。

 


 で、あれば。それは仕方ない。

 

 その状態で、切り抜けるための準備。

 

 幸い、材料には事欠かない。

 麻痺毒と気付薬。

 持ってきた注射器。

 もし致命傷を負っても、差し違える形で麻痺毒を打ち込んで、心臓が止まりそうなら、気付薬を。


 膝の震えが止まらない。

 

 それはそうか。

 殺されるぎりぎりのところで帰って来いなんて。

 でも。

 結局、他に道はない。


 木の陰から、表に出た。

 

 警邏官として、王都の科学技術局に入り、自分の記憶を操作する薬を開発する。

 誰にも言ったことはない、それでも、それが自分の生きる理由。

 

 自分を追いかけ回していた竜が、けたたましい咆哮とともに、迫ってくる。

 

 ***


 海沿いの、造船場の資材置き場に捨てられていた。


 なぜか、左手に、工具のスパナを握っていたそうで。スパナと呼ばれていて、そう呼んだ時だけ笑うので、それがそのまま名前になったと、由来を教えられた。


 王都の施設に保護され、物心つく前から、ずっと工具で遊んでいたそうで。


 模型や、時計、それから色々な物質を混ぜ合わせるのが好きで、分解して、また組み立てて、調合して、そんなことをずっと一人でやっている内に一日が終わる。


 他の人と、自分が違うことに気づいたのは、5歳くらいだった。


 一度見たものを、全て覚えている。


 何でもかんでも、見たもの、聞いたことは記憶してしまう。 


 自分は忘れることができない。

 何も忘れられない。


 見て、聞いて、話したこと。


 全て正確に覚えている。思い出せてしまう。

 良いことも、悪いことも。


 そして、自分の人生は、始まりから、悪いことの方がずっと多かったのだから。


 そして、ある日。気付いた。

 自分が生まれてから、捨てられるまでの記憶があることを。


 大きくなって、言葉が自由になるにつれ、その記憶の意味が分かるようになった。



 母親が、自分を抱き抱えて、造船上の資材置き場に入り、自分の首を絞めて殺そうとしたこと。


 殺しきれなかった母親が、真夜中に、誰もいない港の資材置き場で、自分のことを捨てたこと。


 でも、なぜか。


 母親の顔だけ、もやがかかって見えない。

 そして、去り際に、何か自分に言葉をかけたのに、その言葉だけ、再生できない。

 

 それ以外、ありとあらゆる記憶が、残っているのに。


 その日の月は細く、星のとても綺麗な夜だったことも含めて、全部。


 幼い頃は、その記憶を思い出さないように、なるべく、人を避けるようにして過ごしていた。


 本を読んだり、模型や時計をいじったり、色々な液体を調合したり。


 物に向き合っている時だけは、そのことを思い出さずに済んだ。


 そのうち、気付いた。記憶を、物の知識だけで埋め尽くしてしまえば。記憶の領域のほとんどを、それで満たしてしまえば。


 嫌なことが浮かんでくる頻度は、少なくなるはず。


 それからは、むさぼるように本を読み、分解した模型や時計、家具の構造を記憶し、液体の性質を調査し、記憶し続けました。


 そんな自分を、ある日、王都の人が呼んだ。


 「警邏官学校に行って、研究者を目指してはどうだ」

 

 ふと、気付いた。

 

 記憶を、操作する薬が作れないだろうか。

 自分の脳には、確実に、あの日の母親の顔と、言葉が保存されているはず。

 その記憶を取り出す薬。


 王都の、科学技術局の環境なら、あるいは。 

 しかし、入学した警邏官学校が、苦痛だった。 

 集団行動が求められることが相当に多く、しかもことあるごとに班を作れと言う。


 拒否されて、自分だけ一人になるのが嫌だった。


 強く、深く、あの記憶を、捨てられた時の記憶を思い出してしまいそうで。


 だから、一年生の最初の夏休みが終わった後、やっぱり辞めて、王都の施設に戻してもらおうと思っていた。

 

 でも、あの日。


 ソラさんが、自分の部屋に飛び込んできて、急に大声で叫んだ日。

 あれがきっかけだった。

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