32 書架と母に続く雷空
右手が、ラズベリーのジャム壷に突っ込んだみたいだ。
もちろん、これはジャムじゃない。
カーネリアンを砕いた茶褐色の岩絵の具でもない。
こんなときなのに、頭の中には、今まで読んだたくさんの本の知識が、次々に浮かんでは、消えていく。
私のわき腹から、吹き出している自分の血液。
穴の開いた場所を、べたべたの右手で、肉と肉を寄せて、ふさぐ。
どうしよう……。
血が、止まらない。
血が、止まらないよ。
地鳴りが、近づいてくる。
あの竜の、かわしきれなかった爪の一本が、私のわき腹を貫いた。
血の匂いをたどって。
とどめを刺しに来る。
この辺りの竜は、肉食だったっけな。
食べられる。
私、食べられる。
嫌だ。
嫌。
地鳴りが、地鳴りが、近づいてくる。
藪を抜けて、巨大な竜が姿を現した。
私の姿を見つけて。
弱った獲物の姿を見下ろして。
舌なめずりをした。
***
本を、読みたかった。
お母さんを追いかけて。
お母さんを見つけ出すために。
「さようなら、ソラ」
お父さんの顔は知らない。
ある日、一冊の本を持って、お母さんは家を出て、私は祖父母に育てられた。
「本ばっかり読んで、馬鹿じゃないの」
街の子どもに言われた言葉。
違う。
本に書いてある知識、技術、歴史。
解き明かされてない世界の秘密。
埋もれてしまった、本当の歴史。
街の図書館のいくつかの本で見つけた、その痕跡。
お母さんが人知れず、本に書き込んだ、何かの記号。それは、間違いなく、記憶の中のお母さんの筆跡。
この世界には、何か、隠された事実がある。
誰にも理解されなかった。
気持ち悪いと言われて、狂ってるとまで言われて、口をつぐんだ。
でも。
ここで、私にも友達ができたの。
私の話も、否定せずに聞いてくれたの。
すてきな友達が。
4人も。
右手は、血でぐちゃぐちゃだった。
竜が、牙を剥いた。
私は、みんなと、警邏官になるの。
そして、全ての本が最後に集まる、青の書架に行くの。
そこには、きっと、お母さんの手がかりがある。
お母さんが持っていた、あの本。
だから。
まだ、死ねないの。
死ぬのは、嫌!
***
頭の中に、雲と、空のイメージが。雨雲が、雷雲が。輝く光の束が。
掴める。
私は、あれを掴める。
イメージの中で、私は全力でそれを掴んで、引きずり出した。
***
右手の血を弾き飛ばすような勢いで、幾筋もの雷光が私の両手の上で渦巻く。
私は、これの名前を知ってる。
ララ先生が何度も見せてくれたから。
両手を竜の頭上の方へかざす。
「落下する電撃!!」
目の前が真っ白になって。
気が付いたら、そこには竜が倒れていた。
意識が遠のき、膝から崩れ落ちた私を、柔らかな手が支えた。
何年もお世話になった、良く知っている、柔らかな匂いと、声。
「それが、あなたのノードね。おめでとう。今回の試験の第一号よ」
ララ先生が、私を抱きしめた。
「新しい仲間を、歓迎するわ。青の書架を目指す警邏官、ソラ・リードベルト」
「先生……私……」
「傷が開くから、しゃべらないの。王都から来てる特別治療班に引き継ぐから。大丈夫よ。それに、ノードに目覚めたアレステリア人は、傷の治りも早いから。さっきまでより、痛くないでしょ?」
ひどく、眠い。
でも、わき腹の痛みは、確かに薄らいで、血もいつの間にか止まりつつあった。
「みんなは……」
「それは、まだこれから、ね」
ララ先生の、緊張した横顔を見たのを最後に、私は意識を失った。
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