31 光/黒い蛇
「……コテツ!」
現れたのは、竜じゃなくて、金色の髪の……意志の強そうな瞳。
「キリン……」
情けないが。こんなに心強いと思うなんて、思ってもみなかった。
「コテツも……追われた?」
「ああ、ここは竜の巣だ。しかも、相当大きな……とんでもない数の竜がいるはず……」
地鳴りがした。
「私を追ってきた奴だわ……」
「いや、俺を追ってきた奴もいそうだ」
地鳴りが激しくなる。
右、左。
ほぼ同時に、藪を突き破るようにして、2匹の竜が現れた。
そして、正面の木をなぎ倒して、2匹の竜より二回りほどでかい、黒い竜が現れた。
キリンが、ポケットから何かを取り出す。
「結局これを選んだわ」
スリングショットだ。キリンは、どこかで拾った石をゴム紐でつまむと、吠えながら迫ってきた右手の竜の眉間あたりに直撃させた。
悲鳴を上げて、竜がよろける。
左からもう一匹の竜が迫る。俺はまた、手に掴んだ砂利を竜の顔に投げつけ、ひるませながら、竜の脇腹、鱗の薄いあたりに潜り込む。
「おおおおぉ!!」
渾身の「砲撃」をそこに叩きこむ。
手ごたえはあった。
だが、竜はうめき声を上げながら、俺に向かって前足を振り下ろして来る。
体をそらす。鼻先を竜の前足がかすめる。
キリンの放ったスリングショットがその竜の眉間に命中し、よろめく。
いけるんじゃないか。そう思った俺たちを、影が覆った。
正面から迫った巨大な黒い竜が、体を回転させ、その巨大な尻尾を薙ぎ払うように、俺たちに叩きつけてきた。
「キリン!」
スリングショットを放ち終え、無防備なキリンの盾になるように、俺は尻尾とキリンの間に飛び込んだ。
「コテツ!」
そのすさまじい質量に、俺とキリンは、なす術もなく吹き飛ばされた。
「!」
地面が、ない。
崖?
***
どれくらい意識を失っていたのか。
目を開けると、森の藪の中、あたりは薄暗くなっていた。
あの、くそでかい竜の尻尾になぎ払われた腹部が、ずきずきと痛む。
空腹だったのは幸いか。
何も吐かなくて良かったから。
「ちくしょう……」
キリンはどうなった?
最後に覚えているのは、崖の斜面を別の方向に転がり落ちていくキリンの姿。
助けなきゃ。
重い、獣の足音が聞こえる。
うなり声を上げて、近づいてくる。
あの黒いデカい竜の近くにいた、最初から俺を追っかけてた、中型の奴だ。
逃げる体力は無い。
立って、戦え。戦え。
茂みを切り開いて、竜が姿を現し、ドスドスと音を立てて飛びかかってきた。
獰猛な牙の生えた口を開け、噛みつこうと。
もう馬鹿な選択肢しか浮かばなかった。
逃げるんじゃねぇ。
右の拳を握りしめて、迫り来る竜を睨みつけた。
踏みつけるように、前足を振り下ろしてくる。 かわした、そう思った瞬間、俺は真横にあった大木に叩きつけられていた。
全身に衝撃が走り、意識が、薄れる。
見えない角度から、尻尾で吹き飛ばされた。
竜が、馬鹿にしたように、ゆっくりと近づいてくる。
するどい牙が、俺の面前に。
俺の喉元を食い破り、この命を断ち切ろうと。
小さな頃のことが頭に浮かんだ。
巨大な狼に襲われた時のこと。
あの、燃えたぎるような赤黒い瞳。
俺を、殺そうと。
右手が、ちくりと痛んだ。
昔、キリンに噛みつかれた場所。
こんな時まで、お前は。
身体が動かない。
目の前に、竜の牙。
キリン。
そうだ、助けに。
鼓動が、爆発しそうなほど、激しさを増す。
助けに行かなきゃ。
何だお前。
オレノジャマヲスルナ。
辺りが暗さを増した。
暖かな色の、光が見えた。
その光が、竜の顎のあたりに集まっていくのが見えた。
そして、竜の動きが、ひどくゆっくりと見えた。
その光に導かれるように、俺は地面すれすれまで身をかがめ、飛びかかってきた竜の下に潜り込む。
「うおおおおおおおお!」
頭上の光に吸い込まれるように、俺は全力で全身をねじり、下から上に「砲撃」を放ったた。
一瞬、何か柔らかいものに掌底がめり込むような感触。
甲高い、コウモリのような声を上げて、竜が地面に崩れ落ちた。
「……」
俺は、自分の右拳に目を落とした。
何だ、今の。
違う、竜が遅かったんじゃない。
俺が、速かった。
そして、あの、堅い竜の、鱗で覆われた身体を?
素手で?
そんな筋力も、皮膚の硬さも、俺にはない。
だが、俺の右拳は、驚くほどに無傷だ。
竜は、口から青い血の混ざった、泡ぶく状の涎を垂らして、横たわっている。
「!」
竜の全身は、鱗で覆われている。
だが、顎の下、ちょうど、俺の拳一つ分くらいの隙間。
そこだけ、鱗がない。
咀嚼するために良く動かすところだからか。
もちろん、そんな竜の身体のことなんか知る訳ない。
あの瞬間。
間違いなく、俺には見えた。
どこを殴れば良いか。
そして、竜の動きも、スローモーションのように見えた。
身体の動きも、速くなった。
「……火事場の馬鹿力ってやつ?」
何にせよ、切り抜けた。
死ななかった。
「……キリン!」
あいつは、あっちの、更に深い崖に落ちた。俺より重傷かも知れない。
急がねぇと、また竜が、人間や、血の匂い、仲間の気配を察知して、集まってくる。
「キリン!」
俺は、滑るように崖を駆け下りた。
転がる様に走る先に、一瞬、何かが光った様に見えた。
キリン?
何だあれは……。
藪の中に横たわるキリンの周りに、無数の黒い蛇の様な何かがうごめいている。
いや、キリンの中から……出てきている?
あれは、駄目だ。
俺にははっきりと分かる。あれだけは駄目だ。
あれに飲み込まれたら、キリンはいなくなる。
キリンが、死ぬ。
読んでいただいてありがとうございます!
次回、」中盤戦の山場です!
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