30 3の試験/竜の巣
3の試験に残ったのは、30人だった。
60人の半分。これで、平均的な結果らしい
最終日の朝、俺達は講堂に集められていた。
それぞれ、寮から試験のための装備をあれこれ持ってきていた。キリンは2の試験までと同様、あれこれ入ったリュックを、スパナは怪しげな薬品を多数、ソラは本やノートを大量に、ドレイクは……木刀一本。俺は……干し肉の詰め合わせ。ふざけてる訳じゃなくて、堅い肉を噛んでると集中力が上がるから。お守りみたいなものだ。
最終試験は、教師との一対一の試合だとか、生徒同士のバトルロワイヤルだとか、そんな噂もあったが、本当のところは誰も知らなかった。
不意に講堂の扉が開き、朝日が射し込む。
王都の試験官達が入ってくる。
試験官長のアリストリアスが、険しい顔で生徒全員を見渡した。
手元にあるのは……巨大な砂時計?
「これから、試験場に移動する。その前に、時間をやる。この砂時計が落ちきるまで、一人1枚、この紙に書き残したいことを書け。そして、一番下にサインしろ。ただ、サインをしたくない者は申し出ろ。そこで試験は終わりにできる」
ドン、と演題の上に砂時計を置いた。
俺は試験官から渡された紙に目を落とした。
その一番上には、「遺言」と記載されていた。
そして、一番下の行の手前には「私は私の意志でこの試験を受け、その一切の結果を受け入れます」と記載されていた。
死んでも、恨むな、ということか。
右手が少し震えた。
左手で押さえつけて、深呼吸した。
それでも、引き返す選択肢はなしだ。
遺言なんて、縁起悪い。
俺は、遺言という文字に、×を付けた。
「俺は、警邏官になって兄貴を捕まえる」
子供っぽいが、こんなところで、雰囲気に飲まれてたまるか。
サインをさっと書いて、立ち上がった。
一番最初かと思ったが、ほぼ同時に立ち上がった金色のショートヘアが見えた。
なんだよ、くそ、俺が先に出す。
どたどたと試験官に向かって走り出すと、キリンも走り出し、結局ほぼ同時に紙を提出した。
ちらっと見えたその紙には「遺言」に続けて「なんて書かない」と走り書きしてあった。
子供みてーな奴だな……。
「消しちゃだめでしょ! 書いてあること!」
「お前だって、続けて書くもんじゃねーだろ?」
「…コテツ・インバクタス、キリン・アリストリア・ノノ、受け付けたぞ。外に出て、試験官の指示に従って馬車に乗れ」
「俺も書けました!」
ドレイクも追いかけてきた。ふと振り向くと、ソラとスパナも、何か悩んでいたようだったが、意を決した様に立ち上がる所だった。
***
準備していた物から、持って行きたい物を一つだけ選べ、と言われ、それ以外は全て取り上げられた。
キリンのリュックサックは無駄になったな。
目隠しをされて、耳栓を突っ込まれ、手には手錠をかけられ、方向感覚も無いまま、俺は延々と馬車に揺られ続けた。
否応なしに不安ばかりが高まっていく。
本当に、これは試験の会場に連れて行かれているのか。
それすらも疑う気持ちが沸いてくる。
でも。
「試験会場まで、話してはだめ」というルールが、また課された。
それを破るわけにはいかない。
心臓が押しつぶされそうな不安を、俺は押し退けた。
永遠に続くかのような移動。
いや、実際は大した時間じゃなかったのかも知れないが。
不意に、目隠しが外され、目の前の明るさに顔をしかめた。
「着いたぞ」
試験官ではなく、スザク先生の声がした。
「30人の内、4人が脱落した」
「え?」
「まぁ、毎年そんなもんさ。受けたら死ぬかも知れないと脅されて、視覚も聴覚も奪われて、長時間黙らされたらな。ま、でも警邏官やってりゃ、敵に捕まってそういう目に遭うこともある。持たないなら、そこまでさ。それに、ここからが、本当の地獄だ」
光に目が慣れてきた。
見慣れない森の中。うっそうと茂る木々の隙間から、夏の日差しが差し込んでいるが、森の奥は、夜のように暗い。
そこかしこの地面から、人工的な円形や四角形の石柱が顔をだしていて、その上をたくさんの蔦が這っている。何かの遺跡の跡なのだろうか。
俺の他に、生徒は誰もいない。
「3の試験にして、最終試験を開始する。」
スザク先生がそう言った。
「「ノード」を発現させること。発現が確認できたら、王都の試験官か、教師が迎えに来る」
「え?」
スザク先生は、もういなかった。
警邏官学生服を着て、手ぶらの俺は、ただ一人森の中に取り残された。
「ノード」を発現しろったって。一体どうやって。やり方も教わってないのに。
立ち眩みがした。
いや、違う、地面が揺れている。木々も、葉っぱも、石柱も。
体を揺らすような叫び声が聞こえた。人じゃない。もっと大きな体を持った何かが、全身を震わせて、吠える声。
来る。
細い木々をなぎ倒し、地面を揺らしながら、それは現れた。
ヌラヌラと輝く鱗、長く延びた尾をバタつかせながら、俺の3倍以上はある高さから、ギョロギョロとした血走った目で睨みつけ、獰猛な牙をちらつかせながら、空に向かって吠える。
本でしか見たことが無かったが、目の前に居たのは……。
竜だ。
じゃあ、ここは、竜の巣……。
俺は震える足を叩くと、一目散に森の藪の中に駆け込んだ。
冗談じゃない。
竜の巣に、丸腰で放り込まれた。
小さい頃から、アレステリア人の子供は、竜の巣に気を付けるように言われて育つ。
竜は、縄張りに入りさえしなければ、襲ってくることはない。大人達は、竜の巣の場所を知っていて、そこには間違っても、絶対に近づかせない。壁や標識や、何重にも警告をして。
それでも、好奇心が勝って、近づいた子供が命を落とした話は、何度聞かされたかわからない。竜と人間の暗黙の了解なんだ。お互いの縄張りを侵さない。
それを、俺は盛大に侵している。
細い木々をなぎ倒し、太い木を避けながら、その中型の竜はどんどん近づいてくる。
無理だ、追いつかれたら、殺される。
喰い殺される。
頭の中で、火花が散っているようだった。
死ぬ。このままだと。
「!」
森の木々が薄くなって、目の前には、ごつごっとした岩肌が広がる。
ここは、谷の底なのか。
背中に、竜の足音が迫る。
俺は、足元の砂利を掴んだ。
振り向いた瞬間、竜の顔をめがけて細かな砂交じりの砂利を全力で投げつける。
ギョロギョロと開いた目に石や砂の粒が直撃し、突然のことに竜は混乱したようにのたうちまわった。
その隙に、俺は右手の茂みの中を駆け抜け、うっそうと茂った藪の中に身を隠した。
心臓が破裂しそうなほど脈を打っている。今は切り抜けられた。でも、ここは竜の巣。どれほどの竜が居るのか、見当もつかない。
俺は、うずくまり、息をひそめた。
ガサガサっと、藪をかき分ける音がした。
心臓を鷲づかみにされるような緊張感の中、俺は覚悟を決めて「砲撃」を放つ為の構えを取った。
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