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アレステリア国物語  作者: 鳩峰浦
第一章
3/66

2 国一番の嫌われ者(♦︎)

 甲高い音がして、窓ガラスが割れた。


 投げ込まれた石を拾い上げる。


 玄関を飛び出すと、家の前の野原に、同い年か少し上くらいの少年が5人立っていた。


 「出て行けよコテツ・インバクタス! この罪人一家!」


 どこからその名前、漏れたんだ。


 3回目の引っ越し。

 アレステリア国の北端に近い、ニベウス郡まで逃げてきた。引っ越して数ヶ月、学校でも静かにしていたのに。

 

 どこからでも、情報は漏れる。

 

 この国に逃げ場所はないのか。

 俺は、さっき拾い上げた石を握りしめた。


 いい加減にしろよ。


 「人の家の窓、割ってんじゃねーぞ!!」


 投げた石は、5人の誰にも当たらず、明後日の方向に飛んでいった。


 一番でかい奴が殴りかかってくる。

 どうせ、全員は倒せない。

 

 こいつだけ、ぶっ倒して、後はもうどうでもいいや。

 そうすることにした。

 

 でかい奴の目に視線を合わせた。


 振りかぶった拳の軌道が見える。

 軌道の少し外に移動して。


 空を切った拳に、でかい奴が不思議そうな顔をした、のが見えた。


 がら空きの腹の真ん中辺り。鳩尾って言うんだっけ。 

 

 そこが光って見えたので。

 怒りに任せて右の拳をたたき込んだ。

 

 うめき声を上げて、でかい奴が崩れ落ちて。


 その後、一斉に襲いかかってきた4人にあっという間に押さえ込まれ、ぶん殴られはじめたところで、母親の怒りに満ちた叫び声が聞こえた。

 

 ***


 街中の警邏官(アレスター)の詰め所で、俺をぼこぼこにした5人組と一緒に、事情聴取を受けた。


 そこそこ殴られ、蹴られたけど、もともと結構頑丈なのと、目を合わせた奴からの攻撃は、少しずつ急所を外すように体をよじらせたのと、母親が駆けつけたのが早かったので、案外軽傷だった。


 それより、俺に殴られたでかい奴の方が少し吐き気があるということで、ここから少し南にある、北の大都市ニクスリアの治療師のところに運ばれた。


 逆に、俺が捕まるかな、と思ったが、面接室で一通り事情を話した後、中年の警邏官は、少し悲しそうな、穏やかな笑顔を浮かべた。


 「中央から、ここまで、何回も引っ越して来たんだろう?」


 「……事情、知ってるんですか?」

 「ある程度の役職以上の警邏官は、みんな知ってるさ。さすがに、中央でも君と君のお母さんの身を案じる声が高まってる。先日、俺は、君たち家族のことを中央から頼まれて、ここにやってきたんだ。見回りをして追い払ってたんだが……今日は間に合わなくてすまなかった」 


 大人が、9歳の俺に頭を下げていた。


 しかも、立場のある警邏官が。


 そんなことは、この1年間で初めてだった。


 「俺を……責めないんですか?」


 「君は、襲われた側だろう?」


 「でも……アレステリア国の、国賊の弟です」 


 そう言った瞬間、張りつめていた気持ちの意図が切れて、涙が止まらなくなった。

 

 この1年間、本当に地獄のようだった。


 年の離れた兄であるハル・インバクタスは、警邏官だった。

 それも、100年に一度生まれるかどうか、というほどの大天才だった。

 6歳の時、14歳のハルが警邏官になって、いきなり大きな事件をいくつも解決し、他国で逃走中の大物犯罪者を捕縛し、一躍アレステリア国の英雄になった。


 英雄の弟として、心底兄を誇らしく思っていた。


 そして、俺が8歳の時、西端の国、スクトゥムティアで、最悪の罪、「警邏官殺し」を起こし、さらにスクトゥム国の国宝を盗んで逃走した。


 英雄は、一気に国賊として、最高額の懸賞金が懸けられた犯罪者になり果てた。


 その怒りの矛先は、残された家族である母親と俺に向けられた。住んでいた家への嫌がらせ、落書き、投石、学校では全員から避けられ、母親も職を失った。


 名前を隠して、北へ、北へと引っ越しを繰り返した。

 母親はずっと気丈だった。


 どれほど無理をしてるか。それに、蓄えだってどんどん減ってきているのは、子どもの自分にも分かっていた。




 「……もう、逃げる場所が……ないです」

 



 弱音を吐いてもしょうがないと思っていた。

 でも、もう限界だった。

 

 「じゃあ、逃げるのを止めたらいい」

 

 中年の警邏官の言葉の意味が分からず、顔を上げた。


 「遠目だったが、あの体格差で、治療師送りにするとは、ね。さすがハルの弟だ」

 「ハルのこと、知ってるんですか?」


 その警邏官は、知っているともいないとも言わなかった。代わりに、一枚の紙を取り出した。


 「2ヶ月後、警邏官学校の試験がある。受験するといい。推薦書は私が書いておく」


 あまりのことに、頭が追いつかなかった。


 「俺、国賊の弟ですよ」

 「国賊の弟が、受験しちゃいけないとは、警邏官法のどこにも書いてないぜ、ま、受かるかどうかは君次第だが、受かれば、学校でいじめに逢う生活からは抜け出せるんじゃないかな。なんなら……」


 ああ、そうか。


 「ハルを探し出して、君が捕まえても良い。ま、それまでに私たちが捕まえるかも知れないが、ね」

 


 そうだ、あのクソ兄貴。

 


 いや。


 本当に、あのハルが。

 あの優しい、賢い、そして誰よりも強い、ハルが。



 警邏官殺しなんて、したんだろうか。



 どうして、今まで疑わなかったんだ、こんなこと。


 不思議と、その瞬間、目の前が光った気がして、頭の中のもやが、綺麗に晴れていく感覚があった。


 何でこんなことを思いつかなかったんだろう。


 諦めて、逃げるしかないと思っていた。

 逃げ続けるしかないと。

 

 捕まえればいい。

 兄貴が本当に国賊なら、俺の手で。



 「……受験の仕方、教えてください」

 


 中年の警邏官は、にっこりと笑った。


 ***


 その人が、こんなに気楽に話していい相手じゃなかった、と知るのは、ずいぶん先の話。

読んでいただいてありがとうございます!

もしよければ評価・ブクマ、感想等いただけたらとっても嬉しいです!

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