23 的の中心(⌘)/ソラの場合
キリンちゃんに初めて話かけられた時のことは、よく覚えている。
ずっと教室にいる間、一人で本を読んでいる子。
私と同じ。
授業が終わると、すっと自分の部屋に帰るか、一人でどこかに散歩に行ってしまう子。
ずっと気になっていた。
でも、話しかける勇気がなくて、ちらちらと盗み見るばかりだった。
窓際の席のキリンちゃんの、その艶やかな金色の髪の毛や、赤く滲んだルビーのような瞳、淡い桃色の唇が、教室の窓から差し込む日差しに照らされると、まるで絵のように美しくて、見惚れてしまう。
「ソラは、筆記2位だったけど、実技は断トツのビリだったから。筆記3位までは、健康なら無条件合格っていう特例適用で受かったってこと。研究職警邏官の……しかも「青の書架」担当が目標っていうのははっきりしてて良いけど、警邏官試験は実技も厳しいし……大体、「青の書架」担当自体、あそこの高度警護も兼ねてるんだから。これから頑張ってね」
1年生の最初の面談の時、ララ先生にはっきりとそう言われた。
まぁ、言われなくても分かっていたことでしたけど…。
研究職警邏官になれば、七つなぎの国々の高官を含め、特殊な地位の人しか入れない「最果ての図書館」の「青色の書架」に入る権利が得られる。
そこは、膨大な量に及ぶ世界中の貴重な書籍の原本や、古代の書物が保管されている。地下深くまで続いていて、未だに整理されていない書物が多数あるという。
7カ国から、研究職かつ高度戦力相当の職員が派遣され、研究と警護に当たっている。
「青色の書架」で働き、そこにある「世界の起源」に関する書物を見つけ、その内容を解き明かすこと。それが警邏官試験を受けた動機だった私は、「青色の書架」職員に高い戦力が求められると知るまで、逮捕術とか、実技には関心がなかった。実際、運動苦手だったし。
1年生の、最初のころの実技の時間だった。
その日は、飛び道具の演習で、最後に、二人一組になって、的に矢を当てる試合形式の時間になった。
中心の、矢一本分の小さい丸が100点、その周りが40点、さらにその周りが35点、それ以外は10点。チーム対抗で、負けたチームは罰ゲームとして、放課後にスザク先生と倉庫の片付け。
私は、たまたまキリンちゃんと同じチームになって、動揺した。
対抗ペアは茶色い髪と金色の髪の女の子だった。
最初に打った茶色い髪の子は、2本とも当てて、35点と35点、計70点だった。
「良い調子ね」
「読書家さん達とは違って、運動してるから」
茶色い髪の子は金色の髪の子と、くすくすと笑った。
ただでさえ緊張するのに。
足を引っ張ったらどうしよう。嫌われたらどうしよう。
そんなことを考え、一言も話せないまま、震えながら打った矢は、見事に的を外れた。
金色の髪の女の子が笑った。
とろいわねー。
どうやって試験受かったの?
いつも本ばっかり読んでるからじゃない?
悔しくて、キリンちゃんを見るのも怖くて、涙ぐみながら打った矢も、的を外してしまった。
対戦相手の二人から、笑い声が上がった。
次に打った金色の髪の子も2本とも当てて、その子は上手くて2発とも40点だった。
「エレナすごい!」
「お父様から、馬術と弓矢は習ってたのよ」
「さすが、名家の娘は違うわね!」
150点。
もう勝ちは無くなった。
私のせいで、と。消えてしまいたかった。
でも、キリンちゃんは、1ミリも諦めてなくて。
それからのわずかな時間を、私は一生忘れない。
強い風が、ぴたりと止んだ、その瞬間。
キリンちゃんがしなやかに引いた弓矢は、美しい軌道を描いて、春の日差しの中、ピンク色のサクラの花びらが舞いちる校庭で、的の真ん中に吸い込まれていった。
金髪の女の子の笑みが消えた。
それから、まるで時間を巻き戻したように、キリンちゃんは同じように弓矢を引いた。
放った矢は、数枚のサクラの花びらを貫いて、一本目の矢に突き刺さった。
これは、できすぎね。
それが、初めて見た、キリンちゃんの笑顔だった。
春風にそよいだ、金色の髪と、ルビーのような瞳を、私はずっと見ていたかった。
この撃ち方、本を読んで勉強したの。
スクトゥムティアの打ち方よ。
読書って、役に立つと思わない?
私と、それから金髪の女の子にも聞こえるように、キリンちゃんは言った。
ちょうど、授業終わりの鐘が鳴って、キリンちゃんは弓矢を片付けながら、寄宿舎に帰っていった。
それから、私はスクトゥムティアについて書かれた本を探しては、読みふけるようになった。
それから、毎日、人目を避けて、夜中に体を鍛えた。
キリンちゃんと、どうしてもまた話したくて、
話す勇気を手に入れたくて。
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次回から試験2です!




