20 5速(クゥインク)(♦︎)
会場は、校庭の真ん中だった。四方を、太い杭に巻き付けられた赤く太いロープで囲まれた空間。結構広く、端から端まで、100歩くらいはあるようだった。
そのロープから少し離れたところから、取り囲むように20人くらいの生徒達が立っていた。本当に勉強しに来ている奴も混ざっているようだつたが、多分、興味本位で……俺が落第する瞬間を見ようとしてる奴らもいそうだった。
少なくとも、1年生の頃からキリンと俺を目の敵のようにしている、エレナのグループは間違いなくそうだろう。にやにやしながら、スザク先生の前に向かう俺を見ているのが分かった。
視界の端に、腕組みをしているドレイクが見えた。
こいつは……。
何でお前、心配そうな顔してんの?
俺のこと、嫌いなんじゃなかったけ。
ほんと、変な奴。
ドレイクの影に隠れてるけど、ソラとスパナもいるな、あれ。
何故か分からないけど、少し気が楽になった。
キリンは……。あいつも順番、最期の方だったからな。いないか。
また、あいつにひっぱたかれる訳にはいかない。
いや、受かったら、かえってまた、ひっぱたかれる機会が増えるのか?
「なんだ、余裕じゃないか。ここで笑顔だったやつは、経験上、初めてだぜ」
腕組み、仁王立ちのスザク先生が、俺を見つめていた。
「お前の兄貴のハルも、笑顔だったらしいけどな」
「多分、理由は違います。ハルは、本当に余裕があったんでしょ」
「お前は?」
「単なる思い出し笑いです」
「十分、余裕じゃねーか」
スザク先生が、首を左右に振って、ゴキゴキと音を鳴らし、朝礼台の脇に設置された大きな置き時計を指さした。
「この試験が満点じゃなかったら、お前は終わりだ。そして、俺が赴任して以降で、この試験で満点を取った生徒を知らない」
「何で、始める前にプレッシャーかけるんですか?」
「お前がやろうとしてることは、絶望的なことだから、失敗しても、落ち込む必要はないってことだ」
「なんだ、気を遣ってくれたんですか。それじゃ、そんなの不要です。自分、一対一は、強いですから」
半分は自分への言い聞かせだった。
スザク先生が、笑みを浮かべた。
「良いじゃないか。お前、やっぱり向いてるよ。例え、警邏官になれなくても……いや、それは終わってからにしようか。じゃあ、日が暮れる前に、始めよう」
スザク先生が、手元の懐中時計に視線を落とした。
「時計合わせ……試験開始」
かちり、と懐中時計のボタンを押し込んだ。
俺は迫り来るスザク先生の瞳をのぞき込んだ。
ただでさえ、クソ兄貴のせいで色眼鏡で見られてるのに、こんなこと言ったら、馬鹿にされるだろうと思って、誰にも言ってこなかったけど。
瞳をのぞき込むと、相手の動きが読める。
それどころか、弱点も光って見える。
一番最初は、森で巨大な狼に襲われた時だった。
母親にも、地域のおじさん達にも、絶対に行くな、と言われていた。巨大な狼が一匹、近所の森を縄張りにしたと。
いじめられてて、その森を遊び場にしていた8歳の馬鹿な俺が、忠告も聞かず、森に行って、襲われた。
気が付いたら、自分の3倍はある巨大な狼が、俺を睨みつけていて、その燃えたぎるような赤黒い瞳が面前に迫り、純粋に、あ、死ぬんだと思った瞬間。
身体をよじって、俺は狼の突進をやり過ごしていた。
急に俺を見失った狼は、俺の後ろの大木に頭をぶつけて、ふらふらと地面に倒れ込んだ。
狼の動きが、そしてどうすればかわせるか、くっきりと、頭に浮かんだのだ。
俺の右腕をとらえたと思ったスザク先生の右手が空を切る。
「え?」
スザク先生が、不思議そうな顔で、距離を取った俺の方を見ていた。
「……何だ? お前……」
何かを確かめるように、スザク先生が再び俺との距離を詰める。
最初の2分。まだ「速く動く力」は1段階目。ちょっと動きが速いと感じる位。
全神経を集中させる。先生の動きは、まるで時間がゆっくり流れているように、遅い。
先生の身体の、手の、動きの軌道を見つめながら、俺の身体に届く瞬間ぎりぎりまで引きつけて、かわす。
スザク先生が、バランスを崩す。
先生の背中の左わき腹あたりが、光って見える。
「うおおおっ!」
俺が放った、身体の回転を効かせた右手掌底の「砲撃」は、しかし、空を切った。
先生が、後方宙返りをして、着地し、俺を睨みつける。
明らかに、警戒した顔で。
「確かに、攻撃しちゃだめだ、とは言ってない。よく気付いたな。気付いたの、今日の試験ではお前が初めてだぜ」
「10分逃げ切らなくても、先生が気絶したら俺の勝ちですよね。前に言いましたよね、俺の「砲撃」が上手く当たれば、教師級警邏官だって、失神するって」
「ああ……だが……」
先生が、深呼吸をした。
「お前、国家高度戦力の教師級教官を倒す、だと?」
スザク先生の顔つきが、変わった。
見たことのない、刃物のような鋭い表情。
こっちが、本性。
「ガキが……最初の2分はおしまいだ。2速、行くぜ」
スザク先生の動きが、明確に速くなった。
でも。
俺は次々に繰り出される先生の徒手を、蹴りを、俺をつかもうとする全ての攻撃を、引きつけながら、全てかわす。
次第にお互いのリズムが上がってくる。
ほんの2分。
ひどく長く感じる。
「3速!」
4分を切り抜けた。
更に、先生の動きが速くなる。
動きは見えている、でも、少しずつ、先生の手が、足が、俺の身体をかすめ始めている。
段々、俺の反応を、先生の速度が上回り始めている。
もっと速く。
予測できている動きに合わせて、動き出しをもっと速く。
「4速!」
6分を切り抜けた。
未来の先生に合わせて。
先に、先に動く。
来ると分かっている場所から、先生が動き出す前に、先回りして、動く。
感覚がつかめてくる。
先生の手が、足が、空を切り続ける。
先生の隙。
先生の額を狙った俺の右手の突きを、先生が左手で払いのけて流す。その動きに合わせてガードが空いた先生の腹に蹴りをたたき込んだ。
「ぐっ」
生徒達のざわめきが聞こえた。
入った。
が、思ったより手応えがない。
先生が再び、後方宙返りしながら距離を取る。 当たる瞬間に、後ろに飛んで力を吸収された。
多分、全然ダメージはない。
でも。
「お前……」
信じられない、というような表情だった。
攻撃に転じれば、その分時間がとれる。
先生がため息をついた。
「8分、経っちまった。今日、ここまで来た奴はいないぜ。正直、結構感動してる」
スザク先生が、深く息を吸い込む。
「4速までは、警邏官の「基本ノード」だ。ここからが、「実戦用ノード」。質が変わる」
はったりじゃない。
空気が張りつめていく。
「いくぜ、5速」
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