12 王女(♦)
スザク先生が授業を休みにしたその日。
キリンの近くの席で、エレナという茶色い髪のリーダー格の女子を中心に、何人かの生徒が夏休みの話をしていた。
1年生の中でも背が高く、入学当初からボス猿みたいなやつだなと思っていた。
黙々と本を読んでいたキリンに、エレナが話しかけた。「あなた、帰らなかったんでしょ? どうして帰らなかったの?」と。やけに突っかかるような聞き方だったのを覚えている。
なんか嫌な感じだな、と思ったところに、畳みかけるように、エレナとその取り巻きが話を重ねた。「いつも本ばっかり読んでて、疲れない?」、「そりゃ、そんなに勉強してたら、入試の順位も良いわよね。」など、気分の悪いトーンで話が続いた。
それを無視するキリンに、エレナたちは期限を損ねた。
「何?帰るお金なかったの?」、「いつも、休日は同じ服だもんね。」、「帰る家、無かったりして」と、一層気分の悪い悪口とかんに触る笑い声が響き、むかついた俺がエレナに近づいたその時。
「私は、スクトゥムティアの王位継承第5位の王女、キリン・アリスティア・ノノよ!」
教室中に響くような、凛とした声で、キリンが叫んで立ちあがった。
エレナを睨みつける。赤交じりのオレンジの瞳で。
一瞬の静寂の後、誰かが、ぷっと噴出した。
そこから笑いの輪が広がる。
「スクトゥムティアは、昔から王位第四位までしか存在しないよ。この間、授業でやったばっかじゃん」
「てか、そんな他国の貴族が何でこんなとこにいるのさ」
「嘘つくなら、もっとましな嘘をつきなよ。頭おかしいんじゃないの?」
「試験1位だからって、お高く留まってると思ったら、何? 自分の事、お姫様だと勘違いしてるの? え、ちょっと怖いんだけど」
若干興ざめしたような顔で、エレナがキリンの頭に手を置いた。
俺はエレナの手を掴んで、睨みつけた。
「止めろよ」
「何よ。この嘘つきを庇うの? さすが、犯罪者の弟ね。」
人の神経を逆なでするのが板に付いた奴だな。
そう思ったとき、キリンが教室の外へ駆け出した。
後ろで笑い声がする中、俺はキリンを追いかけた。
何度呼んでも、振り向かないキリンを追いかけ、屋上に向かう階段でキリンの腕を掴むと、ようやく止まったが、いきなり腕を振り払われた。
「……エレナの、気にすんなよ。言わせとけ。あいつ、自分より成績の良い女子に嫌がらせばっかしてんだ。ま、王女様ってのは、はったりにしちゃ……」
「…嘘よ」
「?」
「こないだの、全部嘘! 馬鹿じゃないの。あんたも騙されて。私、スクトゥムティアなんて行ったことないし! 全部本で読んだ話よ! 信じちゃって、馬鹿みたい! もっと人を疑った方がいいわよ!」
そう怒鳴り続けるキリンを、なぜだか、絶対に放っておいちゃいけないと思ったのを覚えている。
その怒鳴り声は、悲鳴にしか聞こえなかった。
それに……あの夏休みの、生き生きとした話が、全部嘘だとは、どうしても思えなかった。
何か、良くないものを。
許しがたい何かを感じて、何故か、俺は心底、怒っていた。
「俺は……俺には、全部嘘だとは思えねぇよ!」
絞り出すように、でも、体の中から出てくるように、思いのほか大きな声が出た。
何故か、一瞬、辺りが明るくなったように見えた。
その光が、キリンを振り向かせたように見えた。
「本当……に?」
「ああ、嘘じゃない」
その後、突然、力が抜けたように床にへたりこんだキリンがわんわん泣き出し、俺はどうしようもなく立ち尽くしていたところに、ソラとスパナがやってきたのを覚えている。
夏休みに帰らなかった、変わり者たち。
「これ、スパナ君が、見つけてくれたものだけど」
何やら分厚い本のページを開く。
「スクトゥムティアには、皇位第5位まであった時期があるようです。ただ、あの国は、文献が少なくて……この本も、表紙が別の本のカバーがかけられていて、たまたま見つけたんですが……授業と違うので、引っかかってたんです」
後で知ったのは、この変わり者二人が、入学の筆記試験1位、2位だったらしい。
「おい! コテツ! 貴様……またキリンさんを泣かせたのか!?」
それから、本を読まずに、教室の外で素振りをしていて、キリンの泣き声を聞きつけたドレイクが、何故か俺に襲い掛かってきた。不意を突かれたせいで、瞳を合わせるのが遅れ、動きを読んで撃退するのに失敗し、二人で階段から転がり落ちた。
ドタバタと転がり落ちる間に、ドレイクの指先が俺のズボンとパンツに、俺の指先がドレイクのズボンとパンツに引っ掛かり、階段の下で俺たちは尻丸出しで突っ伏した。
唖然としていたキリンが、最後は何やら笑っていた。
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