11 出身地(♦︎)
「絶対……多分……その、、信じてもらえないと思うんだけど……」
「へ? 何だよ、単なる出身地の話だろ?」
***
その時の俺は、キリンがどれほど迷っていたか、それでも、周りに誰もいない学校で、一人だけなら、他の生徒に聞かれないなら、駄目もとで言ってみようと。
あきらめと、不安と、かすかな祈りを込めて、俺に話してみようと想ったことを、少しも知らなかった。
「私は東端の「盾の国」、スクトゥムティア出身の、キリン……キリン・アリスティア・ノノ」
ひどく不安げな、思いつめた顔でそう言ったキリンに、しかしその時は、あまりの珍しさにその表情の意味を全くくみ取れなかった。
***
「スクトゥムティア?! まじで?! すげぇ!」
俺はびっくりして、少し興奮気味にそういった。
そんな俺を、キリンは、なぜか、びっくりしたような顔で見つめていた。
「……え……? その……信じてくれるの?」
おそるおそる、といった様子で、キリンが俺に尋ねる。何かを確認するように。
何かを怖がるように。
「?どういうこと? いや、すげぇよ。地図の一番東端の国じゃん。そりゃ、10日じゃいけないよな。ああ、貴族だったら船と飛行船で……それでも往復は無理か。珍しいなぁ……。しかし、「アリスティア」って、ミドルネーム、アレステリアみたいな……」
「……うん……、お母さん……が、アレステリアの血筋……だから……」
見開いた吊り目から、ぽろり、と涙がこぼれ落ちて、俺はひどく動揺した。
「な、なんだよ……?どうした?」
「何でも……ない……」
キリンが両手で顔を覆って、首を振る。
いよいよ、どうしたらいいか分からなくなった俺が、口を開こうとした、その瞬間。
「コテツ・インバクタス! 貴様、何をしてる? キリンさんに何をした?!」
いつの間にか、木刀の素振りを止めて寄宿舎の中に入ってきたドレイクが立っていた。
「は? な、何もしてねーよ…」
ほんとに何もしてないのだが……。
てか、何なんだよこいつ。
すげー、俺のこと睨んでるし……。
目を赤くしたキリンも、顔を上げ、きょとんとした顔でドレイクを見ている。
「あ……えっと……ドンベル君?」
ドと文字数しか合ってないな。
名前、自信ないなら、言わなきゃいーのに。
俺の名前は憶えてたくせに……やっぱり、悪名って、記憶されるんだな……。
だが、話しかけられたドレイクは、名前を間違えられてなお、何故か嬉しそうだ。
「ドンベル、それも良い響きだ。キリンさん、この大罪人の弟が、何をしたのかは知りませんが、僕が来たからにはもう大丈夫」
ドレイクが俺に向かって木刀を構える。
「コテツ・インバクタス。お前を成敗する」
……何なんだこいつは!
頭おかしいのか?!
しかし、本気で切りかかってくる気配がしたので、俺も構えをとろうとした、その時。
「ドレイク! ドレイク・アルベスタぁ!! 探したぞ!」
階段の方から、スザク先生が顔を出した。
この10日間は、6人の先生たちが交代で当直をしていた。
「実家の方から至急の連絡だ。早く帰って来いって言ってるぞ。とっとと荷物をまとめな。途中まで俺が送ってってやるから」
スザク先生は、「速く走る力」を極めている。
多分それを使って、送ってくれるつもりなんだろう。
「いや……しかし……今大切な……」
「帰ってこないと、退学させるって言ってたぞ。早くしなよ。あと、夏休み明けは、何日か休めってよ。家で何かあったんだろ、早く行きな。それに、俺も用事あんだよ」
スザク先生は、能力もそうだが、色々せっかちだ。
ドレイクの右手に瞬時に手錠をかけると、そのままドレイクを引っ張って1階に降りていく。
「いたたたたっ! せ、先生……くそ……コテツ! 覚えてろ! お前だけは俺が……」
な…何なんだ……訳分からん……。
てか、先生、あれ、手錠の目的外使用では? 入学早々に、駄目って言われた使い方の一つのような……。
俺とキリンは、呆然と、スザク先生に連れ去れたドレイクを見送った。
再び静かになった寄宿舎。
だが、キリンも落ち着いたみたいだった。
「スクトゥムティアのこと、聞きたい?」
急にそんなことを言ってきた。
だが、興味はあった。
地図の東端に位置する、「盾の国」スクトゥムティア。
七つの国々の中でも、一番閉鎖的で、王都は幾層もの盾のような壁に覆われているらしい。一番外側の壁はちょっとした観光スポットらしいが。石造りの荘厳で美しい建築物が立ち並び、その建築技術は七つなぎの国々の中でも随一だと聞いたことがある。
手錠をただ磨くだけよりはよっぽど楽しそうだ。
「ああ、聞かせてくれよ。ほんとに壁ばっかなのか? どんな国なんだ?」
「そんなに興味があるなら、教えてあげよう。その代わり、コテツの故郷のことも教えて。興味あるわ」
それから、その日はけっこう長々とスクトゥムティアの話をキリンから聞いた。
キリンは、とにかくよくしゃべった。
こんなに話す奴だったんだ、と思ったのを覚えている。
それに、お高く留まった、嫌な奴、というのも誤解だった。
スクトゥムティアの王都がいくつもの壁に囲まれていること、その一つ一つが珍しい鉱物や石を組み合わせて作られた堅牢なものであること、特産のイチゴの美味しさ、城下町「アデル」の市場のにぎわい、冬が長い北国である寒さ、街外れのキリンの白い家、庭には温室があり、一年中、母親の育てた花が咲き誇っていて、そこで母親と飲む紅茶が好きだったこと……。
キリンは、俺の目を見ながら、まるで、今記憶を思い出し、取り戻しているかのように、話し続けた。
ってか、かなりお嬢様なんじゃないか、と聴きながら思ったが、親のことはそれくらいしか、キリンが話さなかったので、その時はあんまり聞けなかった。
それから、キリンにせがまれて、自分が引っ越しを繰り返したいくつかの街のことをあれこれ話した。
やたらと嬉しそうに聞いていたキリンの姿を覚えている。
そんな夏休み明け直後に、事件は起こった。
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