1 誰
ファンタジーを始めます!どうぞよろしくお願いします。
古書店の窓に映った自分の姿に強烈な違和感を抱いた。
伊藤コテツは、立ち止まり、窓を凝視する。
俺って、こんな感じだったっけ。
高校の制服も、通学用鞄も、ローファーも、全てがちぐはぐに思える。
「え?」
窓に映った自分が、一瞬、手招きをしたように見えた。
瞬きとともに、錯覚だと思い直す。
ふと、窓の向こうにならぶ古書の山に興味を惹かれた。
初夏の日差しを背に浴びて、押されるように、古書店のドアを開けて中に入る。ひんやりとした空気、古びた紙とインクの匂いがコテツを包み込んだ。
初めて入った店内は、外観からは想像がつかないほど奥に深い作りだった。本棚には、天井までびっしりと本が敷き詰められていた。
ふと、店の奥の突き当たり、天井に近い棚が光った様に見えた。
誘い込まれる様にコテツはその棚の前に進み、背伸びをしながら一冊の青い背表紙の本を手に取った。
「珍しい本を手に取りますね」
「!」
背後から急に話しかけられ、コテツは驚いて振り向いた。
山積みにされた本の隙間から、丸渕眼鏡をかけた白髪の老人がコテツを見つめていた。
「読めないでしょう? どこの国の文字か、誰にも分からないんです。 独特の文字ですが……ただ、いたずらで書いたにしては、手が込んでいる」
店主の言うとおり、確かに、その本は3センチほどの厚みがあり、漢字やアルファベット系統とも違う、独特の文字で綴られていた。
読めない、ということを除いて。
ぱらぱらとめくる。
アリストリア国防資料:重要戦力関係
1 近衛兵の能力について
「申し訳ないですが、この棚は貴重本を並べていて、立ち読みは最低限にしてもらっています。購入されますか?」
店主が、本当に申し訳なさそうに言った。
「いくらですか?」
「挟んでいる値札をご覧ください」
……7万5千円?
冗談じゃない、バイト代が軽く吹き飛ぶ。
値段を知り、コテツは慌てて本を閉じ、丁寧にもとの場所に戻した。
***
2限の英語の時間は、さっぱり頭に入ってこなかった。
コテツはぼんやりとした表情で、教師の説明と液晶モニターを見つめていた。
思い出すのは昨日の本のことばかりだった。
英語より、なんなら日本語よりも、すんなりと頭に入ってきた、あの文字。
何だったんだ、あれ。
ふと、コテツは教室を見渡した。制服姿の、いつものクラスメイト達。
高校2年生、もうすぐ学期末のテスト。
教師が、テスト範囲に触れる話をしている。メモを取らなくちゃ。
1年生の時の成績は、確か、ぱっとしなかった。
強い、焦燥感で喉が乾く。
昨日の本のことが頭から離れない。
「伊藤? 聞こえてるか?」
「えっ? あっ!」
クラスの半分くらいがこっちを見ている。
何人かは、少しにやにやしていた。
「……すみません、もう一度お願いします」
大して面白くもないリアクションに、これ以上の展開はないと思ったクラスメイト達は、それぞれモニターや教科書に視線を戻した。
***
スローインで投げ込まれたロングボールが、コテツの方に飛んできた。
コテツは、それをダイレクトにゴールに向けて蹴ろうとして、空振りして転んだ。
女子、男子それぞれから若干の笑い声とため息が聞こえた。
「お前、そりゃ無理だろ。トラップしろよな」 サッカー部の……あれ、名前何だっけ。あ、田中か。
皮肉めいた言葉を残して、田中はボールの方に走っていく。
ていうか、部活やってる奴は、体育の授業に出るの反則じゃないか。
手と足と尻に付いた砂を払いながら立ち上がり、ポジションに戻ろうとした時。
「コテツ」
右手を掴まれ、コテツは立ち止まった。
「?」
「コテツ……。 コテツだ……!」
誰?
振り返ると、涙目の、同じ年頃の少女がじっとコテツを見つめていた。
休憩中の生徒達の一部が、コテツと少女に気付き始めた。
(あの子、誰? どこのクラス?)
(髪の毛、地毛? 茶髪だし、カラコン入れてる? ……ってか、美人過ぎじゃない?)
(あれ、うちの制服じゃなくね?)
(伊藤君の……彼女?)
(え? そういうタイプじゃなくない?)
「おーい! 伊藤! と……君は……!」
コテツの様子に気付いた教師が、少し離れたところから声を掛けるのと同時だった。
校門の方から激しい衝撃音が響き渡り、生徒達が悲鳴を上げた。
振り向いた教師は震え上がった。
「みんな! 逃げろ!」
校門を破壊した大型のトラックが、蛇行しながら生徒達に向かって暴走する。
悲鳴を上げながら逃げまどう生徒達に、一拍遅れて、コテツはようやく状況を把握した。
トラックの軌道は、自分と少女に向かっている。
弾丸の様に加速しながら。
「伊藤!」
「伊藤君!」
教師と生徒達が、悲鳴の入り交じった叫び声を上げる。
「嘘だろ……」
死ぬ。
え、俺、死ぬの?
「コテツ! 思い出して!」
コテツは、自分を見つめる赤い瞳をのぞき込んだ。
そこに、あきらめの色は一切存在しない。
この人は、俺を信じてる。
何で?
トラックが視界の全てを覆う距離に迫った。
少女は、コテツの右腕を掴む力を強めた。
コテツは全身が脈打つのを感じた。
俺は、この人を知ってる。
右手をトラックに向けた。
思い出せ。
俺は、やり方を知ってる。
脳の中に、視界の奥に、強い光を感じた。
そこにある記憶と力を、コテツは全力でたぐり寄せた。
その瞬間、コテツの周りの世界が凍り付いた。
あれこれ統一感なく書いていますが、こちらもご覧いただいて本当にありがとうございます……
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ミカワアンナの方よりは、当面はこっちの方が早く更新すると思います、多分……。