んもー
一通り書いて、筆を置く。
「こんなもんで、いいか」
書き上げた物語を、遠目に眺めて推敲する。
多少の変更を加えて、まぁまぁの出来に仕上がった。
「そーちょー! 出来ました〜」
大声で、2階に陣取る総長を呼ぶ。
「見せてー♡」
いつもの調子で上から総長が顔を出す。
「コレっす」
「ありがと♡」
俺が作品を手渡すと、総長はニッコリ笑顔で作品を受け取る。
大まかに全体像を確認して、総長が言う。
「へぇ、やるじゃん」
軽い言葉で、総長が俺の作品を評価する。
「うん。なかなか。なかなかいいんじゃない?」
俺の作品、読者1号は、この、一番厳しい奴。
作品の粗をすべて突いて、一言「直せ」と言う……鬼。
今、ほめているからと言って、その後もほめるとは限らない。むしろ、持ち上げた後、地獄の底まで落としてくると相場が決まっている。
『だから、やめられねぇんだよな』
気温の落差は、リラックスの秘訣。その落差についていけなくなったら、年取った証拠。
俺は、まだ若くいたい。
誰が何と言おうと、若くいたい。
若さを保つには、心から。
この作品は、俺が若くあるために作ったもので、それが見破られたら、もう永遠に筆を置こうと思っている。
わりと、マジで。
「……何か、あったの?」
作品を見ていた総長が、作品に目を落としたまま、俺に問う。
「何にもないっすよ。あ……強いて言えば……」
こないだ、祭りに行った。
珍しくセンチメンタルな気持ちになった……くらい。
でもま、総長に言うことでもないか。
「やっぱ、何でもないっす」
「そう」
総長は怪訝な顔をするけど、俺の意見をすんなりと受け入れてくれる。
この分じゃ、後で周りに探りを入れてきそうだけど……ま、それはそれ。
愛されているから、仕方ない。
「この赤、変なこと考えてないだろうな?」
あ。ヤバい。ミスった。
そのキャラが俺だと、総長は分かってしまったみたい。
「いやー、彼はほら、情熱的で感情的で、でも冷静なヒーロー……っていう感じで!」
これ以上の手直しは、作業量が……!
俺の優雅な日常が!
誰か助けて!
総長を止めて!
……リアルの方が、小説みたいになってきて
もう、嫌になっちまう……。しくしく……。
「ふーん。まぁ、いいんじゃない?」
つまらなそうに総長が言う。
納得していない、憮然とした顔。
人の粗探しが得意な総長が、俺の作品にだけは大人しい。
『いやー、俺の作品には非の打ち所がないってことですよね? ほんと、ここまで来るのに長かったなぁ』
全体に目を通し終わった総長が、うなづいて俺の方へ作品を返そうとした時だ。
「あっ……」
総長が、雑に俺の作品を投げる。
いや、手を滑らせて、作品が階下へとダイブする。
『はいはい、やっぱりこの展開……』
俺はフリスビーを投げられた犬のごとく、作品を捕まえに素早く動く。
まるで普段の俺が嘘かのように。
「よいしょ」
軽く体を伸ばして、命くらい大切な作品をキャッチする。
「う……。ごめーん!!」
総長が2階の手すりにつかまって、ワンコのように尻尾を垂れる。
“しゅーん”
まるで効果音が聞こえそうなくらいの凹みよう。
俺は怒りたいのを我慢して、笑顔をつくる。
「大丈夫ですよ。ほら、作品は無事だし、たまにあることじゃないですか? ね?」
「でも……でも、君の大事な作品を……!」
ほんっと、この人は……。
『何で、この仕事やってんの?』
人の大事なものを扱う仕事。
自分の一言一言が、世の中にまで影響を与える仕事。
プレッシャーに強くなきゃ、やり続けるのは難しい、特別な仕事。
「俺の作品、大事にしてくれるのはありがたいんですが、大事にするにも程があります……」
絶対に言ってやらないけど、死ぬ前には言ってやろうと思ってる。
俺の遺言は決まった。これだ。
俺は、絶対に死なないけど、もし死ぬ時が来たら、思いっきり言ってやる。
「俺じゃなくて、あんたを大事にしろよ」
ヒーローっぽく、せいぜい格好つけて、ヨボヨボの口で、音になるかも分からない言の葉を紡いでやる。
俺はヒーロー。
みんなを明るくするヒーロー。
ヒーロー、絶対あきらめない。
しつこくしつこく攻めていく。
絶対に、諦めないんだからね!
と思ったところで、あまりの一致に苦笑する。
ヒーローレッド、やっぱ俺。
あくまでキャラだと言いたいけれど、これじゃホントに俺じゃんか。
誤魔化せねぇなぁ、何もかも。
総長分かってねえもんなー。