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何度やり直しても、あなたが私に恋をしてしまうんですが  作者: 山本依由加


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第29章 帰還

 雷雨の中、トラックはアールの遠隔操作で郊外へと向かっていた。ワイパーが必死に水滴を払いのけるが、前方はぼやけ、街灯の明かりが滲んで揺れる。息が白く曇り、車内には緊張と雨音だけが満ちている。楓は助手席の岬と短く目を合わせ、その瞳に同じ警戒の色を見たが、言葉は交わさず再び視線を前に戻した。


『現在位置、追跡反応あり。三分以内に接触される可能性』


 アールの声が車内に響く。楓は思わずアクセルを踏み込もうとしたが、岬が手で制した。


「無理に速度を上げれば、かえって目立つ。アール、別ルートは?」


『南側に旧トンネルがあります。ただし、構造的に電波が届かなくなります』


「なら、そこでまくしかない」


 トラックは雨水で反射する舗装路を滑るように進み、やがて鬱蒼とした森の中の旧道へ入った。両脇の木々が迫り、ヘッドライトの光だけが闇を切り裂く。後方では、複数のヘッドライトが近づいてきていた。


 岬は助手席の下からコンパクトなケースを取り出す。中には煙幕弾と小型のスタン装置が収められていた。


「これを使う。楓、合図したら煙幕を後方に投げてくれ」


 トンネルの入口が見えた瞬間、アールが最後の指示を送る。


『この先で通信が切れます。脱出ルートは岬さんに引き継ぎます』


「了解。行くぞ」


 岬の声に、楓は無言で頷く。トンネルに突入した瞬間、岬が窓から身を乗り出し、追跡車両に向けてスタン装置を作動させた。白い閃光と共に、背後のライトが一斉に揺らぎ、ブレーキ音が響く。


「今だ!」


 楓は煙幕弾のピンを抜き、窓を開けて後方へと放り投げる。濃い煙がトンネル内に充満し、視界を完全に遮った。


 二人は速度を落とさず走り抜け、出口の先で急激に右折。古い農道へと入り、追跡のライトはやがて闇の向こうに消えていった。


 静寂が戻った車内で、LF-99は安らかな寝息を立てていた。楓は胸の奥の張りつめた糸が少しだけ緩むのを感じたが、その一方で、この先の危険が終わったわけではないことも理解していた。


 ふと、左足に鋭い痛みが走る。走りながら違和感を覚えていたが、どうやら捻挫していたらしい。


「おい」


 顔をしかめていたことに気づいたのだろうか。岬が楓を気遣う仕草を見せる。


「さっきの急発進でどこか痛めたか」


「あ、いや、そうじゃないの」


 慌てて楓は否定する。


「足を挫いていたみたい。戻ったらすぐに冷やすわ」


「急ごう」


 岬は危なげない運転で農道から舗装された道路へ戻った。 タイヤが雨を弾き、路地裏の影を抜けた瞬間、岬がミラーを覗き込んで小さく息を吐いた。「……しばらくは追ってこない」 楓はハンドルを握る手の力を抜ききれず、バックミラーで何度も後方を確認する。「本当に?」 問い返す声には、安堵とまだ抜けきらない緊張が混ざっていた。「信じろ」 それだけを短く返し、岬は視線を前に戻す。その横顔には、疲労とわずかな安堵が同居していた。


 途中何度か車を乗り換え、二人はようやくアジトへ辿り着いた。降りしきる雨音が、これまでの緊張を和らげるように耳に染みる。


「悪いんだけど、代わりにこの子を抱えて……」


 手元の少女を差し出そうとする楓に、岬は首を振る。岬は少女を楓から取り上げて自分の席に寝かせると、そのまま楓の方へ身を近づけていった。


「ちょっと……何するの!」


 岬のたくましい腕が、楓を下から抱え込む。


 これは……この歳になって、こんなふうに運ばれるなんて。


 楓をお姫様抱っこのままアジトへ運び込んだ。


「お、おろして……!」


 エントランスで二人を出迎えた久賀は、最初は歓迎の言葉をかけようと口を開きかけた。しかし、びしょ濡れで距離の近い二人の姿に気づくと、一瞬だけ視線を外し、咳払いで誤魔化した。


「……とにかく、中へ入れ」


 狭い玄関を抜けると、アジト独特の暖かい空気と電子機器の匂いが二人を包んだ。足元には濡れた靴跡が並び、壁際ではモニターが複数の映像を流している。楓は慌てて身をもぞもぞと動かそうとするが、岬にしっかりと抱えられ、逃れる隙はない。久賀は一瞬だけ視線を二人に戻し、何も言わず背を向けた。


 岬はそのまま居間まで運び、ソファの上にそっと下ろす。


 ソファに下ろすや否や、彼は素早く靴を脱がせ、足首をそっと押さえた。


「やっぱり捻挫だな」 冷却パックはあるか、という問いに、楓はのろのろとアジトの隅を指さす。岬はそれを持ってきて患部に当て、さらに毛布を掛ける。「いいからLF-99を……」


 楓は抗議しかけたが、岬は首を横に振る。「まずはお前だ。動けなくなったら意味がない」 その言葉に、楓は口をつぐむしかなかった。


 無理矢理岬から目を逸らし、通信端末に声をかける。


「アール、追跡は?」


『追跡反応は完全に消失。最後のルート変更で完全にまきました。作戦は成功です』


「被害は?」


『外周カメラの映像は久賀さんが処理済み。接触した部隊は全員撤退』


 背後から久賀の声が響いた。「よくやった。お前たちの痕跡は残っていない。連中も今夜は動けないだろう」


「本当に……もう追ってこないのね?」


「保証する。少なくとも今夜はな」


 久賀は短く答えた後、少しだけ表情を和らげた。


「だが明日からは別だ。準備は怠るな」


 楓はほっとした笑みを浮かべ、そのまま気絶するように眠ってしまった。


 その寝顔を少しだけ見つめた岬は、再び外に出る。


 今度はLF-99をたわら抱きにして慎重に運び込んだ。コードが散らばるアジトの端にスペースをつくり、少女をそこに寝かせた。少女の安定した呼吸を確認すると、静かに毛布を掛ける。


 岬は最後に、雨が叩きつける中、もう一度玄関を出ていった。路地の奥や建物の影を一つひとつ確認し、濡れた路面を踏みしめてアジトを一周する。 戻ってきた彼は、ドアを静かに閉めると短く告げた。「外はクリアだ」


 久賀がスクリーンから目を離さずに岬へ問いかける。


「“絶対に恋をしない”って約束、守る気あるか?」


 岬は沈黙のままモニターを見つめ、眉をしかめた。そして、低く短く呟く。


「もう無理かもしれない」

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